鎌倉殿の13人

あなたはどれがお気に入り?源実朝の和歌をまとめた『金槐和歌集』を紹介!【鎌倉殿の13人】

和歌は世のあるべき姿を描き、天下万民を治める為政の具である一方、四季折々に花鳥風月の趣を楽しみ日々を彩るものでもありました。

こよなく和歌を愛した鎌倉殿・源実朝(演:柿澤勇人)は、短い生涯において多くの和歌を詠んだ実朝は作品をまとめ、それが『金槐和歌集(きんかいわかしゅう)』として現代に伝わっています。

『小倉百人一首』より、鎌倉右大臣(実朝)。

キンカイと聞くとついGOLD(金塊)を連想してしまいますが、金とは鎌倉の略(鎌の金へん)、槐はよく見ると「えんじゅ」すなわち槐門(大臣)のこと。要するに「鎌倉の大臣(右大臣・実朝)による歌集」という意味です。

そこには663首(貞享本では719首)の和歌が収録されており、今回はその中から各テーマ(春・夏・秋・冬・賀・恋・旅・雑)からおススメを一首ずつ紹介したいと思います。

春1番「今朝見れば……」

けさみれは やまもかすみて ひさかたの
あまのはらより はるはきにけり

※『金槐和歌集』より(春・1番。数字は全体の通し番号)

今朝見れば 山も霞みて 久方の
天の原より 春は来にけり

【意訳】今朝、山を見たら霞がかかっており、天の彼方より春が来たのだ。

「ひさかた」の解釈には諸説あり、太陽の差す方向(陽射方)や、永遠なる天上世界(天空を示す単語にかかる言葉。久方、久堅)などとも言われます。

大河ドラマでは実朝が三善康信(演:小林隆)にレクチャーを受けていたのが、この歌でしたね。

康信は「ひっくり返した方が奥ゆかしいのではないか」と言っていましたが、確かに「ひさかたの やまもかすみて けさみれは……」の方が趣を感じます。

ただし「ひさかた」が空(あまのはら)にかからなく(かかりが弱く?)なってしまうので、技巧的には劣るようです。

でも、筆者も康信の方(アレンジ)が好き。きっと実朝も、そう思ったことでしょう。

夏131番「五月雨の……」

さみたれの つゆもまたひぬ おくやまの
まきのはかくれ なくほとときす

※『金槐和歌集』より(夏・131番)

五月雨の 露もまだ乾(ひ)ぬ 奥山の
槇の葉隠れ 啼く杜鵑

ホトトギス 姿は見せず 声ばかり(イメージ)

【意訳】五月雨に濡れたままの奥山で、槇の葉に隠れながら、杜鵑が啼いている。

雨上がりの山奥。しっとりとした空気に、杜鵑の啼き声が響き渡る情景が目に浮かぶようです。

実朝が実際に聞いたのか、あるいは想像で詠んだのでしょうか。『吾妻鏡』にも鳥の声を聴くために夜明け前から御家人たちと出かけたエピソードが伝わっており(残念ながらこの時は不発)、自然を愛していたことがわかります。

秋209番「須磨の海女の……」

すまのあまの そてふきかへす しほかせに
うらみてふくる あきのよのつき

※『金槐和歌集』より(秋・209番)

須磨の海女の 袖吹き返す 潮風に
うらみてふくる 秋の夜の月

【意訳】須磨の浜辺に吹く潮風が、海女たちの袖をゆらし、月を膨らませる。

海女姉妹をナンパする在原行平。月岡芳年筆

「うらみてふくる」は「恨みて膨れる」「浦見て吹くる」をかけています。須磨の海女とは、かつてこの地へ流された在原行平(ありわらの ゆきひら)に恋した松風(まつかぜ)・村雨(むらさめ)姉妹のこと。

彼女たちは元々「もしほ(藻塩)」と「こふじ(小藤)」という名前だったところ「オシャレな名前をつけてあげよう」と行平に改名してもらいました。

やがて赦された行平は都へ帰る際「きっと迎えに来るよ」と約束したものの、結局二度と訪れなかったと言います。

この歌は生涯待ち(放置され)続けた彼女たちの怨みを偲んで詠まれたのでした。

冬318番「我が庵は……」

わかいほは よしののおくの ふゆこもり
ゆきふりつみて とふひともなし

※『金槐和歌集』より(夏・318番)

我が庵(いお)は 吉野の奥の 冬籠り
雪降り積みて 訪う人もなし

【意訳】私の家は吉野の山奥。冬ごもり中、雪が降り積もって来客もいない。

実に寂しく寒々しい光景ですが、もしかしたら周囲に対して心を閉ざしていたのかも知れません。

寂しがりに限って、寂しいところに住むのはなぜだろう(イメージ)

でも、誰も来てくれなくて寂しい。「とふひともなし」というフレーズにそんな思いがにじみ出ているようです。

寂しいなら自分から行けばいいのだけど、一歩を踏み出す勇気もなかなか湧いて来ない。多感な実朝の孤独が偲ばれます。

賀344番「千々の春……」

ちちのはる よろつのあきに なからへて
はなとつきとを きみそみるへき

※『金槐和歌集』より(賀・344番)

千々の春 万の秋に 永らえて
花と月とを 君ぞ見るべき

【意訳】あなたには、千の春と万の秋を生き永らえ、花と月を末永く愛で続けて欲しい。

たとえ私がいなくなっても、あなただけには(イメージ)

いつまでも長生きして、花鳥風月を楽しんで(幸せに暮らして)下さい。ここで言う君とは日ごろ敬慕していた後鳥羽上皇(演:尾上松也)だけでなく、広く「大事な人」一般を指すと見ていいでしょう。

賀とは謹賀新年のように「よろこび・ことほぐ」意味で、またそうあるように願う気持ちがテーマです。

皆さんも、大切な方へこの和歌を贈ってみるのはどうでしょうか。

恋362番「春霞……」

はるかすみ たつたのやまの さくらはな
おほつかなきを しるひとのなき

※『金槐和歌集』より(恋・362番)

春霞 龍田の山の 桜花
覚束なきを 知る人のなき

【意訳】龍田山に咲き誇る桜が春霞で見えず、もどかしい。そんな私の思いを知ることなく、あなたは散っていくのでしょうね。

イメージ

大河ドラマでは源仲章(演:生田斗真)が「(疱瘡に)病みやつれた姿を見られたくない(龍田山の桜が主体)」と解釈していました。

もっとハッキリとあなたを見たい。思いを知って欲しいと願いながら、きっと一生届かないであろう悲しみが詠まれています。

ちなみに劇中だと北条泰時(演:坂口健太郎)への恋慕を詠んだ歌とされていますが、それを裏づける史料はありません(寡聞にして存じませんが、もしご存じの方がいらっしゃればご教示ください)。

旅526番「春雨に……」

はるさめに うちそほちつつ あしひきの
やまちゆくらむ やまひとやたれ

※『金槐和歌集』より(旅・526番)

春雨に 打ちそぼちつつ あしびきの
山路行くらむ 山人や誰

【意訳】春雨でずぶぬれになりながら山路をゆく、あの人は誰だろう。

打ちそぼちつつも山路を歩き続けるあの人は、果たしてトボトボ歩いているのか、それともしっかりと歩いているのでしょうか。恐らく後者なんじゃないかと思います。

雨の中 彼はどこへと 向かうのか(イメージ)

雨にも負けず、風にも負けない強い信念をもって前進する姿は、きっと実朝の憧れを表しているのでしょう。

そういう者に、私もなりたい。鎌倉殿としてあるべき姿を模索し続けた実朝の葛藤が偲ばれます。

雑594番「世の中は……」

よのなかは つねにもかもな なきさこく
あまのをふねの つなてかなしも

※『金槐和歌集』より(雑・594番)

世の中は 常にもがもな 渚漕ぐ
海士の小舟の 綱手かなしも

【意訳】こんな無常の世にあっても、渚で小舟を引く綱手のように、平和な日々が変わらず続いて欲しいものだ。

由比ヶ浜の漁師(イメージ)

綱手は陸へ舟を引き上げるために綱を引く者。漁が終わって無事に帰ってきた光景を、変わらぬ平和に喩えています。

「行ってきます」と言った者が、当たり前に「ただいま」と帰って来られる日常の、なんて儚く尊いことか。

これまで多くの骸を必要とした鎌倉。その頂点に立つ者として、安寧の世を築き上げる思いが偲ばれます。

藤原定家(ふじわらの ていか)が選出した「小倉百人一首」では鎌倉右大臣という名前でこの和歌が載っていますから、かるた遊びの際には思い出してあげて下さいね。

終わりに

以上、実朝の歌集『金槐和歌集』から各テーマのおススメを紹介してきました。他にもたくさんあるので、もしよかったら読んでみてお気に入りの一首を探すと楽しいですよ。

またNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」ではまだまだ活躍する実朝が、これからどんな(あるいは、どの)和歌を披露してくれるのか、楽しみにしています。

※参考文献:

  • 樋口芳麻呂『新潮日本古典集成 金槐和歌集』新潮社、2016年10月
角田晶生(つのだ あきお)

角田晶生(つのだ あきお)

投稿者の記事一覧

フリーライター。日本の歴史文化をメインに、時代の行間に血を通わせる文章を心がけております。(ほか政治経済・安全保障・人材育成など)※お仕事相談は tsunodaakio☆gmail.com ☆→@

このたび日本史専門サイトを立ち上げました。こちらもよろしくお願いします。
時代の隙間をのぞき込む日本史よみものサイト「歴史屋」https://rekishiya.com/

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Audible で聴く
Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. ただの遊び人じゃない?頼朝公の挙兵を助けた悪友・藤原邦通のエピソ…
  2. 黒幕は北条時政?源頼朝を窮地に追い込んだ「曽我兄弟の仇討ち」事件…
  3. 【鎌倉殿の13人】まさに寄生虫!?頼朝から「獅子身中の虫」と酷評…
  4. 政敵を次々と粛清、権力の頂点に上り詰めた北条時政の転落…「牧氏事…
  5. 月食が深めた二人の絆。源実朝を大歓迎する北条義時のエピソード【鎌…
  6. 畠山重忠は なぜ謀反人とされたのか? 【北条時政の娘と婚姻した坂…
  7. 【鎌倉殿の13人】どうか花押を!ハレの舞台で駄々をこねた千葉常胤…
  8. 「牧氏事件」は何故起きたのか? 【北条時政・追放のきっかけ、牧の…

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

忠臣蔵(赤穂事件)は、一体いくら位のお金がかかったのか? 〜前編 【赤穂藩の取り潰し費用】

忠臣蔵とは江戸時代中期の元禄14年(1701年)3月14日、江戸城松之大廊下で赤穂藩主・…

徳川家光・家綱時代の名老中〜 阿部忠秋の逸話 【細川頼之以来の執権】

阿部忠秋とは阿部忠秋(あべただあき)とは、江戸幕府3代・徳川家光と4代・家綱の時代に、松…

中世ヨーロッパで行われていた動物裁判 【動物の悪魔化、豚や虫を裁く】

動物を裁く動物裁判とは、12~18世紀までヨーロッパ各国(特にフランス)で行われていた裁判であり…

初めて日本に訪れた台湾人に聞いてみた 「日本の感想」~後編

前編では、筆者の台湾人の友人が初めて日本に訪れた時の感想を紹介した。筆者は友人家族たちと一緒…

桃園の誓いはフィクションだった【劉備 関羽 張飛の義兄弟の契り】

実はフィクションだった「桃園結義」劉備、関羽、張飛が義兄弟の契りを結んだ 桃園結義(桃園…

アーカイブ

PAGE TOP