国民的キャラクター「アンパンマン」を生み出した漫画家・やなせたかし氏。
晩年に差し掛かる頃、「アンパンマン」の大ヒットで一躍有名人になったやなせ氏ですが、遅咲きの成功をつかんだ背景には、「うどんこ」という独自の人生哲学がありました。
「うどんこ」とは、成功の三要素と言われる「運、鈍、根」をやなせ流にもじったもの。
運も根気も人の半分ぐらいだから、“う”と“こ”で「うどんこ」だそうです。
「運を逃さず、鈍重に生き、根気よく好きなものを描き続ける」。そんな生き方を大切にしてきたというやなせ氏。
今回は、やなせ氏が語った成功の秘訣「運、鈍、根」について紐解いていきます。
運は自分でつかむもの

画像 : 招き猫 public domain
成功するには、「運(幸運)」「鈍(粘り強さ)」「根(根気)」の3つが必要で、それらを合わせた言葉が「運鈍根」です。
「運・鈍・根」のうち、やなせ氏は「運」をとても大切にしていました。
著書『明日をひらく言葉』では、「人生は運が70%以上だ」と語っています。
「結局は運まかせなの?」とガッカリしてしまいそうですが、実は、やなせ氏の言う「運」は、ただの偶然や天任せではないのです。
「運とは、自分で呼び込み、自分でつかむものだ。自分の力で切り拓き、自分の力で動かすものなのだ。」
やなせたかし著『明日をひらく言葉』より
つまり、運は待つものではなく、動いてつかみにいくもの。努力や行動が、運を引き寄せる力になるのです。
では、どうすればその「運」を手にできるのでしょうか?
「運」は続けることで生まれる

画像 : 漫画家・杉浦幸雄氏 public domain
「運をつかむには、自分のやりたいことをずっと続けて、途中でやめないことだ」とやなせ氏はいいます。
実際、40代から50代にかけては漫画以外の分野で活躍していたものの、肝心の漫画では代表作に恵まれず、まるで出口の見えないトンネルを歩いているような日々が続いていました。
そんな彼を見かねた漫画界の大御所・杉浦幸雄氏が、こう声をかけたそうです。
「やなせ君、きみが落ち込む気持ちはわからんでもないが、人生はね、一寸先は光だよ。いいね、途中でやめちゃったら終わりだよ」
やなせたかし著『絶望の隣は希望です!』より
この言葉に心を打たれたやなせ氏は、注文が来なくても描き続ければ、いつか光が差すと信じて、黙々と漫画を描き続けました。
そして、20年以上の歳月を経て、ついに「アンパンマン」が誕生します。
実は「アンパンマン」は、40代の頃にラジオのミニコントとして書かれたのが最初でした。
50歳のときには短編童話として出版されましたが、まったく話題にならず、54歳で絵本『あんぱんまん』を刊行しても、すぐに人気が出たわけではありません。
「自分を犠牲にして人を助ける」という新しいヒーロー像が、少しずつ子どもたちの心をつかみ、幼稚園や保育園、乳幼児の保護者からの注文が殺到するようになります。
やなせ氏は、毎日毎日「アンパンマン」を描き続けました。
そして69歳のとき、アニメ化された「それいけ!アンパンマン」が大ヒット。まさに代表作となったのです。
70歳を過ぎてからも、まるで流行作家のように、朝から晩まで仕事に追われる日々が訪れるとは、本人も想像していなかったそうです。
「アンパンマン」は、長い継続の末に生まれた「運」だったのでした。
もし途中で描くことをやめていたら、その運は巡ってこなかったでしょう。
「根」とは、最後まで諦めずに続ける根気のこと。継続こそが、運を呼び込む力になるのです。
絶望せず、少しずつ前に進む

画像 : だるま public domain
成功に必要な3つの力、「運・鈍・根」。
その中の「鈍」とは、図太く、ねばり強くあること。
つまり、いい意味で“鈍感”でいることが、人生を切り拓く力になるのです。
とはいえ、心臓に毛が生えているような人ばかりではありません。誰だって、傷ついたり落ち込んだりすることはあります。
やなせ氏も、もちろん例外ではありません。くじけそうになったり、気持ちが沈みそうになったりすることもあったそうです。
そんなときは、「絶望せず、少しずつでも前に進むことが大切」だと彼は語っています。
「根気と、それから絶望しないこと。でも現実を見ちゃうと力が抜けてきちゃいますよね。その場合、元気というか、気持ちですね。精神的に気力がある、ということが一番大事なんです。その気力を溢れさせるためには、ちゃんと食べなくちゃいけない。ちゃんと食べて、少しずつでもやっていくうちに必ず片付く、僕はそう思います。僕のこれまでの人生がそうでしたからね。」
やなせたかし著『何のために生まれてきたの?』より
やなせ氏は、漫画集団に所属していた頃、周囲の漫画家たちが次々と成功していくのを横目に、なかなかヒット作に恵まれませんでした。
「自分には才能がない」と感じていた彼は、ひたすら仕事をこなすことで、少しでも追いつこうと努力を重ねていたのです。
その努力は、決して楽なものではありませんでした。
しかし、やなせ氏は、「困難な状況になったとき、それをどう切り抜けるかを考えるのが面白い」と感じていたそうです。
焦る気持ちがあっても、挫折せずに済んだのは、苦しさの中にも“楽しさ”を見出せたからかもしれません。
そして何より、辛い状況に耐えられたのは好きなことをやっていたからであり、「自分の好きなことを職業にすると道が開ける」とも語っています。
やなせ氏は、こんな言葉を残しています。
「いまでも絵本をかき続けています。
毎日毎晩せっせとかきます。
歌もつくります。
絵もかきます。
ありがとう! 神さま。
よくもボクにぴったりの仕事をくださいましたね。
ボクはそのことを感謝しています。
残された時間を一生けんめいに生きられればそれでいい。
もし生まれかわってもいまとおんなじ仕事がいい。」やなせたかし著『ぼくと正義とアンパンマン』より
やなせ氏が大切にしてきた「うどんこ」の生き方は、努力がすぐに実を結ばなくても、信念をもって続ければ必ず花開くという彼のメッセージといえるかもしれません。
参考文献
やなせたかし著『絶望の隣は希望です!』小学館
やなせたかし著『ぼくと正義とアンパンマン』PHP研究所
やなせたかし著『何のために生まれてきたの?』PHP研究所
やなせたかし著『明日をひらく言葉』PHP研究所
文 / 草の実堂編集部
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