
画像:西暦1000年頃のグリーンランド海岸の夏(カール・ラスムッセン画1874年) public domain
遥か北欧の荒波を縦横無尽に駆け巡り、ヨーロッパ各地にその足跡を刻んだヴァイキングたち。
彼らは当時の北欧社会を代表する戦士であり航海者でありましたが、広くは「ノース人」と呼ばれる北欧の人々の一部でした。
その中には、西へと果てなき航路を辿り、凍てつく北大西洋を越えてアイスランドを経由し、未踏の地・グリーンランドへとたどり着いた者たちがいました。
彼らは厳しい自然の脅威にも屈せず、約400年の長きにわたりこの荒涼とした土地で暮らし続けたのです。
しかし15世紀の半ば、彼らの社会は歴史の表舞台から姿を消してしまいます。
今回は、このノース人の足跡を辿りながら、その存亡の謎に触れていきます。
新天地への航海と定住の始まり

画像:1688年に出版されたアイスランドの本の表紙に描かれた赤毛のエイリーク(木版画)public domain
グリーンランドへのノース人の壮大な冒険は、985年頃に幕を開けました。
北欧の冷たい海風を受けて航海したのは、追放の身となったという伝承も残るヴァイキング、エイリーク・ソールヴァルズソン、通称「赤毛のエイリーク」です。
彼は運命に抗い、新たな希望を胸に未知の大地を求めて荒波を越え、南西グリーンランドの沿岸に辿り着いたのです。
「緑の土地(Greenland)」という名は、エイリークが移住者を募るために新天地を魅力的に宣伝したことに由来すると言われます。
ただし確かな記録があるわけではなく、複数説のひとつにすぎません。
それでもこの呼び名は故郷へと伝わり、多くの人々が彼の後を追って凍てつく海を渡り、この新しい地に根を下ろしました。
彼らは主に、東部と西部の二つの集落に分かれて暮らしました。
短い夏のあいだに牧草を刈り取り、牛や羊、ヤギを飼い、農牧と狩猟を組み合わせて厳しい自然に立ち向かったのです。
肥沃な土地は限られていたため、わずかな草地を守ることが生活の要でした。
海の恵みも重要で、アザラシやセイウチなどを狩る技術が、彼らの命を支える糧となりました。
交易と繁栄の時代

画像:セイウチの牙で作られたキリスト像をそなえる聖遺物十字架(10世紀頃) wiki c Jenny O’Donnell
グリーンランドのノース人は、氷に閉ざされた島で孤立していたわけではありません。
彼らの社会は、遥か南のノルウェーをはじめとするヨーロッパ本土との交易によって成り立っていました。
とりわけセイウチの牙は、彼らにとって最も重要な輸出品でした。
ヨーロッパの王侯貴族や教会では、象牙に代わる美しい装飾品として珍重され、その価値は高まり続けました。
ノース人たちはこの牙を中心に、木材や鉄製品、織物、さらにはワインなどの貴重な品を手に入れ、限られた環境の中でも豊かな暮らしを築いていきました。
やがて、キリスト教の信仰も彼らの社会に深く根づきます。
東部居住区には十数の教会が建てられ、聖職者が派遣されるなど、精神的なつながりも保たれていました。
およそ二千から三千人が暮らしたとされるこの共同体は、北の果てに花開いた文化的社会だったのです。
しかし、この繁栄は永遠ではありませんでした。
静かな暗雲が、彼らの未来を覆い始めていたのです。
資源と交易の変化、そして不安定化

画像:沿岸部を除く島の大部分が氷床に覆われているグリーンランドの地形図 wiki c Eric Gaba
13世紀に入ると、ノース人社会の繁栄は次第に陰りを見せ始めました。
彼らの富の源であったセイウチの牙は、ヨーロッパでアフリカ産の象牙が大量に流通するようになると、次第にその価値を失っていきます。
さらに、過剰な狩猟や気候の変化によってセイウチの生息域は北方の氷原へと後退し、狩猟はますます困難になりました。
交易路の衰退も重なり、グリーンランドとヨーロッパ本土の往来は途絶えがちになり、経済の流れは細く弱いものとなっていきます。
遠く離れた極北の地に築かれた社会の脆さが、次第に露わになっていったのです。
自然環境の変化と社会の終焉

画像:遺跡として残るフヴァルセー教会 wiki c Number 57
そして15世紀に入ると、世界は「小氷期」と呼ばれる寒冷化の波に覆われました。
グリーンランドの周囲の海は厚い氷に閉ざされ、航路は凍りつき、外の世界との往来は断たれていきます。
乾いた冷気が牧草を枯らし、家畜は越冬に耐えられず、農牧は衰えました。
食料は不足し、人々の体を蝕んだ栄養失調や成長不良の痕跡が、発掘された遺骨にも刻まれています。
同じ頃、北方からイヌイットたちが南下し、ノース人との接触が増えました。
それが敵対だったのか、あるいは共存だったのかは今も明らかではありませんが、文化や技術が交わった形跡も残されています。
そして1408年、東部居住区のフヴァルセー教会で行われた結婚式の記録を最後に、ノース人たちは歴史の表舞台から姿を消したのです。
ノース人がどのようにしてこの地を去ったのか、あるいはイヌイットの社会に溶け込んだのか、その真実は今も北の霧の中にあります。
その歩みは、自然と共に生きた人々の記録であり、今も私たちに静かな問いを投げかけています。
参考 :
文明崩壊 上:滅亡と存続の命運を分けるもの/ジャレド・ダイアモンド(著)楡井 浩一 (翻訳)
Vikings:The North Atlantic Saga/William F. Fitzhugh
文 / 草の実堂編集部
この記事へのコメントはありません。