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金のために祖国を売ったCIA職員・オルドリッチ・エイムズ 【日曜劇場『VIVANT』に関連して】

日曜劇場『VIVANT』第7話が先日放送されました。

『別班』だった乃木(堺雅人)が、国を裏切るかのようなラストシーンが描かれ、物語は混沌とした状況を迎えています。

現在もドラマは続いているため乃木の真意はまだ分かりませんが、現実の世界に目を移すと、国を裏切る行為をしたスパイは実際にいたのでしょうか。

アメリカとソ連の激しい対立が続いていた冷戦時代、アメリカの諜報機関であるCIAで前代未聞の事件が起きました。

今回の記事では、金のために国を裏切ったアメリカのCIA工作員、オルドリッチ・エイムズの驚くべき行動を紹介したいと思います。

CIA入局からスパイ活動開始まで

オルドリッチ・エイムズ

画像:若かりし頃のエイムズ public domain

オルドリッチ・エイムズは、1941年にウィスコンシン州で生まれました。父親がCIAの職員だった関係で、高校時代からCIAでインターンとして働き始めます。しかし成績は平凡だったため、記録の整理など雑務を担当していました。

高校卒業後、シカゴ大学に進学。父のコネを活かして、1962年にCIAの正式な職員となりました。1969年に職場の同僚と結婚しますが、CIAの規定により妻は退職しています。

トルコのアンカラに派遣され、仮想敵国であるソ連の情報収集を担当し、成果を上げることに成功。しかしニューヨークとメキシコでの駐在時には、アルコール依存症のため業務に支障をきたすようになります。

1985年には離婚しますが、メキシコで知り合ったマリア・デル・ロサリオとすぐに再婚。しかし前妻に対する慰謝料の支払いや、新妻の酷い浪費癖によって借金が重なり、エイムズは資金難に直面します。

金に困ったエイムズは、驚くべきスパイ活動を始めたのです。

スパイ活動の内容とCIAへの影響

1985年から、エイムズはKGB(ソ連の諜報組織)と接触。報酬と引き換えにCIA職員や協力者のリストを提出し始めました。

1986年から駐在先はローマになりますが、引き続きリストの提供を続けています。

エイムズのリークによって、世界各地に潜伏していたCIAの情報網が丸裸になったため、優秀なCIAスパイたちが次々と殺害されていきました。

世界中に展開していたスパイたちが死亡し、CIAは重要な情報源を失ってしまいます。そのためCIAは大混乱に陥りました。

エイムズがKGBに渡したリストは数千にも及び、CIAは計り知れない損害を受けたのです。

スパイ活動の発覚と逮捕

1989年以降、CIAが東欧諸国に送り込んだはずのスパイたちが、KGBによって次々と拘束、処刑されている事実にCIAは疑問を抱き始めます。

CIA内部からリストが漏洩している可能性が高いと判断され、1993年3月からCIAとFBIはエイムズの行動を監視し始めました。

オルドリッチ・エイムズ

画像:エイムズを調査したCIAのチーム public domain

FBIは10か月に及ぶ追跡調査で、エイムズの自宅から機密文書を押収したほか、エイムズがKGBと連絡を取り合っている証拠をつかみます。

1994年2月21日、エイムズがモスクワに機密情報を持ち出す直前に、FBIはエイムズの自宅を急襲し、機密漏洩の現行犯で逮捕しました。

裁判と処罰

オルドリッチ・エイムズ

画像:逮捕時のエイムズ public domain

1994年2月22日、エイムズと妻のロサリオはスパイ容疑で逮捕され、司法省から正式に起訴されました。

裁判を通じて、エイムズの自宅や銀行の安全箱から押収された機密文書や手紙、KGBから受け取った大金の記録などが検察側から提出されました。エイムズがKGBのスパイであることを立証する数々の証拠が明らかになったのです。

ローマ駐在の4年間で、エイムズは1880万ドルの報酬を受け取っていました。

判決前報告書では、エイムズのスパイ活動によって「少なくとも100件のアメリカ諜報活動の侵害」「最低10人の東側諸国に潜入していたCIAスパイが殺害された」と指摘されました。

1994年4月、陪審はエイムズに対してスパイ活動を行ったとする、全ての罪状について有罪を宣告。連邦判事は仮釈放なしの終身刑を言い渡しました。

ロサリオに対しても、資金洗浄とスパイ活動への共謀の罪で有罪とし、禁錮5年と罰金を科しました。

想像以上に国家は脆い

エイムズのスパイ行為は、米ソ冷戦下におけるCIAの重要な工作戦略を混乱させ、アメリカの国益を著しく損なう結果となりました。

個人の欲望のために国家を売ったエイムズの行為は、決して許されるものではありません。

その一方エイムズの行動には、離婚や再婚、借金などの経済的動機があったことも事実です。

国家の存亡は個人の意向に大きく依存してしまうこと、また同時に安全保障の脆弱性を改めて浮き彫りにした事件と言えるでしょう。

参考文献:海野弘(2007)『スパイの世界史』文藝春秋

 

村上俊樹

村上俊樹

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