西洋史

少子化対策に潜む優生思想の影 【百田尚樹氏の発言を受けて】

画像:YouTubeでの発言が炎上している百田尚樹氏 public domain

日本保守党代表の百田尚樹氏が、YouTube番組で発言した少子化対策が波紋を呼んでいます。

「小説家のSFとして」と前置きしながらも「(女性の)結婚の年齢制限」「子宮摘出」といった過激な内容を提案したのです。

後日、百田氏は発言の撤回と謝罪をしています。

発言の意図として少子化問題への強い関心を促す意図があったと考えられますが、その表現方法や内容には大きな批判が寄せられました。

とくに、ナチズムに通じるような優生思想の要素が感じられる点で、大きな懸念があります。

ナチズムと優生思想

画像 : 優生思想という言葉は、もともと優生学と同じ意味で用いられていた。1921年に開催された第2回国際優生学会のロゴマーク。優生学がさまざまな分野を束ねる木として描かれている public domain

ご存知の方も多いと思いますが、「ナチズム」とは20世紀にドイツで台頭した全体主義的思想であり、その根底には「優生思想」が深く関わっています。

優生思想とは、遺伝的に優れた人々を奨励し、劣ったとされる人々を排除しようとする考え方です。ナチス・ドイツによる残虐な政策の根拠となり、数多くの悲劇を生み出しました。

ナチス・ドイツは優生思想に基づいて、障害者や精神疾患を持つ人々、またユダヤ人などを「生命に値しない存在」と見なしたのです。

そして強制収容所や安楽死施設で、これらの人々を大量虐殺するという恐ろしい行為に及びました。

障害者や精神疾患を持つ人々は「T4作戦」と呼ばれる安楽死プログラムによって、ガス室や薬物投与により殺害されました。

ナチス・ドイツが優生思想を徹底的に実行した具体例の一つです。

画像:T4作戦の実行を指示したヒトラーの命令書 public domain

さらにユダヤ人に対するホロコーストは、優生思想がもたらした究極の悲劇と言えるでしょう。

ナチス・ドイツは、ユダヤ人を「劣った人種」とみなして迫害し、600万人以上のユダヤ人を虐殺しました。

強制収容所で過酷な労働を強いたり、ガス室で大量虐殺を行ったホロコーストは、優生思想が極度に拡大解釈され、人種差別と結びついた結果として起こった惨劇です。

最近まで蔓延した優勢思想

優生思想はナチス・ドイツに限らず、世界各国でその影響を及ぼしてきました。

とくに20世紀前半には、優生学に基づいた政策が広く採用され、多くの国で差別や迫害の根拠となっていました。

アメリカでは1907年から1970年代にかけて、優生学に基づいた強制不妊手術が約7万人に行われました。

知的障害や精神疾患を持つ人々を対象としたもので、個人の同意なく、生殖能力を奪うという人権を侵害する行為でした。この政策によって優生思想はアメリカ社会に広く浸透し、優生学に基づく強制不妊手術は、社会的に「不適格」と見なされた人々を排除する手段として利用されます。

スウェーデンでは1930年代から1970年代にかけて、約6万3千人の人々が強制不妊手術の対象となりました。知的障害や精神疾患を持つ人々だけでなく、犯罪者や反社会的な行動を取った人々にも適用され、個人の権利を著しく侵害したのです。

さらに日本でも「優生保護法」に基づいて、障害者や精神疾患を持つ人々に対する強制不妊手術が行われていました。この法律は1948年に制定され、1996年に改正されるまで、多くの人々が持っていた生殖能力を奪う結果となりました。

『永遠のゼロ』など歴史を扱った小説を執筆している百田氏ですが、今回の発言は歴史を軽視していると言わざるを得ません。

社会が不安定になると優勢思想は跋扈する

国家や社会のために個人の権利を制約する発想は、歴史的に見ても危険な道です。

過去にナチズムが台頭したドイツでは、社会の不安定さや不安が、優生思想を蔓延させる土壌となりました。

ナチス・ドイツが誕生した背景には、第一次世界大戦での敗戦による経済的・社会的混乱があります。

この混乱の中で人々は不安や不満を抱え、優生思想がもたらす「強い国家」や「純粋な民族」という幻想に惹かれていきました。社会の不安定さや不平等を解決する魔法の杖のように見え、人々の心を掴んだのです。

しかし優生思想は特定の人々を排除し、差別する思想であり、その本質は個人の尊厳と自由を脅かすものです。ナチス・ドイツは優生思想に基づいて、障害者やユダヤ人などを迫害し、大量虐殺という悲劇を引き起こしました。

この歴史的教訓は社会が不安定になると、優勢思想が跋扈し、個人の権利が侵害される危険性を示しています。

優生思想の歴史的教訓は現代においても重要な意味を持ちます。

社会が不安定になると個人の権利を制約するような、極端なアプローチが支持される可能性が往々にしてあります。

しかしながら、その「極端さ」は個人の尊厳と人権を侵害し、社会全体に統制的(全体主義的)な雰囲気をもたらすことを歴史は教えてくれます。

実際に日本社会ではすでに「排除」の論理が強く機能しているかもしれません。

現実的な少子化対策を

少子化対策は個人の選択を尊重し、支援するアプローチで進めるべきです。

経済的支援や育児支援の強化、柔軟な働き方の普及など、個人の自己決定権を尊重しながら、安心して子育てできる環境を整えることこそが、政治の役目ではないでしょうか。

百田氏の発言は、少子化問題への関心を高める意図があったかもしれませんが、個人の権利を軽視し、歴史的にも優生思想につながる危険なアプローチです。

少子化問題は個人の尊厳と人権を尊重した現実的な施策で取り組むべきであり、国家が生殖に強制的に介入するような考え方は避けるべきあると思います。

参考文献:池田清彦(2021)『「現代優生学」の脅威』集英社インターナショナル

文 / 村上俊樹

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