「コーヒー」と「フラペチーノ」ですぐにイメージできる「スターバックスコーヒー」。
すでに珍しくはないが、それでもドトールコーヒーやタリーズコーヒーと比べるとブランドイメージは高い。
2013年には国内だけで1000店舗を超え、世界90の国と地域に22,000店舗以上を展開(2015年現在)する、世界一のコーヒーチェーンだ。国内を見てみると大都市部を中心に、一駅に一店舗以上の割合で店舗があるのではないだろうか。さらに大型ショッピングモール、ドライブスルー、大学、病院とあらゆるところに進出している。
成功の秘密とは何だったのだろうか?
スターバックス の船出
※アメリカ・シアトルにある1号店。2017年1月現在もオリジナルデザインのロゴを使用して営業中している。
スターバックスは、1971年にシアトルで開業。当時は、コーヒー焙煎の会社にすぎなかった。1982年に現在の会長兼CEOのハワード・シュルツが入社することになる。
シュルツは、欧州のコーヒー器具メーカーで働いていたときに、出張先のシアトルでスターバックに出会い「この会社は社員が皆、コーヒーへの知識と品質、こだわりを持っている」と感じたことで入社を決めたという。その後、彼が市場調査のためにミラノへ行った際、エスプレッソバーを訪問して、雷に打たれたように感激して帰って来たそうだ。
そこで、1985年にスターバックスを退社したシュルツは翌年にイル・ジョルナーレ社を設立し、エスプレッソを主体としたテイクアウトメニューの店頭販売を開始。これがシアトルの学生やキャリアウーマンの間で大人気となり、瞬く間に流行した。シュルツは1987年にスターバックスの店舗と商標を400万ドルで買収。
イル・ジョルナーレ社をスターバックス・コーポレーションに改称し、スターバックスのブランドでコーヒー店チェーンを拡大した。同業他社もこれに倣い、同様のスタイルのコーヒー店が急増したのである。
店名の由来は、ハーマン・メルヴィルの小説『白鯨』に登場するスターバック一等航海士(Starbuck)と、シアトル近くのレーニア山にあったスターボ(Starbo)採掘場から採られた。企業ロゴには船乗りとの縁が深いセイレーン(ギリシア神話の海の魔物)がモチーフになっている。
スターバックスにとっては、まさに船出の時代であった。
日本進出
※ハワード・シュルツ
スターバックスが、銀座に第1号店をオープンしたのは1996年。
スターバックスの日本におけるパートナー企業には「ザザビー」(現・サザビーリーグ)が選ばれた。サザビーは、ファッションブランドの「アニエス・ベー」や生活雑貨店とティールームの複合業態ブランドのアフタヌーンティーなどを展開し、日本人の嗜好性を熟知していたが、コーヒービジネスについては素人同然である。
それにもかかわらず、スターバックスとサザビーは、「いつか1000店舗を出そう」という夢物語を共有し、スタートしたのだった。
当時の日本のコーヒーは薄味のアメリカンやブレンドコーヒーが主流であり、エスプレッソなどの飲み方は一般的ではなかった。しかし、それはシュルツがスターバックスの経営に乗り出した時のアメリカでも同じような状態だったのである。
アメリカ人がコーヒーを飲むのはカフェインを摂取することで目覚めを良くするという習慣にすぎず、美味しいから飲むという発想ではなかった。一方でシュルツが衝撃を受けたイタリアのコーヒーは、味を楽しむもの。ここにビジネスチャンスがあったのだ。
日常にスターバックスがある風景
※SHIBUYA TSUTAYA店
日本進出にあたって、サザビー側で日本の市場調査を行った。昔ながらの喫茶店や既存のコーヒーチェーンがひしめく日本の市場に割って入ることができるのか、大きな疑問があったが、1995年頃の調査により、予想していたターゲットではない客層が潜在的に多いことがわかった。
それが、女性である。女性は常に流行に敏感で、可処分所得も高い女性たちが出てきていた時期だった。
予想通り、スターバックスは日本上陸と同時にヒットするが、サザビー側としては理解できないことがあったという。ファッションビジネスは、ブランドの希少性やプレミアム感を大切にする。そのため、出店場所と店舗数には徹底してこだわるのが当然だった。スターバックス側も、自社ブランドの価値には人一倍強いこだわりを持っており、自分たちの店舗を「スターバックス体験」の場と見なしていた。「とびきり居心地のよい場所」を提供するのがその体験である。
サザビーもスターバックスも「ブランドイメージ」を重要視していた点では同じだったが、スターバックス側は、
「スターバックス体験のない店舗はスターバックスじゃない。しかし、店舗拡大を優先しなければ競合に良い場所を取られ、スターバックスは市場から駆逐されてしまう。店舗を出せなければ、スターバックス体験にこだわる理由もなくなる」
として、店舗拡大を最優先課題に挙げたのだ。
これにはサザビーも驚いたそうだが、スターバックスは「特別」でありながら日常の一部として顧客の生活に溶け込むことを狙いとしていたのである。
ブランドイメージという切り札
スターバックス側のコンセプトに刺激を受けたサザビーも発想を転換し、店舗数を増やし続け、コミュニティの奥深くまで入り込む業態を探して参考にしようとした。
その結果、参考にしたのはコンビニという業態を開拓し、店舗数でも革新力でも常に先頭を走っていたセブンイレブンであった。セブンイレブンはコンビニ業界において、サイエンス(データに基づく客観的手法)とアート(経験と勘を生かす主観的手法)をうまくブレンドした経営を続けた結果、他のコンビニとの競争において大きくリードした。毎日通う店舗、日常に溶け込んだ店舗の「ブランド力」がここにあったのだ。
コーヒーチェーンとコンビニは業態がことなるが、出店の仕方は案外近いものがある。どちらもターゲットエリアを決めたら一気に複数店舗を出し、市場を面で押さえる「ドミナント出店」を志向している点だ。もちろん、この手法ではいずれ店舗数において限界が訪れるだろうが、スターバックスには「ブランドイメージ」という切り札がある。これを壊さなければ、既存の店舗でもさらに進化する余地がある。
「ブラックエプロン」と呼ばれる、合格率8%の社内試験に合格したバリスタだけが身につけられる黒いエプロンも「ブランドイメージ」を守りつつ、スターバックスが進化している証だ。ブラックエプロンのスタッフは、コーヒーに関する深い知識はもとより、ホスピタリティに溢れ、客が自分好みの味を伝えると、それに合った豆の種類やフードとの相性なども教えてくれる。
都内では、新宿マルイ本館2階店などに全員が「ブラックエプロン」という店舗も存在する。
フラペチーノの魅力
※ストロベリーディライトフラペチーノ(2016年5月~7月限定)
日本上陸から20年を迎えてもスターバックスの勢いは衰えない。それはやはり、女性層の取り込みを継続しているからだ。流行を待つのではなく、流行を作り出す。
その一例が、スターバックスの「フラペチーノ(Frappuccino)」である。
フラペチーノは、コーヒーとミルク・クリームなどを氷とともに攪拌したコーヒー飲料として、スターバックスにおいて販売されるようになった。
現在は、コーヒーを使った商品に加え、果汁と氷を攪拌したものなどのコーヒーを使わない商品も販売されるようになったため、厳密な定義は困難である。しかし、それまでラテなどのコーヒーを使用した商品で取り込んでいた女性客の心を、フラペチーノはさらに鷲掴みにした。
現在では、コーヒーベースのフラペチーノ、クリームベースのフラペチーノ、ティーベースのフラペチーノがあり、期間限定で毎年、その季節にあったメニューが提供されている。人気メニューが翌年に復活することも多く、それだけで話題になるようになった。
ちなみに、フラペチーノという名前は、フラッペとカプチーノから造った造語である。英語での正しい発音は「フラパチーノ」、仮にイタリア語で読むとしたら「フラップッチーノ」に近い。
最期に
スターバックスの成功の秘密は、「ブランドイメージ」にあった。客が店舗に対して求める「クオリティの高さ」や「オシャレさ」を崩すことなく、一気に店舗を展開したことで「日常に溶け込むプレミアムな店」が全国に広まったのである。
しかも、日本でスターバックスが開店した当時、関係者はこんな時代が来ることを想定していたというから驚くばかりだ。
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