海外

『トランプ相互関税ショック』台湾が報復関税を仕掛けないワケとは

トランプ大統領が打ち出した相互関税は、世界経済を震撼させる爆弾である。

2025年4月2日、ホワイトハウスでの演説で発表されたこの政策は、台湾に対しても32%という厳しい関税率を課すものだ。

しかし、その後の国際的な反発を受け、4月9日には「90日間の関税停止」が発表された。当初、台湾には32%の高関税が課される予定だったが、この猶予期間中は最低関税率である10%にとどまることとなった。ただし、これはあくまで一時的な措置であり、台湾経済に突きつけられた重圧が解消されたわけではない。

すべての国に最低10%の関税を課しつつ、対米貿易黒字を持つ国々にさらなる上乗せを強いるこの「トランプ流貿易戦争」は、アジアの要衝である台湾にも容赦なく牙を剥く。

しかし、驚くべきことに、台湾は報復関税という対抗策を一切示唆していない。この背後には、緊迫した地政学的現実が潜んでいる。

報復関税は台湾有事を招く恐れ

画像 : 頼清徳総統 public domain

台湾が報復関税を仕掛けない理由は明白だ。

トランプ政権の機嫌を損ねれば、アメリカによる台湾への軍事的支援が打ち切られる可能性が高まるからである。
トランプは感情的な指導者として知られ、「裏切り」や「不服従」に対して極端な反応を示す傾向がある。

もし台湾が報復関税を課せば、トランプは「恩知らず」と激怒し、台湾を見捨てる決断を下しかねない。そうなれば、中国による台湾侵攻が一気に現実味を帯びる。

中国は既に軍事演習を繰り返し、台湾海峡の緊張を高めており、アメリカの後ろ盾を失った台湾はひとたまりもないだろう。習近平政権は、この機を逃さず武力統一に踏み切る可能性が高い。

さらに、経済的な観点からも台湾は慎重にならざるを得ない。

アメリカは台湾にとって最大の武器供給国であり、経済的にも重要なパートナーだ。32%の関税は確かに台湾企業にとって打撃だが、報復関税で関係を悪化させれば、TSMCのような半導体巨人がアメリカ市場から締め出されるリスクすらある。

半導体は台湾経済の生命線であり、中国との対峙においても戦略的価値を持つ。このタイミングでアメリカとの絆を切るわけにはいかないのだ。

決して安泰ではない民進党

画像 : トランプ大統領 public domain

加えて、台湾国内の政治状況も、この静かな対応を後押ししている。

与党・民主進歩党(民進党)は、独立志向を掲げつつも現実的な対米関係の維持を重視する。報復関税をちらつかせれば、国内の親中派や経済界から「無謀な挑発」と批判が噴出し、政治的不安定を招く恐れがある。

蔡英文総統は、トランプの気まぐれな性格を熟知しており、彼との直接対決を避けることで台湾の安全と安定を優先しているのだ。

しかし、この静寂は嵐の前の静けさに過ぎないかもしれない。

トランプがさらなる関税引き上げをちらつかせれば、台湾の我慢も限界に達する可能性がある。その時、トランプが本当に台湾を見捨てれば、アジアの安全保障は崩壊し、中国の覇権が一気に拡大するだろう。

台湾が報復を控えるのは、生存をかけた危険な賭けである。
さらに言えば、この状況はアメリカ議会や国際社会の反応にも左右される。もし米議会がトランプの強硬策にブレーキをかければ、台湾にも多少の余裕が生まれるかもしれない。

だが、現時点ではトランプの独断が続き、台湾は息を潜めて耐えるしかない。地政学的な綱渡りが、台湾の未来を決めると言っても過言ではない。

文 / エックスレバン 校正 / 草の実堂編集部

アバター

エックスレバン

投稿者の記事一覧

国際社会の現在や歴史について研究し、現地に赴くなどして政治や経済、文化などを調査する。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く
Audible で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 破産もしていたトランプ大統領の意外な人生
  2. 【50年連続で不自由な国ランクイン】 中国の身分証における監視社…
  3. 新撰組はどうやって資金を得ていたのか? ~土方歳三の知られざる…
  4. 京都の「裏」を探索! 〜西陣に残る不思議な伝承と庶民信仰の寺社た…
  5. 【コービー・ブライアント】2020年ヘリコプター墜落事故 「なぜ…
  6. トランプ政権のイラン空爆が「台湾有事」にも波及? 〜緊迫する2つ…
  7. 中国が「小笠原諸島」を軍事的に重視する理由とは? ~その戦略的重…
  8. 【38人見ていたのに誰も助けなかった】 キティ・ジェノヴィーズ事…

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

天才軍師・諸葛亮は本当に「占術や幻術」を使っていたのか? 『奇問遁甲の謎』

三国時代の天才軍師として有名な諸葛亮は、講談小説である『三国志演義』の中では「奇門遁甲(きも…

懐かしの『ロケット鉛筆』誕生秘話 〜「発明したのは娘を想う台湾人の父親だった」

日本の文房具筆者は台湾在住だが、日本と同様に台湾の街にも多くの文房具店が存在する。個人経…

【下級武士から大名へ大出世】 軽視されがちな藤堂高虎の戦働き

戦国時代の築城名人であり転職大名としても名高い藤堂高虎は、歴戦の勇将としても知られている。…

東京都知事選「全裸」ポスター騒動で思い出す 「ナチス・ドイツ」のメディア戦略

東京都知事選、ポスター騒動で混乱今回の東京都知事選挙は、候補者のポスターを巡って様々な問題が発生…

【殷を破滅に導いた暴君と悪女】紂王と妲己が繰り広げた「酒池肉林」の世界とは?

暴君として名高い紂王紂王(ちゅうおう)は、中国史上最も悪名高い暴君として知られる人物であ…

アーカイブ

PAGE TOP