海外

モンゴルのトゥス・キーズと韓国のポジャギ 「母の愛を改めて知るアジアの装飾文化」

モンゴルのトゥス・キーズと韓国のポジャギ

画像 : 刺繍を施す様子 Pixabay

その国の装飾文化を伝える手法といわれる刺繍や伝統技法には、色彩で表現される美しさや、良縁や健康、励まし、愛情といった作り手の想いが作品に描かれている特徴がある。

刺繍や伝統技法を通して家族の愛や、絆を伝える装飾文化を推進する国々は多く、中でも高い芸術性を重視しているモンゴル韓国の裁縫の技術には、見る人の心に大きな感動や喜びを与える影響力が備わっている。

モンゴル西部に生活するカザフ民族が繋ぐ愛の布「トゥス・キーズ」

モンゴル西部で家畜を行いながら遊牧生活を続ける『カザフ民族』が施す刺繍布を「トゥス・キーズ」と呼ぶ。

「トゥス」は視界、「キーズ」はフェルトという意味で、カザフ民族の財産でもある羊毛でフェルトを作り、家族団欒で過ごす部屋を華やかに彩る生活習慣をそのまま表現した名称だ。

モンゴルのトゥス・キーズと韓国のポジャギ

画像:モンゴルで制作されたフェルトシューズ Pixabay

現在では、フェルトに施してきた「トゥス・キーズ」独特の刺繍技法を布にも活かし、国外との輸出ビジネスを通して生活の収入源とする人々も増えている。

母の愛が詰まった布』という異名を持つ「トゥス・キーズ」は、その名の通り母親の手で作られる刺繍布であるため、カザフの女性たちは花嫁修行の一環として「トゥス・キーズ」の技法を学んでいるが、家庭によっては幼少期の頃から「トゥス・キーズ」の技法を学ばせるケースもある。

カザフ民族の間では、美しい刺繍を施せる女性ほど家庭的な妻になれる、または仕事に忠実な女性であると見なされる風潮が強いこともあり、早くから裁縫を我が子に教える、親から学ぶといった習慣は珍しくはない。

一目で魅了される「トゥス・キーズ」に込められた母の愛

カザフ民族の人々が見ている景色、日々大切にしてる家族への気持ちの全てが描かれた「トゥス・キーズ」には、色合い、模様、裁縫の技術に込められた作り手である母の愛情が垣間見られる。

「トゥス・キーズ」の刺繍を施す際に、多く使用される赤色の布は命の色、強い生命力を表しており、布の大半を覆う曲線の模様は羊の角つまり、富の繁栄を表現している。

また、壁を彩るタベストリーの役割を持つ「トゥス・キーズ」の下の部分を縫い合わせずに未完成のままで終わらせるのも、物事を終わらせない継承の意志、子孫繁栄の願いを象徴するためだという。

「トゥス・キーズ」に込められたこれらの表現力や願いは、結婚が決まった我が子に対する母の愛情そのものともいわれており、実際に娘の結婚が決まるとカザフの母親たちは新しい「トゥス・キーズ」を作り始め、娘が嫁いで行く際に家族の絆の証として、「トゥス・キーズ」を贈っている。

・「中央アジア 遊牧民の手仕事 カザフ刺繍:伝統の文様と作り方
著者:廣田千恵子/カブディル アイナグル

韓国版パッチワークとしても知られる伝統技法「ポジャギ」

出来上がった食事が冷めないように食卓を覆うときや、衣類や寝具、本などを収納する際にも利用される韓国の伝統技法「ポジャギ」は、日本の『風呂敷』に近い存在だ。

民族衣装で使用した布の切れ端を縫い合わせて作られたことが始まりで、様々な色合いの布が混合するその姿から「韓国版パッチワーク」、「布のステンドグラス」としても有名だ。

モンゴルのトゥス・キーズと韓国のポジャギ

画像:ポジャギ wiki c

「ポジャギ」の用途に合わせて呼び方も各々変わるが、色彩豊かな「ポジャギ」の魅力を活かしたポーチやカーテン、クッションカバーといった生活雑貨に特化した作品が海外向けに編み出されていく内に、「ポジャギ」の呼び方で統一されるようになった。

ちなみに現地の韓国では、小さな布を縫い合わせる作業のことを意味する「チョガッポ」という名前で呼ぶこともある。

幸福を包み込む「ポジャギ」が行き着く母の愛と尊敬の意

「ポジャギ」の「(韓国語では「ボ」に近い音で発音する。)」には、物を包む、保護する、守るという語源の他に「福」を韓国語で発音したときの「ポクッ(ボクッ)」の音に似ているという特徴があることから、『幸福を包む縁起物』として捉える人も多かった。

従来の「ポジャギ」は、格式高い伝統紋様が施された民族衣装用の布の切れ端を素材としていたこともあり、ご祝儀袋やお土産を「ポジャギ」で包むことで、手渡す相手の元に幸福が訪れることを願う気持ちを表現していたという説もある。

かつてはモンゴルの刺繍布「トゥス・キーズ」同様に、韓国でも結婚の決まった娘に母親から「ポジャギ」を贈る伝統があった。その伝統を重んじる流れは現在も継承され続け、我が子の幸せを案じる母親の愛が映し出された芸術品として認知されている。

「ポジャギ」の最大の魅力であり、芸術性を高く評価されている小さな布の重なり合いが続く形状は、我が子の幸せが永遠に続くことを祈った母の愛情そのものなのだ。

手紙や言葉ではなく、刺繍布や伝統技法を通して家族の愛、絆を伝えるアジアの装飾文化には、ふと手に取ったときに実感できる家族の温もりであったり、その温もりを受け継いできた親や先祖を敬う気持ちを失わないで欲しいという希望も反映されている。

参考文献 : 「AIM ISSUE 14 BOJAGI ポジャギ」

 

草の実堂編集部

投稿者の記事一覧

草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く
Audible で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 政府閉鎖の影響(政府職員に関して)について調べてみた
  2. 日本人が間違いやすいネイティブ英語⑥【食べ物・アイス、飲み物編】…
  3. 画像 : 台湾の頼清徳総統 public domain 台湾独立派の新総統「頼清徳」のスローガンと興味深い選挙活動
  4. アラビア半島のアルカイダ ナセルウハイシ 「アラビア半島のアルカイダ」とは何か 〜米本土を標的に起こしたテ…
  5. 「#MeToo運動」とは何か? ~台湾の女優、モデルが被害を公表…
  6. ヘリコプターの音で、なぜかワニが大興奮 「狂ったように交配を始め…
  7. 台湾でコロナに感染した体験記 【台湾の漢方薬 清冠1号で回復しま…
  8. 中国による一帯一路「氷上のシルクロード」を考える 〜中国の北極航…

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

2026年大河【豊臣兄弟】 主役の豊臣秀長と腹心・藤堂高虎の深い絆とは

2026年の大河ドラマは「豊臣兄弟」である。物語は豊臣秀吉と、その弟である豊臣秀長を…

クリスマスでの遭遇【漫画~キヒロの青春】66

正月休みのすぐあとに三連休いいですね。また神社にでもいこうかな。暴君誕生【漫画~…

世界最初の貨幣と古代の貨幣の歴史

世界には様々な貨幣が存在している。人類は貨幣を古代から使用してきた。「はじめ人間ゴン」という…

終戦80年…大阪の街に今も残る“戦没者慰霊碑”を歩いてみた

2025年8月15日は、戦後80年という節目の終戦記念日にあたります。8月に入ると、広島や長…

『三成に過ぎたるもの』行方不明になった猛将・島左近 ~関ヶ原で東軍が恐怖した逸話

「三成に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城」という俗謡がある。豊臣秀吉に長…

アーカイブ

人気記事(日間)

人気記事(週間)

人気記事(月間)

人気記事(全期間)

PAGE TOP