その国の装飾文化を伝える手法といわれる刺繍や伝統技法には、色彩で表現される美しさや、良縁や健康、励まし、愛情といった作り手の想いが作品に描かれている特徴がある。
刺繍や伝統技法を通して家族の愛や、絆を伝える装飾文化を推進する国々は多く、中でも高い芸術性を重視しているモンゴルと韓国の裁縫の技術には、見る人の心に大きな感動や喜びを与える影響力が備わっている。
目次
モンゴル西部に生活するカザフ民族が繋ぐ愛の布「トゥス・キーズ」
モンゴル西部で家畜を行いながら遊牧生活を続ける『カザフ民族』が施す刺繍布を「トゥス・キーズ」と呼ぶ。
「トゥス」は視界、「キーズ」はフェルトという意味で、カザフ民族の財産でもある羊毛でフェルトを作り、家族団欒で過ごす部屋を華やかに彩る生活習慣をそのまま表現した名称だ。
現在では、フェルトに施してきた「トゥス・キーズ」独特の刺繍技法を布にも活かし、国外との輸出ビジネスを通して生活の収入源とする人々も増えている。
『母の愛が詰まった布』という異名を持つ「トゥス・キーズ」は、その名の通り母親の手で作られる刺繍布であるため、カザフの女性たちは花嫁修行の一環として「トゥス・キーズ」の技法を学んでいるが、家庭によっては幼少期の頃から「トゥス・キーズ」の技法を学ばせるケースもある。
カザフ民族の間では、美しい刺繍を施せる女性ほど家庭的な妻になれる、または仕事に忠実な女性であると見なされる風潮が強いこともあり、早くから裁縫を我が子に教える、親から学ぶといった習慣は珍しくはない。
一目で魅了される「トゥス・キーズ」に込められた母の愛
カザフ民族の人々が見ている景色、日々大切にしてる家族への気持ちの全てが描かれた「トゥス・キーズ」には、色合い、模様、裁縫の技術に込められた作り手である母の愛情が垣間見られる。
「トゥス・キーズ」の刺繍を施す際に、多く使用される赤色の布は命の色、強い生命力を表しており、布の大半を覆う曲線の模様は羊の角つまり、富の繁栄を表現している。
また、壁を彩るタベストリーの役割を持つ「トゥス・キーズ」の下の部分を縫い合わせずに未完成のままで終わらせるのも、物事を終わらせない継承の意志、子孫繁栄の願いを象徴するためだという。
「トゥス・キーズ」に込められたこれらの表現力や願いは、結婚が決まった我が子に対する母の愛情そのものともいわれており、実際に娘の結婚が決まるとカザフの母親たちは新しい「トゥス・キーズ」を作り始め、娘が嫁いで行く際に家族の絆の証として、「トゥス・キーズ」を贈っている。
・「中央アジア 遊牧民の手仕事 カザフ刺繍:伝統の文様と作り方」
著者:廣田千恵子/カブディル アイナグル
韓国版パッチワークとしても知られる伝統技法「ポジャギ」
出来上がった食事が冷めないように食卓を覆うときや、衣類や寝具、本などを収納する際にも利用される韓国の伝統技法「ポジャギ」は、日本の『風呂敷』に近い存在だ。
民族衣装で使用した布の切れ端を縫い合わせて作られたことが始まりで、様々な色合いの布が混合するその姿から「韓国版パッチワーク」、「布のステンドグラス」としても有名だ。
「ポジャギ」の用途に合わせて呼び方も各々変わるが、色彩豊かな「ポジャギ」の魅力を活かしたポーチやカーテン、クッションカバーといった生活雑貨に特化した作品が海外向けに編み出されていく内に、「ポジャギ」の呼び方で統一されるようになった。
ちなみに現地の韓国では、小さな布を縫い合わせる作業のことを意味する「チョガッポ」という名前で呼ぶこともある。
幸福を包み込む「ポジャギ」が行き着く母の愛と尊敬の意
「ポジャギ」の「ポ(韓国語では「ボ」に近い音で発音する。)」には、物を包む、保護する、守るという語源の他に「福」を韓国語で発音したときの「ポクッ(ボクッ)」の音に似ているという特徴があることから、『幸福を包む縁起物』として捉える人も多かった。
従来の「ポジャギ」は、格式高い伝統紋様が施された民族衣装用の布の切れ端を素材としていたこともあり、ご祝儀袋やお土産を「ポジャギ」で包むことで、手渡す相手の元に幸福が訪れることを願う気持ちを表現していたという説もある。
かつてはモンゴルの刺繍布「トゥス・キーズ」同様に、韓国でも結婚の決まった娘に母親から「ポジャギ」を贈る伝統があった。その伝統を重んじる流れは現在も継承され続け、我が子の幸せを案じる母親の愛が映し出された芸術品として認知されている。
「ポジャギ」の最大の魅力であり、芸術性を高く評価されている小さな布の重なり合いが続く形状は、我が子の幸せが永遠に続くことを祈った母の愛情そのものなのだ。
手紙や言葉ではなく、刺繍布や伝統技法を通して家族の愛、絆を伝えるアジアの装飾文化には、ふと手に取ったときに実感できる家族の温もりであったり、その温もりを受け継いできた親や先祖を敬う気持ちを失わないで欲しいという希望も反映されている。
参考文献 : 「AIM ISSUE 14 BOJAGI ポジャギ」
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