温暖な気候と風光明媚な景観で知られ、観光地としても人気のイタリア・シチリア島のパレルモのカプチン・フランシスコ修道会の地下納骨堂(カタコンベ)には、美しく愛らしい幼子の遺体が安置されている。
死後100年以上の時が経っているにも関わらず、当時の最先端の技術を用いてエンバーミングが施された彼女の遺体は、今にも目を覚ましそうなほど生前と変わらぬ姿のまま、永遠の眠りに就いているのだ。
今回は「世界一美しい少女のミイラ」といわれるロザリア・ロンバルドについて解説する。
2歳になる前に天に召されたロザリア
ロザリア・ロンバルドは、イタリアの将軍マリオ・ロンバルドとその妻マリア・ディ・カラの娘として、1918年12月13日にパレルモで生を受けた。
しかし感染症に対する医療がまだ発達していなかった当時、ロザリアは世界的に大流行していたスペイン風邪に感染して肺炎にかかり、2歳の誕生日を目前にした1920年12月6日にその短い生涯に幕を降ろした。
父・マリオは幼い娘の死をとても悲しんだ。愛しい娘の体が朽ちていくことに耐えられなかったマリオは、はく製師であり遺体保存の専門家でもあったアルフレード・サラフィアにロザリアのエンバーミングを依頼した。
そしてサラフィアによって防腐処理を施されたロザリアは生前の愛らしい姿を保ったまま、パレルモのカプチン・フランシスコ修道会の地下納骨堂に葬られたのだ。
ロザリアの遺体が安置された後、マリオは娘に会うために毎日のように地下納骨堂を訪れていたが、ただ眠っているようなのに決して目を覚ますことはない娘の姿を見るたびにさらに深い悲しみを感じるようになり、やがて彼女の元に足を運ぶことはなくなってしまったという。
エンバーミングとは
死者を葬る時に多くの場合で火葬を行う日本では、あまり馴染みのないエンバーミングだが、土葬が主流の欧米の国ではごく一般的に行われている。
人間を含む動物の死体は、死後にそのままにしておけばどんなに清潔な環境に置いたとしても、氷漬けにでもしない限り、数日のうちに自身の臓器内の消化酵素や微生物によって腐敗が始まってしまう。
しかし体液を排出し、代わりに防腐剤を注入するなどの防腐処理を施して腐敗の進行を遅らせて、損傷を受けた部位の修復を行えば、常温下でも衛生的かつ生前の姿に近い状態を葬儀の日まで保つことができるのだ。
キリスト教では死者は最後の審判の時に復活するとされているため、遺体が著しく損傷する火葬を良しとしない思想がある。そのため、埋葬する日まで遺体をそのままにしておかなければならなかった。
しかし遺体を防腐処理しないまま安置しておくと腐敗が始まり、腐敗ガスの発生や悪臭、ウイルスや細菌の繁殖などの衛生的な危険が生じる上に、外見も著しく劣化してしまう。それを目の当たりにする遺族に強いストレスがかかるため、キリスト教圏の国々では遺体の防腐処理の技術が発展したのだ。
そしてエンバーミングの技術を急速に向上させたのは、アメリカの南北戦争だといわれている。戦場で命を落とした兵士の遺体を故郷の家族の元に帰すために、より効果の高い遺体保存の技術が必要とされたからだ。
ロザリアに施されたエンバーミング
ロザリアのまるで眠っているかのような美しい姿の理由は、長い間謎に包まれていた。むしろその完璧すぎる姿から、遺体とすり替えられた蝋人形と疑われたこともあった。
しかし、とあるドキュメンタリー番組でロザリアをMRIで撮影した際に、ロザリアが間違いなく人間の遺体であること、そして彼女の内臓がすべて欠けることなく残されていることがわかった。
その後、イタリアの生物人類学者であるダリオ・ピオンビーノ=マスカリの調査によって、ロザリアに使用された薬品や保存処置の手順がついに判明したのだ。
その根拠となったサラフィアの手記によると、ロザリアにはホルマリン、アルコール、サリチル酸、グリセリン、塩化亜鉛および硫酸亜鉛、パラフィンが使用されていた。
通常遺体をミイラにするためには、腐敗しやすい内臓をまずとり除くものだ。しかしサラフィアは幼くして命を落とした哀れなロザリアの体から臓器を抜き取ることなく、大腿動脈から薬剤を注入して防腐処理を行った。
ホルマリンで殺菌を行い、アルコールでミイラ化を促しつつグリセリンで適度な水分を保ち、サリチル酸で菌の繁殖を防ぎ、塩化亜鉛と硫酸亜鉛で遺体を石のように硬化させつつ防腐効果を与えたのだ。そして頬にはパラフィンを注入して、幼子らしいふっくらとした頬を再現した。
このような防腐処理が施されたことにより、ロザリアの遺体は損傷の原因となる腐敗と極度の乾燥を免れて、全身が人工的に死蝋化され、石のように硬直した状態になっているという。
サラフィアが第一次世界大戦後間もない時代に行ったエンバーミングは、現代の技術水準からみても最上級の技術だと評価された。そしてロザリアの死後すぐにエンバーミングが行われたこと、まだ幼児で体が小さかったことも、エンバーミングの成功に功を奏したと考えられている。
ただ使用した薬剤が判明した現在でも、サラフィアがどのようにロザリアのすべての臓器に薬剤をまんべんなく行き渡らせることができたのか、その細かい手法については謎のままだ。
生きているかのように、まばたきをするロザリア
ロザリアのミイラは、まばたきをすることでも知られている。
アメリカのナショナル・ジオグラフィック・チャンネルは、この不可思議で奇跡的な現象の噂を科学的に検証した。そして12時間にわたるタイムラプス撮影により、ロザリアの目が実際に開閉していることが確認されたのだ。
幼い子供が、目を半開きにしたまま眠っている姿を目にしたことがある方は少なくないだろう。
実はロザリアの遺体も、元々完全に目を閉じた状態で保存されているわけではないため、見る角度や光の加減によって目が開いて見えたり閉じて見えたりする。
さらにタイムラプス映像を検証した結果、地下納骨堂内の湿度や温度などの変化によって、ロザリアの眼球が収縮したり膨張したりすることにより、まばたきをしているように見えると考えられている。
目が開いている状態のロザリアの瞳は、美しい青色をしているという。
世界中から注目されたロザリアの現在
パレルモの地下納骨堂で静かに眠り続けるロザリアは、長い間美しい姿を保ち続けていた。
しかし、世界的に有名になり奇跡のミイラとして注目の的になったために、観光客のカメラのフラッシュや、多くの人が地下納骨堂に出入りすることで起こる室温と湿度の変化が、ロザリアの遺体の劣化を促進させてしまったのだ。
そのため、ロザリアの遺体は彼女の寝床となっていた棺ごと、分厚いガラスと金属で作られた棺に密封された。
パレルモの眠り姫ロザリアは、今日も地下納骨堂で厳重な棺に守られて永遠の眠りに就いている。
参考文献
ミイラ学プロジェクト「教養としてのミイラ図鑑: 世界一奇妙な「永遠の命」」
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