日本には昔から伝わる、「病は気から」ということわざがある。
「多くの病は、気の持ちようで重くも軽くもなる」という意味である。
確かに、落ち込んでいるときはなんとなく身体がだるかったり、嬉しいときは身体が軽く、スキップしたくなるような気持ちになることもあるだろう。
これは日本独自の迷信ではなく、どんな文化や時代でも通用する現象である。
例えば、カエサル、チンギス・ハン、ガンディーなど歴史上の偉人たちも、同じような経験をしていたかもしれない。
精神的ストレスが原因で髪が抜けたり、胃に穴が空くことは現代医学でも確認されている。想像妊娠などもその一例であろう。
その最たるものが、「思い込みによる死」である。
ブアメードの血実験
「思い込みによる死」の有名な例として、「ブアメードの血実験」というエピソードがある。
ただし、この実験については年代や地域についても諸説あり、正式な記録がなく事実かどうかは定かでない。あくまで、ひとつのわかりやすい逸話としてご一読いただきたい。
19世紀のヨーロッパに、「ブアメード」という名の死刑囚がいた。
ブアメードは来る死刑執行に怯える日々を過ごしていたが、ある日、いかにも優秀そうな医師団がブアメードの元へやってきてこう言った。
「実験に協力してくれないか。実験が成功して無事生還した暁には、君の釈放を約束する」
死刑囚であるブアメードにとって、こんなにも幸運な話はない。
「どうせいつかは死刑になる身だ。少しでも釈放の可能性があるなら」と、彼はすぐさま承諾書にサインした。
そして実験当日。
実験を行う医師団はブアメードを寝台に横たわらせ、手足を縛り、目隠しをした。
「オイオイ、縛り付けて何しようってんだ!まさか拷問しようってのか!?それなら一思いにギロチンで死んだ方が……」
怯えだす彼の足に、ひとりの医師がメスで傷を付けた。
ブアメードは突然の鋭い痛みに悲鳴を上げ、不自由な手足をバタつかせた。
傷口から噴き出した血は、彼の足を伝って地面に流れ落ち、ポタ、ポタ、と音をあげている。
「人間は体重の3分の1の血液を失うと死ぬ。今から君の経過を観察する」
医師団がそうブアメードに告げると、彼の顔はみるみるうちに青ざめていった。
しんと静まり返った実験室には、時々話す医師たちの声と、ブアメードの血が滴り落ちる音だけが響いていた。
「そろそろ出血量が体重の3分の1に達する。さて、どうなるかな」
医師団の言葉から間もなくして、ブアメードは自分の血が流れ落ちる音を聞きながら、その言葉通り絶命してしまったのである。
しかし実際のところ、彼の足の傷は浅く出血量は大したものではなく、数分もすると出血は止まっていた。
実はブアメードが聞いていた音は、医師団が別で用意した、水を染み込ませた布から滴り落ちる水滴の音だったのだ。
つまり、ブアメードは「3分の1の血液が失われて、もうじき死ぬのだ」と思い込み、浅い傷ひとつで死んでしまったということである。
末期ガン患者を死に追いやったものとは
「ブアメードの血実験」はわかりやすい逸話として紹介したが、「思い込みによる死」の実例は存在する。
例えば、2005年にクリフトン・メドア博士が科学誌に発表した論文による、サムという患者のケースである。
あるとき、サムは不幸にも末期ガンと診断され、余命数ヵ月と告げられた。絶望した彼はみるみるうちに気力と体力を失い、宣告された余命を待たずして他界してしまった。
しかし、検死を行った医師が見たものは、サムの腫瘍がごく小さく、転移すらしていないという事実であった。
末期ガンというのは医師の誤診であり、命を落とすほどの腫瘍ではなかったのだ。
サムは「自分はガンで死ぬのだ」という思い込みで、自らを死に追いやったのだ。
心が人体に与える、意外にも大きな影響
このように、思い込みが身体に悪い影響を及ぼす現象を「ノーシーボ効果」と言う。
ブアメードの逸話やサムの例なども、このノーシーボ効果が原因と考えられている。
ノーシーボ効果の逆にあたるのが「プラシーボ効果」である。
これは思い込みによって身体に良い影響を及ぼす現象を指す。有効成分の入っていない偽薬を飲んだだけで、風邪や病気が治るといった効果が現れることがあるのだ。
このような自己暗示は病気に限らず、日常生活の中にも散りばめられている。
「恋をすると綺麗になる」とよく言われるが、これは好意を寄せる相手に良く思われたいという意志だけでなく、恋をすることで心も身体も活力が湧き、自然と明るく美しく見えるからである。
おわりに
ノーシーボ効果やプラシーボ効果といった現象は、思い込みが身体に与える影響を如実に示している。
ブアメードの逸話やサムの事例は、思い込みが命に関わるほどの影響を持つことを示しているが、同時に前向きな自己暗示が私たちの生活にポジティブな影響を与えることも明らかであろう。
前向きな思考を心がけることで、より充実した人生を送ることができるかもしれない。
参考 : 『マンガ実録!死ぬほど怖い人体実験の世界史』闇の世界史研究所
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