人類の文明社会は約5000年前に始まったとされ、医療や文化は世界各地で発展を続けてきた。
しかしその中で、ある身体現象については長い間、多くの国でタブー視されていた。
それこそが「月経」、いわゆる「生理」だ。
日本においても出血を伴う生理は「穢れ」の一種として長らくタブー視されてきた。
日本国内で初めて生理用の使い捨て紙ナプキンが販売されたのは、アメリカから遅れを取ること40年、1961年のことである。それまで日本人女性は、和紙や布、ススキの穂や脱脂綿などを用いていた。
アルナーチャラム・ムルガナンダムは、不衛生なボロ布や紙きれを生理用ナプキンとして使用するインド人女性のために行動を起こした、インドの発明家であり起業家だ。
彼は、生理問題に悩む当事者であったはずの妻や妹に白い目で見られながらも、タブーに踏み込むことを恐れず、結果的に延べ5億人以上のインド人女性を不快で不衛生な生理から救ったのだ。
今回は「インド女性の救世主」と呼ばれるムルガナンダム氏が、生理用ナプキンの開発に至った経緯や、彼が成し遂げた偉業について触れていこう。
目次
結婚してはじめて女性の生理の現実を知る
アルナーチャラム・ムルガナンダムは、1961年10月12日にインドの織物産業の中心地であるナードゥ州コーヤンブットゥールで、織物職人として働く父と母のもとに生まれた。
しかし、彼が幼い頃に父は交通事故で亡くなり、貧しい少年時代を過ごした。
母は息子の学費を得ようと農場で必死に働いたが、彼は14歳の時に学校を中退し、工場への食料配達や工作機械のオペレーター、農場作業員、溶接工など様々な仕事をして、家族のために家計を助けるようになった。
1998年、37歳になったムルガナンダムは、シャンティという女性と結婚した。
それまで、女性の生理に対して知識が無かった彼は、妻が生理時に使うために不衛生なボロ布や古新聞紙を集めていることに気付いた。
宗教の教えにより男尊女卑の考え方が色濃く残るインドでは、2000年代を目前にした時期でも生理用ナプキンが普及していなかった。
女性の生理は「穢れ」としてタブー視されており、その頃インド国内に生理用ナプキンを製造販売する企業はなく、貧しい農民の女性は高価な外国製の生理用ナプキンに簡単には手が出せなかったのだ。
インドにおける女性の生理の現実を知り、妻や妹の健康を危惧したムルガナンダムは、自ら生理用ナプキンを作ることを決意したのである。
生理用ナプキン開発のために試行錯誤するも、嘲笑を受ける日々
ムルガナンダムはまず、綿で生理用ナプキンを作ることを試みた。
そして試作品の使用を妻や妹に頼んだが、彼女たちは男であるムルガナンダムに生理について触れられること自体を嫌い、被験者になることを拒んだ。
味方になってくれる筈だった家族に拒まれてしまったが、ムルガナンダムは安価な生理用ナプキンの開発を諦めなかった。
彼は、外国製の生理用ナプキンが原価の40倍で販売されていることに気付き、改めて既成の生理用ナプキンに近い製品の開発を行った。
こうして新たな試作品が完成し、使用してくれる女性ボランティアを募った。
しかし、ほとんどの女性は恥ずかしがり、生理についての言及すら拒否されてしまったのだ。
仕方なくムルガナンダムは、動物の膀胱に動物の血液を入れたものを自ら装着して実験を始めた。
しかし、その実験内容が近所の人々にばれてしまい、嘲笑の的となってしまう。
次第に村人から白い目で見られるようになり、ついには地域社会や家族からも追放されてしまったのである。
安価な生理用ナプキン製造機の開発に成功する
ムルガナンダムは、生まれ故郷の村で村八分にされても、生理用ナプキンの開発を続けた。
村には協力してくれる女性は1人もいなかったため、地元の医科大学の女子生徒に試作品の生理用ナプキンを無料で配り、感想を聞いて改良を続けた。
そして、生理用ナプキンの開発に着手してから2年後、彼は市販の生理用ナプキンに松の樹皮のパルプから生成された「セルロース繊維」が使用されていることを発見する。
この繊維の働きにより、市販の生理用ナプキンは形状を保ちながら、血液を吸収することができていたのだ。
しかし、生理用ナプキンの機能を維持する最も重要な部分に気付いたものの、外国製のナプキン製造機は高価で3500万ルピーもした。
これは2000年当時のレートで、約8400万円に値する金額だ。
当然そんな大金がなかったムルガナンダムは、簡単な訓練をすれば操作可能な低コストのナプキン製造機を考案した。
ムルガナンダム作のナプキン製造機は、パルプを紫外線で殺菌しながら粉砕し、解繊して整形を行い、梱包を行う機械だった。
そして、外国製ナプキン製造機の約500分の1の価格、65000ルピーで開発することに成功したのだ。
彼は、加工済みの松の木のパルプをムンバイから調達し、材料として用いた。
こうしてインド国内で、低価格で安全快適な生理用ナプキンを作ることが可能になったのである。
インド工科大学で発明を発表し「草の根技術発明賞」を受賞、そして起業へ
オリジナルの生理用ナプキン製造機を発明したムルガナンダムは、2006年に自身のアイデアをインド工科大学マドラス校(IITマドラス)で発表し、その席で様々なアドバイスを受けた。
IITマドラスは、彼の偉大な発明をインド国立発明財団の「草の根技術発明賞」に応募し、彼の発明は認められ見事に受賞した。
受賞し、活動資金を得たムルガナンダムは会社を設立し、現在ではインド全土の農村部にこの機械の販売を行っている。
ムルガナンダムが発明した生理用ナプキン製造機は、操作のシンプルさとコストパフォーマンスの良さが高く評価され、多くのインド人女性に安価な生理用ナプキンが提供されるようになった。
ムルガナンダムが評価されるべき点は、発明の内容だけではない。
彼はたとえ成功を手にしても、金に目をくらませず、多くの事業化の申し出を断りつつ、インド人女性団体が運営する自助グループにナプキン製造機の提供をし続けているのだ。
彼の発明は、インドの女性のQOLを向上させる重要な一歩として、今も広く称賛され続けている。インド人女性が生理期間を快適に過ごせるようになっただけではなく、多くの女性に仕事と収入をもたらしたのである。
2014年、ムルガナンダムは『タイム』誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれ、2016年にはインド政府からパドマ・シュリー勲章を授与された。
世界に認められた発明家
ムルガナンダムは、インドの名だたる大学や、アメリカのハーバード大学などでも講演を行い、世界的な社会起業家として認知されるようになった。
彼の苦心と成功までの日々は小説となり、その小説が原作となったインド映画『パッドマン 5億人の女性を救った男』が、2018年に日本でも公開された。同映画の主演は、原作者のトゥインクル・カンナーの夫である、俳優のアクシャイ・クマールが演じている。
インド国内では、女性に比べて優位な位置に立つ男性のムルガナンダムが、男子禁制とされていた女性の生理に踏み込んだからこそ、多くのインド人女性が自立するチャンスを得られるようになった。
「女性の体のことは女性にしかわからない」という風潮は、現代の日本でもなくなってはいない。しかし当の女性の間でさえ、生理の症状には個人差があり、それは血のつながりのある家族間でさえ異なるものだ。
性別にかかわらず、お互いの身体や特性について理解し合い、それを次世代に伝えていくことが、真の相互理解につながるのではないだろうか。
参考 : 『INDIA’S MENSTRUATION MAN』他
文 / 北森詩乃 校正 / 草の実堂編集部
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