2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、国際社会に大きな衝撃を与えた。
多くの国々が明確な立場を示す中、中国は一貫して曖昧な態度を維持し、目立った発言や行動を控えている。
この「沈黙」の背景には、中国の地政学的戦略、国内統制、そして国際社会での立ち位置が複雑に絡み合っている。
本稿では、中国がウクライナ戦争で沈黙を続ける理由を、複数の観点から分析する。
ロシアとの戦略的パートナーシップ

画像 : 2022年2月、北京冬季五輪開幕直前に会談したプーチン大統領と習近平国家主席。出典:Presidential Executive Office of Russia/CC BY 4.0
中国とロシアは、近年「無制限の協力関係」を標榜し、米国を中心とする西側諸国に対抗する姿勢を強めてきた。
2022年2月の北京冬季五輪直前に開催された中露首脳会談では、両国が「新たな時代の戦略的パートナーシップ」を確認した。
この関係は、経済、軍事、エネルギー分野での協力に及び、特にロシアからの天然ガスや石油の輸入は中国にとって重要である。
ウクライナ戦争でロシアを公に非難すれば、このパートナーシップが揺らぎかねない。
中国はロシアを孤立させず、かつ西側との対立を避けるため、中立的な立場を装うことでバランスを取っている。
さらに、中国はロシアの軍事行動を直接支持しないものの、欧米の対露制裁には反対の立場を明確にしている。
これは、西側が主導する国際秩序に対する挑戦の一環とも言える。
中国は、ウクライナ問題での明確な発言を避けることで、ロシアとの関係を維持しつつ、将来的な地政学的リスクに備えているのだ。
国内統制と情報管理の優先

画像 : ゼレンスキー大統領 public domain
中国国内では、ウクライナ戦争に関する情報が厳しく管理されている。
中国共産党は、国民の意見が分裂したり、反政府的な動きが表面化したりすることを警戒している。
ウクライナ戦争は、自由や民主主義を求めるウクライナ国民の闘いとして世界的に注目されたが、中国政府にとってこのような「自由への渇望」は、国内での反体制運動を刺激する危険性がある。
そのため、ウクライナ戦争に関する報道は制限され、ロシア寄りのプロパガンダや中立的な論調が強調される。
例えば、中国のソーシャルメディアでは、ウクライナ戦争に関する議論が検閲され、反戦や親ウクライナの意見は速やかに削除される。
この情報統制は、中国政府が国内の安定を最優先に考えていることを示す。
ウクライナ戦争で明確な立場を取れば、国内で議論が過熱し、統制が難しくなる可能性がある。
中国の沈黙は、こうした国内統制の必要性に起因する部分が大きい。
グローバルな影響力の維持

画像 : UNCTADによる分類。青がグローバルノース(先進諸国)、赤がグローバルサウス(発展途上諸国)。wiki c Specialgst
中国は、グローバル・サウスと呼ばれる、新興国や途上国との関係強化に注力している。
ウクライナ戦争で明確にロシアや西側のどちらかに肩入れすれば、これらの国々との関係に影響を及ぼす。
特に、アフリカやアジアの多くの国々は、ウクライナ戦争に対して中立的な立場を取っており、中国が同様の姿勢を維持することで、これらの国々との連帯を深められる。
中国は「非干渉主義」を掲げ、他国の内政に介入しない姿勢をアピールすることで、グローバル・サウスでの影響力を拡大しようとしている。
また、中国は国連やG20などの国際舞台で、中立的な「調停者」の役割を演じることを目指している。
2023年に中国が提示したウクライナ和平案は、具体性に欠けるものの、和平を求める姿勢を国際社会に示すための象徴的な動きだった。
このように、中国は沈黙を保ちつつ、必要に応じて和平や対話の提唱者としてのイメージを構築している。
経済的利益とリスク回避

画像 : 2022年のロシアによるウクライナ侵攻のモンタージュ public domain
ウクライナ戦争は、グローバルなエネルギー価格や食糧供給に大きな影響を与えた。
中国は世界最大のエネルギー輸入国であり、ロシアからの安価なエネルギー供給は経済的に魅力的である。
一方で、欧米との貿易関係も中国経済にとって不可欠だ。ウクライナ戦争で明確な立場を取れば、欧米からの制裁リスクが高まり、経済に悪影響を及ぼす可能性がある。
中国は、この経済的ジレンマを回避するため、曖昧な態度を維持している。
さらに、中国はウクライナ戦争を観察することで、台湾問題における西側の反応や制裁の可能性を分析している。
ウクライナでのロシアの苦戦や国際社会の結束は、中国にとって台湾を巡る軍事行動のリスクを再評価する材料となっている。
沈黙を続けることで、中国は自国の戦略的選択肢を広げ、将来の不確実性に備えているのだ。
中国のウクライナ戦争に対する沈黙は、単なる消極的な態度ではなく、戦略的な計算に基づくものだ。
「ロシアとの関係維持、国内統制、グローバルな影響力の拡大、そして経済的リスク回避」これらの要因が絡み合い、中国は明確な発言を避けている。
国際社会がウクライナ問題で分裂する中、中国はこの沈黙を通じて、自国の利益を最大化しようとしている。
文 / エックスレバン 校正 / 草の実堂編集部
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