国際情勢

なぜトランプはマドゥーロ大統領を拘束した?ベネズエラでは一体何が起きていたのか

画像:拘束されたニコラス・マドゥーロ大統領 Sofya Sandurskaya, TASS CC BY 4.0

2026年1月3日、アメリカ軍は空爆を含む軍事作戦を実行し、ベネズエラの首都カラカスで、ニコラス・マドゥーロ大統領夫妻を拘束、米国ニューヨークへ移送しました。

主権国家の現職大統領を軍事力によって拘束し、国外で裁こうとするこの「斬首作戦」は、国際社会に大きな衝撃を与えています。

※斬首作戦とは、敵対する国家や組織の最高指導者を直接排除・拘束することで、政権や組織の統治能力を失わせることを目的とした軍事行動。

トランプ政権は、麻薬対策と民主主義の回復を作戦の大義として掲げています。

しかし今回の斬首作戦は、単なる二国間の問題にとどまらず、主権と武力行使をめぐる国際法秩序、エネルギー安全保障、米中対立、さらには日本の安全保障環境にも影響を及ぼしかねない複合的な事態といえます。

なぜトランプ大統領は、このタイミングで斬首作戦の決行に踏み切ったのでしょうか。そして、経済規模が約7年で大幅に縮小したベネズエラでは、いったい何が起きていたのでしょうか。

本記事では、今回の斬首作戦を読み解いていきたいと思います。

周到に準備されたシナリオ:内通者なくして成功しない作戦

画像 : トランプ大統領 public domain

まず今回の斬首作戦は、突発的に決行されたものではなかったとみられます。

トランプ大統領は2024年の選挙期間中から「マドゥーロ政権は排除しなければならない」との発言を繰り返しており、2025年9月頃からは、麻薬密輸に関与していると米側が主張する船舶への攻撃を開始していました。

報道によれば、米軍は空母打撃群(空母を中心とした艦隊)を含む戦力を周辺海域に展開し、カリブ海地域から即応可能な態勢を整えていたとされています。

2025年12月下旬には、ベネズエラ沿岸部のドック(港湾関連施設)を標的とした攻撃が行われたことが報じられ、トランプ大統領も年末の発言で「施設を攻撃した」と示唆しており、本格作戦に先立つ示威行動だった可能性があります。

トランプ大統領が、作戦決行のタイミングを慎重に見計らっていたことは、これまでの発言や軍事的動きからうかがえます。

ここで一つの疑問が浮かびます。

なぜ、ベネズエラの防空システムは十分に機能しなかったのでしょうか。

ベネズエラはロシア製の地対空ミサイルシステムを保有しています。それにもかかわらず、アメリカ軍は大型輸送ヘリコプターを用いて首都カラカスに部隊を投入することに成功しました。

通常であれば主権国家の首都に大型ヘリを侵入させることは、撃墜のリスクが極めて高い作戦です。

防空システムが作動しなかったのは技術的な問題だったのか、それとも意図的に機能を停止させた人物がいたのか。

作戦が極めて円滑に進んだことから、ベネズエラ政権内部に何らかの内通者がいた可能性を多くの専門家が指摘しています。

さらに注目すべきは、マドゥーロ大統領の所在を正確に把握していた点にあります。

アメリカ軍は彼が「どの時間に、どこにいるか」を事前に知っていました。CIAの情報活動が成功したことは間違いありませんが、それだけでは説明がつきません。

政権中枢に近い人物からの情報提供があったと考えるのが自然な見方になるでしょう。

それでは、なぜ政権内部から内通者が現れたのでしょうか。その背景には、ベネズエラ経済の壊滅的な崩壊があります。

なぜベネズエラは貧しくなったのか?

画像:ベネズエラの英雄でもあるウゴ・チャベス前大統領 public domain

トランプ政権がマドゥーロ大統領の拘束に踏み切った最大の理由は、単なる政権交代ではなく、麻薬密輸対策と安全保障を名目に、敵対的と見なした国家指導部を物理的に排除することで地域秩序を再編しようとした点にあります。

その判断の背景には、長期的な経済崩壊によって統治能力が低下し、内部からも瓦解しつつあったベネズエラの現状がありました。

2014年から2021年までの約7年間で、ベネズエラの国内総生産(GDP)は大幅に縮小し、経済規模は最盛期の4分の1前後にまで落ち込んだとされています。

2018年にはハイパーインフレが深刻化し、年間インフレ率は13万%を超え、2021年時点で国民の9割以上が貧困層に転落しています。

世界最大の石油埋蔵量を持つ国で、なぜ空前の経済崩壊が起きたのでしょうか。

その答えは、ウゴ・チャベス前大統領(在任1999〜2013年)が掲げた「21世紀の社会主義」という経済モデルにあります。

軍人出身のチャベスは、貧困層の圧倒的な支持を背景に大統領に就任し、石油収入を原資とした大規模な社会福祉政策を展開しました。

しかし、その手法は国家がすべての経済活動に介入し、市場原理を無視して物価や為替を決定するというものでした。

石油価格が高騰していた時期には機能したシステムですが、2014年に原油価格が急落すると、石油収入に依存していた政府の財政は急速に悪化していきます。

政府は不足する資金を補うために通貨を増刷しましたが、インフレが加速すると、今度は全ての商品とサービスの価格を一方的に決定し始めました。

当然ながらインフレによって原材料費や人件費は上昇し続けますが、販売価格は政府によって低く抑えられたままでした。

そのため、生産を続ければ続けるほど赤字が膨らみ、売れば売るほど損失が拡大していきます。

無計画な経済政策の結果は明白であり、誰も生産しなくなり、誰も販売しなくなったのです。

商店の棚から商品が消え、わずかな配給品だけという状況が続きました。

外貨不足が招いた生産の停止

画像 : ベネズエラの位置 Addicted04 CC BY 3.0

ベネズエラ経済にはもう一つ、致命的な脆弱性がありました。

農業を含む多くの産業が、原材料や投入財を輸入に依存していたのです。

前述したように、石油の外貨収入が潤沢だった時期には、輸入によって経済を回すことができていました。

しかし、チャベス政権が展開した経済政策の失敗により、外貨は急速に枯渇していきます。政府は誰にどれだけドルを割り当てるかという配分権を握り、企業がドルを申請しても許可が下りない状態に陥りました。

日本企業を含む外資系企業は、部品を輸入できないため、生産ラインを止めざるを得なくなります。

さらに追い打ちをかけたのが、政府による企業接収でした。

外貨不足で生産に必要な物資が手に入らず生産量が落ちると、政府はそれを「サボタージュ(怠業)」と断定します。
そして農場や工場を一方的に接収していきました。

全ての経済セクターで投資が凍結された結果、経済はさらに縮小していきます。

縮小が縮小を呼ぶ、負のスパイラルが始まったのです。

マイナス20%の衝撃:800万人の大脱出

悪循環の結果としてベネズエラは2014年以降、7年連続でマイナス成長を記録しました。

それもマイナス1%やマイナス2%といった水準ではありません。

マイナス20%、マイナス30%という、平時の国家経済としては極めて異例の水準の経済収縮が続いたのです。

かつて中産階級だった家庭が極貧に転落し、多くの国民が日々の食事にも事欠く状況に追い込まれていきました。

国連世界食糧計画(WFP)などの報告によれば、人口の約3分の1にあたる900万人以上が十分な食料を得られない状況に陥り、病院には医薬品がなく、学校には教材がなく、水道や電気も満足に供給されない日々が続いています。

絶望したベネズエラ国民は国を捨てる決断を行い、2014年以降、累計で約800万人規模のベネズエラ国民が国外へ流出しています。

これは、人口の4分の1に相当する規模であり、多くの難民は隣国コロンビアやブラジルに逃れている状況です。

かつて南米で最も豊かな国の一つだったベネズエラが、なぜここまで壊れてしまったのか。

一言でまとめるならば、市場経済の基本原理を無視し、国家が全てをコントロールしようとした結果にあります。

価格統制、外貨統制、そして接収という政策が組み合わさり、経済を完全に破壊してしまったのです。

これほどの経済破綻を起こしながらも、なぜマドゥーロ政権は存続できたのか。そしてマドゥーロ亡き後、トランプ政権は誰と手を組もうとしているのか。

次回の記事では、チャベス派の権力構造に迫りたいと思います。

【参考文献】
坂口安紀(2021)『ベネズエラ――溶解する民主主義、破綻する経済』中央公論新社.
坂口安紀(2025)「ベネズエラ 2024 年大統領選挙―何が起こり、なぜ政権交代につながらなかったのか」『ラテンアメリカ・レポート』Vol. 42, No. 2, pp.25-40.
文 / 村上俊樹 校正 / 草の実堂編集部

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