国際情勢

『道案内から始まったロシアのスパイ活動』通商代表部元職員の30代男を書類送検

1月20日、日本の経済安全保障を揺るがす驚きのニュースが飛び込んできた。

警視庁公安部は、在日ロシア連邦通商代表部の元職員である30代のロシア人の男と、首都圏の工作機械メーカーの元社員である30代の日本人男性を、不正競争防止法違反の疑いで書類送検した。

一見、ドラマや映画の中の話のように思える「スパイ活動」が、東京の街角で、しかも極めて日常的な風景の中で行われていた実態が明らかになったのだ。

なぜ日本の高度な技術は狙われ、どのようにして流出したのか。今回はその背後に潜む、巧妙な手口と組織的背景を探ってみたい。

画像 : 六本木にあるロシア大使館 Nissy-KITAQ CC BY-SA 3.0

身近に迫るロシアスパイ

今回の事件で最も注目すべきは、その接触の手口だ。

書類送検されたロシア人の男は、当初、路上で「道案内をしてほしい」と日本人元社員に声をかけた。

これをきっかけに「お礼がしたい」と再会を促し、定期的にファミレスや飲食店で会食を重ねることで、少しずつ信頼関係を築いていったという。

この「偶然を装った接近」は、情報機関がターゲットを籠絡(ろうらく)する際の常套手段だ。男はさらに、自らを「ウクライナ人だ」と偽り、相手の警戒心を解いていた疑いもある。

最初は公開されている製品カタログなどの提供を求め、徐々に金銭や接待を交えながら、核心的な機密情報へと要求をエスカレートさせていった。

元社員が抱いた良好な関係を保ちたいという心理が、知らぬ間に相手の統制下へと引きずり込まれる要因となったのである。

表はジェントルマン しかし中身はスパイ

男の背後には、ロシアの強力な諜報機関である「ロシア対外情報局(SVR)」の存在が指摘されている。

特に、科学技術情報の収集を専門とするグループ「ラインX」に所属していたとみられる。彼らの狙いは、軍事転用が可能な日本の「工作機械」に関する機密情報だ。

工作機械は「マザーマシン(機械を作る機械)」と呼ばれ、その精度は兵器や航空機の性能を左右する。

国際的な制裁下にあるロシアにとって、日本の最新技術は喉から手が出るほど欲しい「至宝」である。

ロシア通商代表部という公的な肩書きを盾に、組織的な「統制」のもとで行われた今回の諜報活動は、単なる一企業の不祥事ではなく、国家レベルの技術掠奪であったと言わざるを得ない。

画像 : 警視庁本部庁舎 CC BY-SA 3.0

金銭の誘惑を熟知するスパイ

情報を提供した日本人元社員は、その見返りとして合計数十万円の現金を受け取っていたとされる。

当初は些細な情報の提供から始まったものが、金銭授受という一線を越えたことで、後戻りのできない負の連鎖に陥った。

警視庁の調べに対し、元社員は「スパイ活動だと気づいていたが、関係を断てなかった」という趣旨の供述をしている。
経済的な利益、あるいは一度弱みを握られたことによる恐怖が、企業人としての倫理的・法的統制を崩壊させたのだ。

口頭での情報漏洩という、証拠が残りにくい手法を選んでいた点も、工作員による緻密な指導があったことを示唆している。

ロシア人の男は逮捕されることなく書類送検にとどまり、その後すでに国外へ出国している。
しかし、この事件が残した教訓は、日本のすべての技術者や企業にとって極めて重い。

今回の事件は、私たちのすぐ隣に「見えない戦争」が潜んでいることを知らしめた。

技術流出を防ぐためには、企業側のセキュリティ強化だけでなく、一人ひとりが「日常の違和感」に気づく防諜意識を持つことが不可欠である。

文 / エックスレバン 校正 / 草の実堂編集部

  • Xをフォロー
  • Threadsをフォロー
好きなカテゴリーの記事の新着をメールでお届けします。下のボタンからフォローください。
アバター画像

エックスレバン

投稿者の記事一覧

国際社会の現在や歴史について研究し、現地に赴くなどして政治や経済、文化などを調査する。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く
Audible で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 近年の中国における改正「反スパイ法」 ~今後の日本への影響は?
  2. 台湾統一は最終目標ではない!中国が本当に狙う次の支配圏とは?
  3. 自衛隊基地のそばに外国人が土地を買っている?知られざる安全保障リ…
  4. フィリピンにおける日本人被害者の犯罪増加 ~その理由とは?
  5. 『米軍のベネズエラ襲撃』2026年、世界は弱肉強食の時代に入った…
  6. 「日本が羨ましい」なぜ韓国で反中デモが拡大したのか?「チャイナ・…
  7. 岸田・ユン時代の日韓関係を振り返る ~日韓関係の新たな局面とは
  8. 『中国戦闘機が2日連続で海自機に異常接近』なぜ中国は“挑発”を繰…

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

戦国時代は討ち取った首で吉凶を占っていた 【恐怖の首実検】

首取りとは戦国時代の合戦では、武士は倒した敵方の首を斬って持ち帰った。この「首取り」は武士の…

振替輸送について調べてみた「電車が止まっても安心! 」

電車の振替輸送とは?(出展URL http://www.ashinari.com/201…

【源氏物語に情熱を捧げたオタク女子】 菅原孝標女のオタクエピソードと個性的な家族

2024年に入り、大河ドラマ「光る君へ」が始まりましたね。テレビの前で放映されるのを、待ちどおし…

ドイツ帝国海軍 「当時世界第2位だった戦わない海軍 〜現存艦隊主義」

ヴィルヘルム2世の野望ドイツ帝国海軍は、1871年にヴィルヘルム1世の下で統一されたドイ…

本牧神社でなぜUW旗?その意味と秘密を紹介!【神奈川県横浜市】

本牧神社(神奈川県横浜市中区)へ参拝した際、ちょっと洒落たものを拝見しました。「ゴ安航ヲ祈ル…

アーカイブ

人気記事(日間)

人気記事(月間)

人気記事(全期間)

PAGE TOP