海外

男女11人を100日間船に閉じ込めた異常な実験、何が起きたのか?

奇妙な海上実験

1973年、メキシコの文化人類学者サンティアゴ・ジェノベス(Santiago Genovés)は、ある大胆な実験を計画した。

それは「人間の攻撃性や対立は、どのように生まれるのか」を調べるため、見知らぬ男女を筏(いかだ)型の実験船に乗せて大西洋を横断させるというものだった。

画像 : 筏型の小型船 イメージ(AI)

ジェノベスが関心を持っていたのは、人類社会に繰り返し現れる暴力や争いの原因である。

「人は極限状態に置かれるとどうなるのか?敵対するのか、協力し合うのか、もしその条件を再現できれば、人間の本性に迫る手がかりが得られるかもしれない」と考えたのである。

そこで彼が思いついたのが、「海上の実験室」だった。

世界各地から男女を集め、狭い筏の上で数か月間生活させる。逃げ場のない孤立環境の中で、人間関係がどのように変化するのかを観察するという計画である。

ジェノベスはこの奇妙な実験の参加者を世界各地から募集した。条件はただ一つ。互いに面識のない男女であることだった。

さらに、この計画のために専用の筏型の小型船も建造された。「アカリ号」と名付けられたその船は、人間関係を観察するための「浮かぶ実験室」として設計された。

こうして1973年、前代未聞の海上実験がいよいよ実行に移されることになる。

女性6人男性5人

画像 : アカリ号に乗った男女 イメージ

この実験の最大の特徴は、乗組員の構成だった。

ジェノベスは、互いに知り合いではない男女を世界各地から集め、さらに宗教・文化・職業の異なる人々を「アカリ号」に乗せた。

これは狭い社会の人間関係ではなく、世界社会の縮図のような環境を作るためであり、ジェノベスを含めた男性5人と女性6人、計11人が集められた。

メンバーは実に多彩だった。

29歳の日本人カメラマン、30歳のスウェーデン人女性船長、23歳のアメリカ人女性無線通信士、36歳のアメリカ人女性航海補助員、32歳のフランス人女性ダイバー、32歳のイスラエル在住の女性医師、29歳のアンゴラ出身の司祭、37歳のキプロス人無線通信士、34歳のウルグアイ人類学者、そして海洋汚染調査スタッフでもあった23歳のアルジェリア人女性研究員といった顔ぶれだった。

ちなみに参加者たちには大きな報酬などは用意されておらず、あくまで冒険や研究への関心からこの実験に参加したとされている。

また、アカリ号は船としては非常に小さかった。
全長約12メートル、幅約7メートルの鋼鉄製の筏型船で、中央にわずかな居住スペースがあるだけである。

そこに国籍や年齢の違う男女11人が長期間生活するという、過酷な実験であった。

こうして1973年5月、アカリ号はカナリア諸島ラスパルマスを出発する。目的地はカリブ海を越えたメキシコである。

船にはエンジンもなく外部の支援船も同行しない、風と海流に任せて大西洋を横断する計画だった。

プライバシーゼロの漂流生活

イメージ

アカリ号での生活は、最初から極端な閉鎖環境になるよう設計されていた。

ジェノベスは、人間関係の摩擦や感情の変化を観察するため、あえて乗組員のプライバシーをほとんど排除していたのである。

個室はなく寝る場所も限られている。日常生活のほとんどを同じ場所で過ごすため、乗組員たちは常に互いの存在を意識しながら生活することになった。

もっとも象徴的だったのがトイレである。
船の外側に設けられた穴の上に座るだけのトイレで開放的な構造だった。つまり、用を足す様子は見ようと思えば誰からでも見えてしまう状態だったのである。

当然、女性たちにとってはこのトイレはかなり抵抗のあるものだった。しかし数日もすると互いに視線を外すなど暗黙のマナーが生まれ、やがて誰も気にしなくなったという。

娯楽もほとんど存在しなかった。
読書やゲームなど、気晴らしになるようなものは持ち込まれておらず、基本的に海を眺めるか、作業をするか、会話をするかしかない。
長い漂流生活の中で、乗組員たちは必然的に互いの性格や価値観と向き合うことになった。

ジェノベスはさらに、人間関係を揺さぶる仕掛けも用意していた。

寝る場所や作業の役割を定期的に入れ替え、特定の人間同士が固定した関係を築かないようにしたのである。こうすることで、乗組員同士の距離感や感情の変化がどのように生まれるのかを観察しようとした。

その一方で、男女関係が人間の攻撃性に影響するかを確かめるため、定期的に男女を組み合わせて一定時間二人きりにするという制度も設けた。

つまり、男女関係が生まれやすい環境まで作ったのである。

こうした条件がそろえば、嫉妬や対立が生まれ、やがて衝突へ発展するかもしれないとジェノベスは考えていた。

実験の舞台は綿密に整えられた。

ではその後、100日近く続く航海の中で、乗組員たちの関係はどのように変化していったのだろうか。

100日後に明らかになった意外な結末

イメージ

その後、アカリ号は大西洋を漂流しながら航海を続けた。
途中でバルバドスに寄港し、最終的にはメキシコのコスメル島へ無事に到着した。

こうして奇妙な海上実験は、101日間の航海をもって終わりを迎えたのである。

しかし、この実験の結果はジェノベスの予想とは大きく異なっていた。

彼は閉鎖された環境の中で「人間同士の対立や暴力が激しく表面化する」と考えていたが、なんと乗組員同士の衝突はほとんど起こらなかったのである。

もちろん小さな口論や感情的な摩擦はあった。
11人が狭い船の上で生活している以上、意見の食い違いが生まれるのは当然である。

しかしそれが暴力的な争いへと発展することはなく、逆に長い航海の中で乗組員たちは互いに協力し、環境に適応していった。

また皮肉なことに、わずかな緊張の中心になったのは乗組員同士ではなく、実験を主導していたジェノベス自身だったという。

航海の途中で彼が指揮権を巡って介入したことなどをきっかけに、乗組員たちは次第に彼に不信感を抱くようになった。

つまり暴力を引き出すはずだった実験の中で、最も問題となったのは実験者自身だったのである。

世界中の注目を集めたこの奇妙な実験は、その後しだいに忘れられていった。

しかし約半世紀後の2018年、この航海を振り返るドキュメンタリー映画『The Raft』が公開され、再び人々の関心を呼び起こした。

この実験はあくまでも一つの例であり、必ずしも明確な結論を残したとは言えないが、それでもひとつの示唆は残ったと言えるだろう。

人間は極端な孤立環境に置かれたとき、必ずしも暴力へ向かうとは限らないということである。

参考 : Santiago Genovés『The Acali Experiment: Five Men and Six Women on a Raft Across the Atlantic for 101 Days』他
文 / 草の実堂編集部

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

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