インターネットの大衆化・民主化によって、情報は特権的なメディアの独占から解放され、より自由で公正な世界が実現すると期待されていました。
ところが、近年では匿名の個人が拡散する陰謀論や過激な主張が「真実」を駆逐し、善悪二元論による対立が顕在化しています。
2025年1月27日、フジテレビが行った記者会見でも「フジテレビVS世論(大衆)」という単純な構図が崩れ、メディア倫理と社会正義の複雑さが浮き彫りになりました。
今回の記事では混乱と騒動が渦巻いた記者会見を通じて、人類の脳が進化の過程で「部族対立」を重視するよう形作られてきた実態と、それに伴う報道機関や社会の課題について考察します。
善悪二元論の背景にある「脳の基本設計」
ネット上において人間は、自分の価値観に合致する情報だけを無意識に集める傾向があります。
「フィルターバブル」や「エコーチェンバー」という言葉として知られ、特定の意見や事実が繰り返し強調されることで、他の視点が閉ざされてしまう現象です。
とくにSNSにおいてはユーザーが興味のある情報に容易にアクセスでき、自分の意見を確認・強化する環境が形成されやすいため、世界を善悪の二項対立で捉え、反対意見に強烈なレッテルを貼る傾向が強まってしまいます。
そのため客観的な事実に基づく対話の場面が減り、意見の対立が深刻化してしまうのです。
こうした現象は、人間が持つ脳の進化的な側面にも関係しています。
進化心理学者のダニエル・カーネマン(『ファスト&スロー』)の研究によると、ヒトの脳は直感と感情を基にした迅速な判断を重視しており、その中でも部族対立において「敵」という概念を早急に識別する能力が進化したといわれています。
このような脳の構造は現代社会においても影響を及ぼし、善悪の二項対立を直観的に捉えようとする傾向を作り出しています。反対意見は本能的に「悪」と見なされがちで、事実関係よりも自分の価値観を守るための反応が優先されるのです。
こうした認知プログラムは進化がもたらした産物であり、個々人が意識的に変えることは難しいと考えられています。
リチャード・ドーキンス(『利己的遺伝子』)も、進化の過程において人間が「競争」と「同盟」に基づいて社会を組織する傾向を示しており、このような傾向は善悪の二項対立と強く結びついています。
上記の心理的メカニズムが影響し続ける限り、この先も大きな変化は期待できないかもしれません。
1990年代のインターネット黎明期には、情報の独占が崩れることで自由で素晴らしい世界が到来すると期待されていました。
しかしSNSの浸透によって個人が気軽に発信できるようになり、フェイクニュースや陰謀論が真実を覆い隠す状況が広がっています。民主化された言論空間はその一方で、誤情報や敵対感情を加速させる場にもなっているのです。
フジテレビ記者会見から生じた複雑化する正義
タレント中居正広氏の女性トラブルに関連し、フジテレビが開催した2度目の記者会見は、約10時間半という異例の長時間にわたりました。
当初は「フジテレビ(悪)VS 世論(善)」という構図が強調されましたが、一部のフリージャーナリストが正義を掲げながらもスクープや個人の利益を優先する姿勢が露呈し、対立構造が一気に複雑化しました。
プライバシー保護を求める呼びかけが幾度となく行われたにもかかわらず、会見では過熱した質問が次々と投げかけられました。さらに暴言や野次などが相次いだことで視聴者には疲労感だけが募り、フジテレビだけでなく疑惑を追及する側にも不信感が広がる結果となりました。
ポスト・トゥルース時代に求められるメディア倫理
長時間に及ぶ記者会見の生配信は、真相究明よりも情報の氾濫と混乱を招き、被害の当事者が置き去りにされる結果になったといえるでしょう。
スクープ至上主義や炎上マーケティングが蔓延する現代では、人権保護が優先されるべき場面でも、過激な発言や過度な取材手法が目立つようになっています。
「取材(報道)の自由」と「プライバシー保護」のバランスは容易ではありませんが、無制限の真実追求によって当事者に二次被害が及ぶ可能性は避けられません。
視聴率(数字)や注目度を追い求めるだけでなく、取材倫理や被害者の安全に配慮する報道姿勢を確立すべきではないでしょうか。
複雑化する社会とどう向き合うか
先日の兵庫県知事選、そしてフジテレビの会見が示すように、多くの人は自分を「正義の側」にいると信じ込み、反対意見や望ましくない事実を受け入れにくい性質を持っています。
善悪二元論に固執せず複雑な権力構造やジェンダー問題にも目を向け、被害者をどう守るかを真剣に考えることが最優先だと思いますが、今回の混乱を見る限りなかなか難しい課題かもしれません。
対立を超えるための道筋
善悪二元論が加速する背景には、ヒトの脳が直観的な対立構造を好む特性があります。脳の基本設計が大きく変わらない以上、不愉快な対立から解放される未来は訪れないでしょう。
ただしインターネットを介して多様な意見が交わされる現代であるからこそ、人間の心理構造や無意識の領域を自覚(意識化)し、フェイクニュースや陰謀論に惑わされることなく、なによりも被害者の保護を最優先する姿勢が重要ではないでしょうか。
参考文献:
ダニエル・カーネマン(2014)『ファスト&スロー(上):あなたの意思はどのように決まるか?』(村井章子 訳)早川書房
リチャード・ドーキンス(2019)『利己的な遺伝子 40周年記念版』(日高敏隆 ほか 訳)紀伊國屋書店
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