神話、物語

『西遊記』だけじゃない!中国に伝わる不気味な豚の伝説とは?

画像 : 猪八戒のイメージ illstAC cc0

「豚」は、イノシシを家畜化した動物であり、人類は古代からその飼育と食用を続けてきた。

特に中国は世界最大の養豚国であり、豚肉は日常の食文化に深く根付いている。

また、中国の神話や伝承においても豚は重要な存在であり、『西遊記』に登場する「猪八戒」は、最も有名な豚妖怪として広く知られている。このほかにも、中国には多種多様な豚の怪物にまつわる物語が伝えられている。

今回は、それらの中から代表的なものを紹介し、解説していく。

1. 并封

画像 : 并封 public domain

并封(へいほう)は、古代中国の妖怪辞典『山海経』に記述されている、異形の豚である。

并封は双頭の黒い豚であり、体の前方だけでなく後方(すなわち臀部のあたり)にも頭があるとされる。

また并封は、アルゼンチンの作家ホルヘ・ルイス・ボルヘス(1899~1986年)の書籍『幻獣辞典』においても言及されている。

それによると并封は、「魔法の水の国」に生息する双頭の黒豚とのことだ。

その正体は、単なる奇形の豚と考えられている。

2. 狪狪

画像 : 狪狪 草の実堂作成(AI)

狪狪(とうとう)とは、これまた『山海経』にて語られている豚妖怪である。

「トートー」と鳴くことから、その名が付けられたとされる。

宝石や金が採れる泰山という山に、狪狪は生息していたという。
宝石鉱山に棲む生物ゆえか、狪狪の体内からは数多くの宝玉が採れたそうだ。

養殖に成功すれば、宝石がガッポガッポと手に入ること間違いなしだ。
しかし、この豚が現存しないということは、遠い昔に狩り尽くされてしまったのだろう。

なんとも惜しいことである。

3. 山膏

画像 : 山膏 草の実堂作成(AI)

山膏(さんこう)も『山海経』に登場する怪異である。

苦山という山に棲み、その体は炎のように真っ赤だとされる。

この山膏、特に好むのは人を罵ることだという。
つまり、豚でありながら人間の言葉を自在に操る知能を持つわけだ。

中国人には中国語、アメリカ人には英語、日本人には日本語、仏教徒にはサンスクリット語で罵ってくるのだろうか?
もしそうなら、バイリンガルどころの話ではない。驚異的な語学力を持つハイスペックな豚ということになる。

海外旅行に行く際には、一匹連れて行けば通訳として重宝するかもしれない。

もっとも、こんな化け物が税関を通れるはずもないが。

4. 猪豚蛇

画像 : 猪豚蛇 草の実堂作成(AI)

猪豚蛇(ちょとんだ)とは、その名の通りイノシシと豚とヘビの合成生物である。

宋の時代の作家・洪邁(1123~1202年)の著作『夷堅志』にて、以下のようなエピソードが語られている。

(意訳・要約)

紹興二十三年(1153年)。
とある軍の部隊が、駐屯地で訓練を行っていた際のことである。
夕暮れ時に、突如として竹藪の中から、奇怪な怪物が飛び出してきた。

その姿は一見ヘビのようであるが、体は毛に覆われており、四足獣のごとき足を持っていた。
怪物は非常に俊敏であり、豚そっくりの鳴き声を発しながら、猛烈な勢いで走り回った。
いかに屈強な兵士たちともいえど、このような怪物は見たことがなく、恐れおののき逃げ回るしかなかった。

そこで部隊の隊長は、建康(現在の南京市)に駐在していた蛇退治の専門家「成俊」のもとへ、使いを走らせた。
ほどなくして成俊は馳せ参じ、怪物を見て一言、

「これは猪豚蛇というヘビだ。噛まれたら即死するので注意しろ」

と、即座にその正体を看破した。

そして成俊が蛇だけを殺す呪術を施すと、猪豚蛇は血の塊と化し、やがて消滅してしまった。

5. 江豚

画像 : 江豚 草の実堂作成(AI)

江豚(こうとん)は、長江に生息するとされた、豚に似た怪物である。

江豚は風が吹くと喜び、水面を飛び跳ねるとされている。

長江で漁をする船乗りたちは、風の流れを常に注視していたという。
なぜなら風が強く吹けば吹くほど、江豚は群れを成して出現し、漁の邪魔になったからである。
邪魔なだけならまだしも、時には舟を下から突き上げ、転覆させることもあったというから堪らない。

その正体は「スナメリ」というイルカの仲間、あるいは近年絶滅したとされる長江の固有種「ヨウスコウカワイルカ」だと考えられている。

6. 封豨

画像 : 封豨 草の実堂作成(AI)

封豨(ほうき)は、巨大なイノシシの妖怪である。

古代中国の詩集『楚辞』にて、その存在が言及されている。

桑林という土地に、封豨は生息していたという。
近隣の村を襲っては田畑を荒らし、家畜や人間を食い散らかす、おぞましい怪物として忌み嫌われていたそうだ。

このような存在を野放しにすれば、世が乱れ滅ぶことは必至である。
そこで時の皇帝の命により、「羿(げい)」という弓の名手が、この怪物の討伐に駆り出された。

封豨の皮膚は異常に硬く、普通に矢を射るだけでは歯が立たない。
しかし羿は、巧みな技術で封豨の足を矢で穿ち、その動きを封じたという。
生け捕りにされた封豨は屠殺・解体されたのち、肉は蒸し料理として皇帝に献上されたそうだ。

また、漢の時代の学者・劉安(紀元前179~紀元前122年)の著作『淮南子』には、「封豨修蛇」なる四字熟語が記述されている。

これは、狼藉者・乱暴者・侵略者などを指す語句であるという。
「修蛇」とは封豨と同じく、羿に退治された邪悪な怪物であり、この二つの悪しき存在の名を組み合わさって、救いがたい悪漢を表す言葉として成立したと考えられている。

参考 : 『山海経』『中国の神話伝説』他
文 / 草の実堂編集部

アバター

草の実堂編集部

投稿者の記事一覧

草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Audible で聴く
Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 【光る君へ】 一条天皇の女御・藤原元子が父に勘当された理由は?
  2. 【太宰治の怒り爆発】昭和の文豪たちの壮絶な悪口合戦 「刺す、大悪…
  3. 『無銭飲食から32万石の大名へ』 貧乏武士だった藤堂高虎の「出世…
  4. 【光る君へ】 三条天皇の眼病は怨霊の祟り?『大鏡』を読んでみた
  5. 暑い夏には、よく冷やした瓜が一番!『今昔物語集』より、行商人と爺…
  6. 幕末の知られざるヒーロー!天然痘と闘った福井藩医・笠原良策とは
  7. 古の伝承が語る~ 体内に宿り人を操る『寄生虫』の奇怪な伝説
  8. 関ヶ原の戦いで「裏切者」の烙印を押された、小早川秀秋の実像とは

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

鳥居忠吉(イッセー尾形演ずる) はどんな武将だったのか 【どうする家康】

NHK大河ドラマ「どうする家康」では、個性的な役者たちが色とりどりに様々な武将を演じている。…

キリスト教の聖書と祈りについて調べてみた

前回の「キリスト教を分かりやすく調べてみた【カトリック,プロテスタント,正教会】」では、神の意味とか…

自分のドッペルゲンガーを目撃して亡くなった人々

「ドッペルゲンガー」みなさんはどんなイメージをお持ちでしょうか。テレビや小説…

日本の正月の習慣の由来について調べてみた

はじめに日本の正月には、さまざまな習慣がある。「どこの家庭でもやっていることだろう」とあまり…

汗以外も!男の体臭を科学する【体や衣類のニオイ対策】

汗以外も!男の体臭を科学する汗ばむ日が増えてきた。夏の煩わしさは暑さだけでなく、流れる汗…

アーカイブ

PAGE TOP