NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」、皆さんも楽しんでいますか?
主人公・蔦屋重三郎(横浜流星)の養父と言えば、血の気が多くて喧嘩っ早い駿河屋市右衛門(高橋克実)。
最初は蔦重の出版事業「耕書堂」に難色を示す様子が描かれていました。
しかし実際には蔦重の開業初期から支援しており、何なら自分も蔦重の板元で本を出版していたのです。
題して『烟花清談(えんかせいだん。又は青楼奇事烟花清談)』。吉原遊郭に伝わる昔話や自身の体験談、中には怪談まで織り込んだ短編集でした。
この『烟花清談』は全五巻から構成されますが、今回はその最初を飾る「山本や勝山感身放白頭翁事」を紹介。
果たしてどんな物語なのでしょうか。
いくら煌びやかな暮らしでも……

画像 : 男装の麗人として評判だった勝山。歌川国貞筆 public domain
今は昔、吉原の京町二丁目にある山本屋では、勝山という遊女がおりました。
彼女の鬢(びん。側頭部の髪)は、まるで蝉が羽化する時のようにあでやかで、美しい円弧を描く黛(まゆずみ)は、白い額と相まって遠山に霞がかかっているようです。
しかし勝山の魅力は外見だけでなく、心立ても類なき美しさでした。
そんな勝山は新しい髪型を考案し、髪を高く結い上げるスタイルが一世を風靡します。
これが今で言うところの勝山風(勝山髷)です。
ある年のことです。ある貴公子が勝山に心を奪われ、熱心に通うようになりました。
そして、その貴公子は長崎から珍しい鳥・白頭翁(しろひよどり)を取り寄せ、勝山への贈り物にしました。
その鳥篭は螺鈿(らでん。貝を埋める漆器の装飾)や沈金(ちんきん。金粉や金箔を埋める漆器の装飾)があしらわれ、また金銀の飾りが目覚ましく輝いていました。
篭の格子は真紅の緒に結ばれ、堆朱(ついしゅ)の台に乗っています。
当時、白頭翁を日本で見るのは珍しかったため、多くの人々が見物にやって来ました。
「いいなぁ。鳥の分際で、人間よりも立派な家に住んで。まったく冥加なことだ」
人々は口々に鳥篭を誉め、白頭翁を羨んだようです。勝山はそんな様子を目の当たりにしながら、溜息をついたことでしょう。
「私はこの苦界(吉原遊郭)に身を置いて、煌びやかに着飾って多くの人から持て囃されてきた。しかしそれは結局、この鳥と何も変わらない、単なる見世物に過ぎなかったのかも知れない。私が本心で望んでいるように、この鳥もさぞや自由の身となって、野山や林を飛び回りたいことだろう」
「せっかくの頂き物だけど、この鳥は放つことにしよう…」
そう決意した勝山は、独りの時に鳥篭を開け放ち、白頭翁を飛び立たせたのでした。
「どうか幸せに、大空を自由に飛び回っておくれ。私の代わりに」
この一件を知った人々は、勝山の胸中に同情すると共に、口々に褒め称えたそうです。
「かつて唐土(もろこし)では、詩人の雍陶(ようとう。9世紀ごろ)が『開戸放白鷴(戸を開き、ハクカン≒白キジを放つ)』を詩に詠んだそうな。彼女の振る舞いは、それに通じる精神が感じられるじゃないか」
その後、勝山は明暦3年(1657年)に年季が明けたのか、自身も吉原遊郭から飛び立ったということです。
『烟花清談』原文

画像 : 葦原駿守中『烟花清談』より、白頭翁を放つ勝山。public domain
山本やかつ山感身放鳥事(山本屋勝山、身を感じて鳥を放つこと)
今はむかし。京町二丁目山本や(山本屋)か許に。かつ山(勝山)と云(言い)つる。遊女有けり。嬋娟(せんけん)たる。両(ふたつ)の鬢(びん)ハ。秋の蝉翼をしほめ(しぼめ)。宛轉(えんてん)たる黛(まゆずみ)の色ハ。遠山の。霞を帯たるに似たり。姿容(すがたかたち)の。美しき而已(のみ)に非(あらず)心たて(心立て)又類なし。自髪(みずからかみ)の風を結出(ゆいいだ)して。一廓(いっかく)是がために容(かたち)を奪(うばわる)る。今世に云處(いうところ)の。かつ山風(勝山風)是なり。一とせ(ひととせ)。此かつ山かもとに去る貴公子の。かよひ給ひしか。遅々たる春の日も長しとせす皓々(こうこう)たる秋の長き夜も是か為に短とす或日。かつ山か方へ長崎より来しとて。白頭翁(しまひよどり)を贈られける其(その)鳥篭の結構。云斗(言うばかり)なし螺佃沈金(らでんちんきん)の細工を盡(尽く)し。金銀のかきり(限り?かざり?)いと目覚まし。真紅の打緒に篭をむすひ(結び)。堆朱(ついしゅ)の臺(台)に乗せたり。其比(そのころ)ハ。白頭翁の日本へ渡る事珎(珍)しき時節なれハ。家内の人は扨おき聞及し人ハ・めつら(珍)しき見物(みもの)とて打寄て詠(ながめ)ける。鳥類さへ。かゝる美しき篭の内に居(いる)事。冥加(みょうが)に叶(かない)し鳥なりと。或(あるい)ハ篭を誉(ほめ)。鳥を羨(うらやむ)も。おほし(多し)。かつ山。つくつくと鳥を見て居たりしが。公界する身の容を。かさりて(飾りて)多の人にもてはやさるゝも。此鳥に異なる事なし。其身かく。美しき篭の内に有といへとも(言えども)。さそや。元の林に遊(あそば)ん事を思ふらんとて。自ら篭を開おしけなく是を放しぬ。開戸放白鷴(戸を開き、ハクカンを放つ)と賦せし。唐人(もろこしびと)の心にも似ていと尊く侍る。
※葦原駿守中(駿河屋市右衛門)『烟花清談』第一巻「山本や勝山感身放白頭翁事」より
終わりに

画像 : 篭の中の遊女たち(イメージ)wiki c Kusakabe Kimbei
今回は駿河屋市右衛門が、蔦屋重三郎の板元で出版した短編集『烟花清談』第一巻の第一話を紹介しました。
よく吉原遊女を「篭の鳥」と表現しますが、当時からこういう感覚があったのですね。
また引手茶屋とは言え、忘八の一人である駿河屋市右衛門がこのエピソードを第一話に持って来たのは、かねて何か思うところがあったのではないでしょうか。
煌びやかだけど自由はない篭の鳥。そんな遊女たちを解き放つ(吉原をよくする)べく、養子の蔦重が奮闘する姿を見て、実は喜んでいるのかも知れませんね(※あくまで大河ドラマの創作設定ですが)。
『烟花清談』には他のエピソードもたくさんあるので、これからも紹介していきたく思います。
参考文献:
・高木元ら「『烟花清談』-解題と翻刻-」
文 / 角田晶生(つのだ あきお) 校正 / 草の実堂編集部
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