近代中国

『中国ミスコン』敗れた女性たちに待ち受けていた“残酷すぎる現実”とは

古来より「勝てば官軍、負ければ賊軍」などと言われます。

どんな卑怯な手を使っても、勝てばすべてが肯定される一方、負けてしまえばいかなる正当性も否定される……そんな世の不条理を表す言葉です。

日本では比較的歴史が浅く、幕末維新(戊辰戦争)のころから使われ始めた印象ですが、海を隔ててお隣の中国大陸では、こんな成語が古くからありました。

成王敗寇(チェンワン・バイコウ)。

【意訳】事成れば王となり、事敗れなば寇(あだ)となる。

寇とは賊(匪賊)を表します。勝者こそ王であり、敗者にはいかなる同情の余地もありません。

苛烈な生存競争が何千年・幾王朝にもわたって繰り広げられ、厳然たる格差社会が存在してきました。

それは現代中国でも変わらず続いており、一将功成りて万骨枯る(一人の将軍が武功を立てた陰で、一万人が犠牲になる)を地で行っているようです。

今回はジャーナリスト・近藤大介氏(『現代ビジネス』編集次長。以下、近藤氏)が、21世紀の現代中国で目の当たりにした、格差社会の一部を紹介したいと思います。

ミスコン中国女孩2010にて

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時は西暦2010年(日本では平成22年)秋。

中国・北京で国内最大級のミスコンテスト「中国女孩(チャイナガールズ)」が開催されました。

中国全土から10万人を超える美女たちが集まり、その中から予選を勝ち抜いた25人が決勝戦まで進みます。

決勝戦は上海港で行われ、イタリアの豪華客船「コスタ号」で選りすぐりの美女たちが、それぞれに魅力を競いました。

審査は水着姿・歌唱力・演技力など多岐にわたり、テレビで中継される中、3時間にも及ぶ激戦が繰り広げられます。

近藤氏は審査員7人の一人として参加し、最終的にトップ3(入賞者)を選び出しました。

1位:冠軍(かんぐん。冠=トップ)

2位:亜軍(あぐん。亜=準ずる)

3位:季軍(きぐん。季=末)

この「軍」という表現は、美しく華やかなミスコンテストには相応しくないように思えます。

しかし、彼女たちのくぐり抜けた熾烈な競争を思えば、まさに「軍(いくさ)」に勝った感覚でしょう。

ところで、3位の美女が「季」軍とされているのはなぜでしょうか。

25人中の3位ですから、まだ下がいる=少なくとも季(末)ではないはずです。

その疑問に対する答えは、大会終了後の打ち上げで明らかになりました。

彼女たちはどこへ?

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ミスコンテストと言う名の「軍(いくさ)」がようやく終わり、コスタ号の船上にある高級イタリア料理店で、打ち上げを兼ねた晩餐会(ディナーパーティ)が開かれます。

店を貸し切り、フロア中央に大きな円卓が設置され、近藤氏を含む10数人(主催者代表、ミスコン入賞者3人、審査員7人ら)が着席しました。

卓上には贅を尽くしたイタリア料理が並び、高級シャンパンが惜しみなく開けられます。

列席者の間では談笑が弾み、イタリア料理に舌鼓を打つ……そんな中、近藤氏はふと気になりました。

(そう言えば、ミスコンの決勝戦には25人が出場していたはず。しかしここには入賞者3人しかいない)

船はまだ洋上のため、早々に帰ったとは考えにくい(そのために、わざわざボートを出すとも考えにくい)でしょう。

となると、残り22人の女性たちは、まだ船内にいるはずです。

そこで、近藤氏は大会責任者に聞いてみました。

「あの……」

光の外に置かれた彼女たち

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22人の女性たちは、今どこで何をしているのですか?

近藤氏の質問に、大会責任者は一瞬顔を歪め、部屋の片隅へ向けてアゴをしゃくります。

「……っ!」

視線を向けると、ライトの当たらない暗がりに、彼女たちは地べたに座って(座らされて)いました。

最初からずっといたようですが、ライトは中央の円卓にしか当たっていなかったので、今まで気づかなかったのです。

彼女たちは全員が普段着。つい先ほどまで、女優のように燦(きら)びやかな衣装に身を包んでいたはずなのに……その落差はあまりにも大きく、場違いなほどに静まり返ったその光景は、言葉を失うほど異様でした。

大会終了(敗北)と同時に衣装を剥ぎとられたのでしょうか。
もしそうであったとしても、おかしくないほどに惨めさが際立っています。

ある女性は涙でメイクが崩れ落ち、またある女性は茫然自失のまま、視線を暗い海に向けていました。

彼女たちに与えられたのは、固そうなパン一切れと、ペットボトルの水だけ。それらが無造作に床へ置かれており、まるでペットのような扱いです。

一体なぜ、こんな仕打ちを?近藤氏は困惑したことでしょう。

せめて温かいピザを……。

冠軍・亜軍・季軍の女性たち(イメージ)

勝者が美酒に酔いしれ、敗者が苦杯を舐めるのは世の常……もちろんそれは理解できます。

しかし、勝者を持て囃しているすぐそばで、敗者の惨めな姿を晒しものにする感覚は、日本人には理解しがたいかも知れません。

果たして勝者たち(冠軍・亜軍・季軍の3人)は、敗者22人の姿を目の当たりにして、どのように感じるのでしょうか。

「あぁ、いい気味。連中の惨めさが、私の勝利を引き立てる最高のスパイスだ」と愉悦に浸るのでしょうか。

あるいは「ひとつ間違えば、自分があそこへ叩き落とされるところだった」と胆を冷やし、次も負けてはなるまいと戦々恐々するのでしょうか。特に季軍(第3位)の彼女は。

見るに見かねた近藤氏は、一度円卓に戻り、温かいピザを彼女たちに差し入れることにしました。

すると近藤氏に対して、大会主催者が声を張り上げたのです。

負け犬は地獄に突き落とせ!

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「何をする気? 負け犬を助けるのはやめてちょうだい。負け犬に同情なんて不要よ!」

この人たちは、負けた者に温かい料理を分けることすら許さないのか……言葉を呑み込んだ近藤氏に、大会主催者は続けて言います。

「負け犬たちは、ああやって地獄に突き落とされるべきなのよ。惨めな思いをすれば、根性のある子は、また這い上がってくる。弱い者は淘汰されて消えていく。それだけのことよ」

日本でも、スポ根作品や体育会系の組織などで「悔しさをバネに這い上がれ」などと言うことがありますが、ここまでの仕打ちは稀でしょう。

勝った者は王となって権勢を極め、負けた者は賊と貶められ、地の果てまでも追い詰められる。
まさに「成王敗寇」を地で行く世界でした。

こうした会話が繰り広げられている間も、円卓では「勝ち組」たちは美酒に酔いしれ、美食に舌鼓を打ちます。

負け犬など知らん顔というより、最初から眼中になかったのかも知れません。

なぜなら勝ち組たちは、今や勝利して女王となったのだから。賊として淘汰された負け犬など、微塵も興味はないのでしょう。

いつか王位を追われるその日まで、彼女たちは笑い続けるのでした。

終わりに

華やかな中国社会は、累々たる犠牲の上に成り立っている(イメージ)

今回はミスコンのエピソードから、中国の苛烈な格差社会を垣間見てきました。

もちろんこれは極端な例なのかも知れません。しかし日本で同様のことがあれば非難は免れないでしょう。
当事者たちも(勝者を含めて)いい思いはしないはずです。

まさに弱肉強食、敗者に対する救済やセーフティネットなど存在しません。そんなリソースの余裕があるなら、少しでも勝者の利益に回すでしょう。

改めて、中国人の価値観は日本人と大きく異なることを実感しました。

「勝てば官軍、負ければ賊軍」そういう社会では、人間らしさや思いやりといった価値が、少しずつ後回しにされていくのかもしれません。

※参考文献:
・近藤大介『ほんとうの中国 日本人が知らない思考と行動原理』講談社現代新書、2025年8月
文 / 角田晶生(つのだ あきお) 校正 / 草の実堂編集部

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