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排泄とは、体内に生じた不要な物質を外へと排出する、生物にとって欠かすことのできない営みである。
しかし糞便は強い悪臭を放ち、衛生状態が悪ければ感染症の原因にもなり得る存在であった。
人類はそうした危険を日常空間から切り離すため、排泄専用の場所、すなわちトイレを設けてきた。
それは単なる設備ではなく、「清」と「不浄」を分ける境界でもあったのである。
今回は、そうしたトイレにまつわる神話や伝承を、各地の事例から見ていきたい。
ローマの「トイレ神」たち

画像 : 古代ローマのトイレ public domain
古代ローマ帝国といえば、かつて地中海一帯を支配していた、偉大なる国家である。
当時でいえば、最も近代的に発展していた国であり、特に上下水道の設備は、現代から見ても遜色のない作り込みであった。
公衆トイレも存在し、市民の排泄物は下水を通り、川へと流されていた。
しかし衛生環境は現代の基準とは大きく異なり、公衆便所では棒付きスポンジが用いられたと考えられている。都市部では寄生虫感染の痕跡も確認されており、決して衛生的とは言えない環境であった。
古代ローマは多神教国家であり、数えきれないほどの神々が信仰されていた。
すなわち「排泄にまつわる神」も、その存在を信じられていたのだ。
代表的なものに、クロアキナ(Cloacina)という女神が挙げられる。

画像 : クロアカ・マキシマの排水口 public domain
彼女はローマ最大の下水道「クロアカ・マキシマ」をつかさどる神であり、広義でいえば「トイレの神」と言っても差し支えはない。
クロアカ・マキシマは改修を重ねながら、現在もローマ市内で雨水排水路として機能している。
それはつまり、クロアキナ女神の息吹もまた、何千年経っても色褪せることなく存在し続けているということに他ならない。
また、ステルクイリヌス(Sterquilinus)という、糞便をつかさどる神も存在する。

画像 : ステルクイリヌス 草の実堂作成(AI)
古代ローマの下水システムは発達していたが、それでも多くの家庭にあるトイレは汲み取り式であり、また、「おまる」のようなポータブルトイレも多用されていた。
それらの溜まった糞は業者により回収され、畑に撒く肥料へと加工された。
人々は「美味しい作物が実るように」と、ステルクイリヌスへ祈りを捧げていたのだ。
日本の便所怪談

画像 : 加牟波理入道 鳥山石燕『今昔画図続百鬼』より public domain
現代日本におけるトイレの怪談といえば、「トイレの花子さん」などが有名だ。
しかし、はるか昔の江戸時代にも、恐るべき便所の怪談というのは存在したのである。
妖怪画家として名高い鳥山石燕(1712~1788年)の画集『今昔画図続百鬼』には、加牟波理入道(かんばりにゅうどう)なる妖怪の姿が見える。
主に関西圏にて語られていた怪異であり、便所で用を足していると窓から覗き込んでくる変質者のような妖怪、であったとされる。
また、冷たい息を吹きかけてきたり、不思議な力で人を便秘にしてしまうといった、タチの悪い伝承も残る。
この妖怪の被害を防ぐには、大晦日の夜に便所へ行き「加牟波理入道ほととぎす」と唱えればよいとされる。
そうすることで、加牟波理入道は二度と現れなくなるという。
一方で、加牟波理入道を「便所の守り神」とする伝承も存在する。
その場合、先述の呪文を唱えることで加牟波理入道がいなくなってしまい、便所が魑魅魍魎の蔓延る危険な空間と化す可能性も、無きにしも非ずといえよう。
アステカのトイレにまつわる伝説
アステカといえば、かつて中南米一帯を支配していた強大な王国だ。
多神教的な儀礼体系を持ち、生け贄も重要な宗教行為の一つであったことで知られる。
その一方で、都市計画や衛生観念は高度に発達しており、トイレも清潔に保たれていたという。
スペインの修道士であるベルナルディーノ・デ・サアグン(1499年頃~1590年)が編纂した、中南米の民俗にまつわる事典『フィレンツェ写本』には、クイトラパントン(Cuitlapanton)なる怪物についての言及がある。

画像 : クイトラパントン 草の実堂作成(AI)
この怪物は夜の便所、またはそこに至る通り道などに出没したとされる。
姿は一見すると少女のようだが、体は異様に小さく、押し潰されたようなずんぐりした体型をしているという。
歩き方も奇妙で、地面を這うようにゆっくりと進む、不気味なものだったと描写されている。
この怪物に出会った者は、近いうちに死んでしまうと信じられていた。
また、アステカの重要な神格の一つに、トラソルテオトル(Tlazolteotl)という女神がいる。

画像 : トラソルテオトル public domain
彼女はこの世のありとあらゆる穢れをつかさどる存在であり、特に性犯罪や性病に深く関わりを持つ女神であったとされる。
彼女の別名にトラエルクアニ(Tlaelquani)というものがあり、その名は「汚物を喰らう者」を意味する。
すなわち、穢れや罪を「食らい、浄める」存在と観念され、象徴的に排泄物とも結び付けて理解されていたのである。
毎年8~9月頃には、アステカ暦第11月にあたる「オチパニツトリ(Ochpaniztli)」の祭りが執り行われ、人々は掃き掃除や便所掃除に精を出し、女神トラソルテオトルおよびトラエルクアニに祈りを捧げていたという。
このように人々は不浄を遠ざけようとしながら、その境界にこそ神や怪異の気配を見出してきた。
トイレは単なる排泄の場ではなく、人間が「清」と「穢れ」をどう理解してきたかを映す鏡でもあったのである。
参考 : 『今昔画図続百鬼』『フィレンツェ写本』他
文 / 草の実堂編集部
























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