乗り物

現代人を悩ませる「通勤社会」そもそもいつ始まったのか?

首都圏の平均通勤時間は、片道約60分との統計がある。

片道60分ならば往復で2時間。ただ職場から行き帰りするだけで平均的な長編映画一本分に相当する時間を失っていることになる。

この時間を減らしたいと思っていない人は恐らく存在しないだろう。

そんな現代人を悩ませる通勤だが、労働者はいつから「通勤」をしていたのだろうか?
通勤とはそもそも仕事に付随する行為である。

中世ヨーロッパにおいて領民は移動が制限されており、そもそも職場への通勤が発生するような場所に住む選択肢は極めて限られていた。

それは産業革命期に起きた

画像:産業革命の象徴にもなった蒸気機関車を用いた世界初の公共鉄道、ダラム州のストックトン・アンド・ダーリントン鉄道の開業、1825年 public domain

それが大きく変わったのが19世紀の産業革命だ。

特に当時「世界の工場」と評され、工業化で最先端を行っていたイギリスは、19世紀半ばには世界の製造業生産の約20%前後を占めていたとされる。

産業の発展に伴い、家族経営の小規模工場は大量生産を行う大規模工場にとってかわられ、小規模農場は減少し、田舎でも都会でも「通勤」をするのが一般的になり始めた。

第一次産業革命期には、工場によっては1日14~16時間に及ぶ長時間労働が常態化していた。

労働者階級がロンドンなどの大都市で住める部屋は狭くて劣悪なものだったが、それでも16時間労働した上に徒歩で1時間通勤するよりはマシと、職場の近所に引っ越す労働者も多かった。

当時、通勤という概念から比較的自由だったのは、住み込みの家事使用人や奉公人など、雇用主の屋敷内で生活する職種であった。

経済的に余裕のある上位中産階級や上流階級は馬車や馬で通勤していたが、それでも通勤はかなりの負担だったようだ。

裕福な階級の「定時」は午前10時から午後4時までが一般的だったことがジェーン・オースティンやチャールズ・ディケンズなどの当時に書かれた小説の描写から伺えるが、通勤に時間がかかるためにこの時間帯しか仕事に充てられなかったというのが実情のようだ。

イギリスの銀行が現在も午前9時半から午後4時前後を窓口営業時間とする慣行は、こうした19世紀以来の商業時間帯の名残と見ることもできる。

一方で、工場労働者の勤務は午前8時頃から午後7時頃まで続くことも珍しくなく、階層によって都市で働く時間の形は大きく異なっていた。

「バス、タクシー、電車」今にも通じる通勤手段

画像:ロンドンの乗合馬車(1890年ごろ) public domain

ヴィクトリア女王が即位した1837年ごろになると、通勤に変化が生じ始める。

移動手段の多様化である。
この頃になると、ロンドンと郊外を結ぶ旅客鉄道や乗合馬車が整備され、都心へ向かう日常的な移動、すなわち通勤にも利用されるようになる。

もっともこれらは登場した当初、裕福な階級向けのものであり労働者階級には無縁のものだった。

時刻表も経路も裕福な階級の要望に合わせて設定されており、10時の始業に間に合うようにロンドンのシティ(世界最大級の金融センター)などの主要なビジネス街へと向かうものだった。

乗合馬車は一階席に20人、屋上席に16人乗せることが可能だった。英語では”omnibus”と言い、言うまでもなく、bus=バスの語源である。

また、一頭立てで2~3人乗りの馬車もあった。こちらは”hansom cab”と言い、cab=キャブ、タクシーの語源である。
シャーロック・ホームズのファンならばお馴染みだろう。ホームズとワトソンは劇中でよくハンサムキャブを利用している。

そして産業革命は、さらなる移動革命ももたらした。

地下鉄の誕生である。

世界最古の地下鉄であるロンドン地下鉄は、1863年1月にパディントン~ファリンドン・ストリート間6駅6kmで、メトロポリタン鉄道として開業した。

格式高い『タイムズ』紙は「鼠が住み、下水がしみ込み、ガス中毒の恐れもある地下鉄など誰も使いたがらない」と運営会社の倒産を予想していたが、『タイムズ』の見込みは大きく間違っていた。

メトロポリタン鉄道は、開業初日だけで約3万人以上を運び、その後も利用者は急速に増加していく。

列車は15分間隔で運行され、終点のファリンドン・ストリート駅に到着すると始発のパディントン駅に引き返した。

1890年にはロンドンで世界初の本格的な電気地下鉄が開業し、蒸気機関で動く汽車から電気で動く電車の時代へと移り変わっていく。

技術革新により安価なコストで運用できるようになり、1900年には2ペンス程度の運賃で利用できるようになる。

この頃になると、労働者階級の一部も地下鉄通勤が可能となり、住居と職場を分ける選択肢が広がっていった。

ただし、通勤にかかる時間、労力のコストが発生するようになり、その問題は残念ながら現代まで解決されることなく受け継がれている。

2020年以降の新型コロナウイルス感染拡大により一時的にリモートワークが広がったが、状況の落ち着きとともに、労働環境はオフィスへの通勤に回帰しつつある。

この分では通勤して決められたオフィスで労働をするワークスタイルは、当分変わりそうにない。

200年近く労働者を悩ませている通勤を解決するには、産業革命に匹敵する何かが必要なのかもしれない。

参考:
ルース・グッドマン『ヴィクトリア朝英国人の日常生活』
Victorian London, “Opening of the Metropolitan Railway” 他
文 / ニコ・トスカーニ 校正 / 草の実堂編集部

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フリーランスエンジニア、WEBライター、インディーズ映画製作者。大学院修了(英文学)後、システム会社に勤務しながらライターを兼業。神谷正倫 名義で親族と共同制作した映画『11月19日』(2019)、『階段下は××する場所である』(2021)、『正しいアイコラの作り方』(2024)の三本が劇場公開された実績あり。仕事でも留学でもなく、純粋な趣味で海外20か国に渡航経験がある。

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