
画像 : 偽の神ヤルダバオート public domain
「グノーシス主義」という言葉をご存知だろうか。
簡単に言えば「この世界は偽物の神によって造られた穢れた世界であり、真実の知識(グノーシス)を得ることで、本物の神が創り出した、至高の世界へと帰還しよう。」といった思想を中心とする宗教的潮流である。
グノーシス主義は西暦1世紀頃から4世紀にかけて、地中海世界を中心に広く流行した。
しかしユダヤ教やキリスト教などの一神教からは強く敵視され、異端として弾圧されることも多かった。
その結果、5世紀頃になるとグノーシス諸派の多くは、歴史の表舞台から姿を消してしまう。
もっとも、グノーシス思想そのものが完全に消えたわけではなく、その一部はマニ教※やカタリ派※といった宗教の中に受け継がれていった。
※マニ教 : 預言者マニを始祖とする宗教。かつては三大宗教に匹敵するほどの勢力を誇った。
※カタリ派 : 中世ヨーロッパに広まったキリスト教系宗派。異端とされ、13世紀頃に壊滅した。
とはいえ、これらの宗教もまた歴史の波に飲み込まれ、近代に入る前にはほぼ消滅してしまった。
ところが21世紀の現在においても、グノーシス的な思想を色濃く受け継いでいる宗教が存在している。
その名は「マンダ教」。
今回は知る人ぞ知る宗教・マンダ教の秘密のベールを、少しだけめくってみたいと思う。
マンダ教の簡単な歴史

画像 : マンダ教のシンボル「ドラブシャ」 CC BY-SA 3.0
その起源には諸説あるが、ヨルダン川周辺のユダヤ系宗教運動と関係する一派が起源になったとする説がある。
マンダ教徒の聖典『ハラン・ガワイタ』によると、西暦1世紀頃、洗礼者ヨハネ(後述)の弟子たちが迫害を逃れてメソポタミアへ移住したという。
そして、その地に定着した人々が後のマンダ教徒になったと伝えられている。
当時のメソポタミアはさまざまな人種や文化、宗教が入り混じっており、グノーシス主義も含まれていたと考えられている。
こうした環境の中で、マンダ教は独自の宗教へと発展していった。
当時、メソポタミアを支配していたパルティア王国は比較的宗教に寛容で、マンダ教徒たちも一定の地位を認められて平穏に暮らしていた。
しかし、イラン南西部に起源を持つサーサーン朝が、パルティアを滅ぼしてメソポタミアを支配すると、状況は一変する。
教徒たちは圧力を受け、厳しい時代を迎えることになった。
その後しばらくの間、マンダ教徒は身を潜めながら信仰を守り、細々と共同体を維持していったと考えられている。
ところが7世紀、イスラム教が誕生してサーサーン朝が滅びると、状況は再び変化する。
マンダ教はイスラム支配のもとで、ある程度の存続を認められるようになったのだ。
イスラム社会では、人頭税(ジズヤ)を納めることで、異教徒にも信仰を認める制度が存在した。
マンダ教徒たちはこの制度のもとで、コーランに登場する宗教集団「サービーン(Sabians)」と自らを結びつけることで、信仰を維持していったとされている。
※サービーン(Sabians) : コーランに登場する宗教集団で、「啓典の民」に近い立場として扱われることがあった。
マンダ教の教えとは

画像 : 洗礼者ヨハネ public domain
マンダ教のもっとも特徴的な教義のひとつが、「洗礼者ヨハネを真の預言者として崇める」という点である。
洗礼者ヨハネとは『新約聖書』に登場する預言者で、イエスに洗礼を授けた人物として知られている(キリストの弟子ヨハネとは別人)。
一方でイエスについては真の預言者とはみなされず、誤った教えを広めた人物として否定的に語られることが多い。
ヨハネは川で人々に洗礼を授けていたことから、マンダ教では流れる川で身を清めることが神聖な儀式として重視されている。
また、嘘をつくことや暴力を振るうこと、動物を無闇に殺すことなども魂を穢す行為として忌避されている。
彼らが目指すのは、闇の世界であるこの世を離れ、光の世界「アルマ・ド・ヌーラ」へ帰ることである。

画像 : 祈りを捧げるマンダ教徒たち wiki c Tasnim News Agency
マンダ教の現在
マンダ教は、信者の家に生まれた者だけが受け継ぐ宗教であり、外部からの改宗は認められていない。
結婚も原則として共同体の内部で行われるため、信者数はどうしても減りやすい。
かつてはイラク南部を中心に一定の広がりを持っていたが、現在ではイランやイラクに少数の教徒が残るほか、オーストラリアや欧米へ移った人々によって、離散共同体が各地で維持されている状態だ。
さらに中東の戦乱や政情不安など彼らを取り巻く現実も厳しく、マンダ教は存続そのものを脅かされている。
それでも彼らは光の世界への帰還を願い、静かに祈り続けている。
参考 : 『ギンザー・ラバ』『ハラン・ガワイタ』他
文・編集 / 草の実堂編集部

























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