「台湾有事」という言葉が、もはや机上の空論ではなく、現実味を帯びた安全保障上の懸念として語られるようになって久しい。
地図を開けば一目瞭然だが、沖縄県・八重山諸島は台湾と目と鼻の先にある。最西端の与那国島から台湾まではわずか110キロメートルほど。
晴れた日には対岸の山影が水平線に浮かぶこの距離感において、地政学的な緊張は、そのまま地元漁師たちの死活問題へと直結している。
日本の「国境の海」を守り続けてきた八重山諸島の漁師たちは今、かつてない不安の渦中に立たされている。

画像 : 八重山諸島 Andy king50 CC BY 3.0
日常を侵食する「見えない境界線」と軍事的圧力
八重山の漁師にとって、黒潮が流れる周辺海域は先祖代々受け継いできた豊かな宝庫である。
しかし近年、その仕事場に変調が起きている。
中国軍機による領空接近や、艦艇による軍事演習が常態化したことで、かつては自由に行き来できた好漁場が、いつの間にか「リスクを伴う海」へと変貌してしまったのだ。
「以前は何も気にせず網を引けた場所でも、今はどこで演習が始まるかわからない」と、現地の漁師はこぼす。
実際、2022年のペロシ米下院議長(当時)の台湾訪問直後、中国が台湾周辺で行った軍事演習では、日本の排他的経済水域(EEZ)内に複数の弾道ミサイルが落下した。
与那国島の近海でも操業中の漁船があり、地元漁業者は1週間にわたって操業を見合わせたという。
漁師にとって、海に出られないことは収入が途絶えることを意味するが、無理に海に出れば不測の事態に巻き込まれる恐れがある。
物理的な弾丸の恐怖だけでなく、レーダー照射や進路妨害といった「グレーゾーン」の威圧が、彼らの精神をじわじわと削り取っている。
生業の継続と政府による防衛強化の狭間で

画像 : 日本最西端 与那国島 Tokyo-Good CC BY-SA 4.0
こうした事態に対し、日本政府は南西諸島の防衛力強化を急ピッチで進めている。
石垣島や与那国島への陸上自衛隊駐屯地の開設、ミサイル部隊の配備などは、抑止力を高めるための「盾」として機能することが期待されている。
しかし、現場の漁師たちの視線は、必ずしも一律の歓迎ムードではない。
「国を守るために必要なのはわかる。だが、島が軍事拠点化すれば、有事の際に真っ先に標的になるのではないか」という根強い恐怖があるからだ。
特に、政府が進める港湾施設の整備や大型化は、民間利用の利便性向上にとどまらず、有事を見据えた運用基盤の強化として受け止められている。
漁師たちは、自分たちの生活基盤である港や海が、知らない間に戦争の準備に組み込まれていくことに戸惑いを感じている。
彼らが求めるのは、国策による強権的な統制ではなく、安心して漁を続けられる環境の保証である。
生業の自由を守るための防衛が、結果として生業を圧迫するという皮肉な矛盾が、八重山の地に重くのしかかっている。
避難計画の不透明さと取り残される離島の現実

画像 : 台湾 台北市 イメージ
さらに、漁師たちが抱える切実な懸念が、有事の際の「避難」である。
八重山諸島には数万人の住民が暮らしているが、台湾有事が勃発した場合、限られた航空機や船舶でこれほど多くの人間を短期間に九州や本土へ輸送できるのか、その実効性には疑問符がつく。
漁師の中には「自分たちは船を持っているから、いざとなったら自力で逃げるしかない」と話す者もいるが、戦火の海を小型の漁船で渡るのはあまりにも無謀だ。
また、彼らにとって船は単なる移動手段ではなく、生活のすべてを懸けた財産である。
船を捨てて逃げるべきか、それとも海と共に心中する覚悟を決めるべきか。
政府が示している避難計画は住民輸送の大枠を示したものだが、現場の葛藤や、暮らしの基盤そのものである船をどうするのかといった切実な問題までは、なお十分に見えてこない。
「自由な海」が失われることは、単に魚が獲れなくなることではない。
それは、この地に根を張り、海と共に生きてきた人々のアイデンティティが失われることを意味する。
台湾情勢の緊迫化は、国際政治のパワーゲームであると同時に、最前線の島で生きる人々にとっての生存権をかけた闘いでもあるのだ。
参考 :防衛省『国家安全保障戦略』『南西地域における防衛体制の強化について』
文 / エックスレバン 校正 / 草の実堂編集部

























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