行ってみた

あべのハルカス近くに残るパワースポット「五龍神の結界」を歩く【大阪市西成区】

天王寺駅の南側には、あべのハルカスビルなど新しいビルが建つ再開発地区があり、その横は飛田などの下町が広がっています。

画像:大阪西成の五龍神 阿倍野再開発地区のそばに残る霊的結界 ※筆者撮影

しかし新しいビルが建ち風景は変わっても、長年変わらないものがあります。

それは「信仰心」です。

祈りの根の深さは地域の人の心の中に深く存在します。

大阪市阿倍野区と西成区との境には、そんな「信仰心」が根付いていることを感じるスポット(3つの地区)がありました。

再開発地区と下町を守護する龍神

画像:大阪西成の五龍神 結界近くの新開筋商店街 ※筆者撮影

阿倍野区は再開発が進んでいるのとは対照的に、隣接する西成区は今でも下町の雰囲気が色濃く残っています。

今回取り上げる3つの地区のうち、金塚地区が現在の阿倍野区旭町、飛田・山王地区が現在の西成区山王になります。

画像:大阪西成の五龍神 結界横の飛田新地北門 ※筆者撮影

西成区と阿倍野区を結ぶ新開筋中央商店街に隣接する北門。

これは旧飛田遊郭跡地(現在の飛田新地)との境を意味しています。

100年もつ白龍大明神と結界

画像:大阪西成の五龍神 結界の説明 ※筆者撮影

北門のすぐ横にある説明板「五龍神結界」です。

金塚、山王、飛田の3つの地区には、金龍、銀龍、白龍、天龍、黒龍という5つの龍神が鎮座し、この地に結界を張っているということが説明されています。

結界といえば、神社仏閣の聖域に張り巡らされたイメージがありますが、住宅や商業施設が密集している場所にも龍神の結界が存在するというのです。

画像:大阪西成の五龍神 結界の鏝絵 ※筆者撮影

五龍結界の横にあるものは、鏝絵(こてえ:漆喰の壁に鏝で絵を描く左官の技術を使った絵画技法)で作られた立体の龍神です。

画像:大阪西成の五龍神 鏝絵の紹介 ※筆者撮影

鏝絵を描いた方の紹介もあります。

大分に住む鏝絵無形文化財職人の「仁五」さんで、「100年もつ白龍大明神を」との思いで作られたそうです。

ところでここで根本的な疑問が湧きます。
なぜ内陸の西成区と阿倍野区の境付近に、水の神でもある龍神を祀っていたのでしょうか?

画像:大阪西成の五龍神 上町台地の崖にある階段 ※筆者撮影

その背景として、この地域は上町台地の崖沿いにあることがあげられます。

阿倍野区は上町台地の高台にあるのに対して、西成区はその真下にあります。

また台地から水が下町に流れる場所でもあり、古来より良水の湧く井戸や水脈が多いため、伝統的に水の神様である龍神を祀っていたとのこと。

画像:大阪西成の五龍神 大正10年の地図 ※筆者撮影

大正十年の地図が貼ってあり、各龍神が鎮座している場所も指し示してありました。

赤で囲まれたのが旧飛田遊郭跡地で、結界が設置されているのが北門です。

白龍・銀龍を祀っている意外過ぎる場所

画像:大阪西成の五龍神 天王寺公園から天王寺駅方面を見る ※筆者撮影

なお、結界の説明板には興味深い記載がありました。

「元々銀龍大明神の祠を祀っていた小山を天王寺ビル用地埋め立てに使用した」と書いてあります。

同様に金龍を祀っていた祠のあたりも金塚再開発の対象となったため、現在金龍は信貴山の朝護孫子寺に戻られ、奈良県平群町にある信貴山から見守っているとのこと。

「戻られた」という表現から、元々金龍は信貴山山頂の「空鉢護法堂(くうはつごほうどう)」に祀られる難陀龍王(なんだりゅうおう)から勧請(かんじょう:御霊を分けてもらう)されたもので、この地域に祀られていたと考えられます。

画像:大阪西成の五龍神 白竜と銀龍 ※筆者撮影

金龍大神は信貴山に戻ったとされていますが、それ以外の龍神には現在も祠が残っていることがわかりました。

まず訪れたのは、飛田新地料理組合の会館前に祀られている白龍大神です。

白龍大神は、もともと現在の金塚幼稚園近くに鎮座していました。

画像:大阪西成の五龍神 白龍と銀龍 ※筆者撮影

阿倍野再開発により、祠はいったん伏見稲荷神社に納められましたが、「地元の神様だから」と飛田新地料理組合が引き取り、現在は会館の前庭に祀られています。

画像:大阪西成の五龍神 白龍(末廣)と銀龍の扁額 ※筆者撮影

会館を警備している方によると、現在は銀龍も引き取って一緒に祀られているとのこと。

そのため、鳥居の扁額には新たに銀龍大明神の名があります。

みーさんの祟り伝承の祠

画像:大阪西成の五龍神 銀龍 ※筆者撮影

さて、銀龍大神はもともと阿倍野ビアレの東側に鎮座していたそうです。

結界にあった説明板にも銀龍大神の名があり、現在もその地に祀られていることがうかがえます。

画像:大阪西成の五龍神・銀龍 ※筆者撮影

祠の隣にあるのは金塚小学校です。

結界の説明板によると小学校のある場所はもともと大きな池があって「池の主」と崇められていた大蛇が住んでいたそうです。

画像:大阪西成の五龍神・みーさんの説明 ※筆者撮影

その大蛇のことを「みーさん」と呼び、地域の子どもたちが近寄らないようにと、大人が警告したとのこと。

大正時代に小学校(金塚小学校)を建設することになり、池の埋め立て工事を行うのですが、その時に災いが続いてしまいます。

「みーさんの祟り」と恐れた地元の人たちが大蛇(龍神)の祠を作って供養すると不幸が治まったとのことです。

夢のお告げで建てられた天龍大神

画像:大阪西成の五龍神 天龍 ※筆者撮影

天龍大神は上町台地の崖の上に鎮座しています。

銀龍大神を祀る阿倍野ビアレから崖の上沿いに続く道、金塚西1号線北に歩き、新開筋商店街と合流したあたりになります。

住所は西成区山王2丁目です。

画像:大阪西成の五龍神 天龍大神 ※筆者撮影

地元の名所を発信しているサイト「新今宮ワンダーランド」によれば、1923(大正12)年に畑傳右衛門(はたでんえもん)という人が龍神が昇天する夢を見ました。

ちょうど金塚小学校の建設が進められている最中のことです。

画像:大阪西成の五龍神 天龍大神 ※筆者撮影

小学校建設現場近くに鎮座していた「龍神」からのお告げと受け取った傳右衛門は、ここに祠を建立することにしました。

関東大震災、大正天皇崩御、世界恐慌などで遅れたものの1936(昭和11)年に無事に建立されたそうです。

1970年代後半になり阿倍野再開発を行うため祠を撤去する話が出たのですが、その時に祠から2頭の大蛇が出たことで立ち消えになりました。

画像:大阪西成の五龍神 天龍大神 ※筆者撮影

さらに時代が下り、ある僧侶があべのに買い物に行く途中で道に迷ってしまいます。そこで荒れ果てた天龍大神の姿を見た僧侶は見かねて祠を修繕したそうです。

現在では様々な人たちに見守られているそうで、月に1度屋外で護摩法要が執り行われるなど、地域の信仰は今も続いています。

また、信貴山に戻っていた金龍大神を改めて迎え、天龍大神と共に祀っているという話も伝わっています。

18日に月例祭がある黒龍大神

画像:大阪西成の五龍神 黒龍 ※筆者撮影

天龍大神からほぼ北側、途中の崖沿いは道がつながっていないため回り道は必要ですが、山王1丁目に黒龍大神が祀られています。

住所は天龍大神と同じ山王です。

画像:大阪西成の五龍神・黒龍 ※筆者撮影

説明板によると、今まで訪問した白龍、天龍と画像の黒龍の龍神を地域で祀ったため、先の大戦の戦災を免れたとの記載があります。

画像:大阪西成の五龍神 黒龍の説明 ※筆者撮影

「新今宮ワンダーランド」によれば、この近くにはかつて阿倍野水と呼ばれる良質の水源があり、それを管理していた黒龍長者という資産家が祠を建てたとも伝わっています。

いずれにせよ、かつては「阿倍野水」と呼ばれる湧水を生活用水として使っていたようです。

画像:大阪西成の五龍神 黒龍の説明 ※筆者撮影

そして、説明板によれば黒龍講と呼ばれる信仰のための組織が結成され、毎月18日に月例祭を執り行っています。

特に10月18日は大祭日とされ、護摩を焚くとのこと。

画像:大阪西成の五龍神 黒龍大神 ※筆者撮影

というわけで、西成区(山王・飛田)と阿倍野区(金塚)にまつわる伝承と今も地域に鎮座し結界を張っているとされる5つの龍神を巡りました。

あべのハルカスのすぐ近くに今もある龍神の結界

画像:大阪西成の五龍神 金塚地域の説明 ※筆者撮影

「龍神さんの存在をより地域の人に感じてもらいたい」と、北門に龍神結界を作り、仁五さんに鏝絵を制作してもらったのは飛田新地料理組合です。

私のように遠方から来てたまたま見つけてしまうほど気になるスポット。地域の人にとってはより大切なものと感じると考えられます。

画像:大阪西成の五龍神の位置 ※筆者作成

あべのハルカスをはじめとする阿倍野地区の再開発で見た目の風景は様変わりしても、その心の奥底は変わらない。

今も龍神が地域の守護神として鎮座していることだけは間違いないと感じました。

画像:大阪西成の五龍神 近くにある あべのハルカス ※筆者撮影

五龍神結界

住所:大阪府大阪市西成区山王3丁目11-31
アクセス:阪堺電車今池駅から徒歩5分、新今宮駅、動物園前駅、天王寺駅、阿部野橋駅から徒歩

参考文献:
「山王・金塚・飛田の龍神」 – 新今宮ワンダーランド(地元を紹介するWEBサイト)
地元の説明板
文 / 奥河内から情報発信 校正 / 草の実堂編集部

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歴史・地域文筆家。国内外問わず歴史が好きなことから様々な時代の歴史の執筆を手掛け、楠木正成や五代友厚などを取り上げた小説の電子書籍を出版している。
2021年に大阪府河内長野市に移住。同年9月から2026年3月まで「奥河内から情報発信」という名でYahoo!ニュースエキスパート地域(河内長野市など)を担当。2026年1月からは自サイト「南河内ニュース」を立ち上げ、主に南河内地域の知られざる、また埋もれた歴史を自ら歩き回って掘り起こしを行いながら、歴史を知らない人でもわかりやすい文章の執筆に心がけている。
知る人ぞ知る南河内ゆかりの人物の歴史小説のコンテストにも何度か応募し最終審査近くまでの実績あり。

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