神話やファンタジーに詳しくないものでも「オーディン」の名を聞いたことくらいはあるだろう。
北欧(アイスランド、ノルウェー、 スウェーデン、デンマーク)の他、ドイツやイギリスでも広く信仰されていた北欧神話の神である。神話というからには多くのエピソードから構成されているが、日本では北欧神話の神々、そして彼らが住んだとされる世界についてはあまり知られていない。
北欧神話
※エッダの写本
北欧神話は、キリスト教化される前のノース人(古代スカンディナヴィアの人々)の信仰に基づく神話で、スカンディナビア神話とも呼ばれている。10世紀頃から伝わる神話だが、徐々にキリスト教の勢力圏が北上したため、ドイツでは早い時期に、地理的に孤立していた北欧も12世紀頃にはキリスト教に塗り替えられることとなった。
北欧神話の資料として重要なのが「エッダ」である。エッダとは、それまでの伝承を始め、神々の記録の欠片をまとめ、体系化して書き起こした書物のことだ。エッダには「新エッダ」「古エッダ」の二種類があるが、「散文のエッダ」とも呼ばれる新エッダはキリスト教以前の神々が実際の歴史上の人物にまで辿ることができると信じていた学者、スノッリ・ストゥルルソンの著書である。
もう一方の「古エッダ」は「詩のエッダ」とも呼ばれ、『新のエッダ』が書かれたおよそ50年後に執筆されたといわれている。『詩のエッダ』は29の長い詩で構成されており、その内の11の詩はゲルマンの神々を扱ったもので、伝説的英雄について書かれたものである。
これらの資料により、北欧神話は現代まで風化することはなかった。
北欧神話の世界観
※世界樹ユグドラシル
北欧の人々はこの世は9つの世界から構成されていると信じていた。
最上層の「アースガルズ(アスガルド)」は、 アース神族の世界でオーディンの居城ヴァルハラが位置するグラズヘイムも、この世界に含まれる。他にも氷に覆われた「二ヴルヘイム」、エルフの世界「アルフヘイム」、 霜の巨人ヨトゥンを含む巨人たちの世界「ヨトゥンヘイム」などが存在し、すべては世界樹ユグドラシルにより繋がれており、その最下層に位置するニヴルヘイムで根を齧るのは、獰猛な蛇(または竜)のニーズヘッグであると考えた。
そして、神々の長であり北欧神話における主神が「オーディン」である。
オーディン
※オーディン
北欧神話の主神にして戦争と死の神。
そのことから、現代の日本ではギリシア神話のゼウスのような荒々しい姿がイメージとして定着しているが、実際の絵画などでは「片目が無い、長い髭を持った老人で、つばの広い帽子を被り、グングニルという槍を持った姿」で表される。
また、詩文の神でもあり吟遊詩人のパトロンでもある。魔術に長け、知識に対し非常に貪欲な神であり、自らの目や命を代償に差し出すこともあった。
飲めば「知恵・魔術」を得られるという、ユグドラシルの根源から湧き出す『ミーミルの泉』の水を飲むためにオーディンはその代償として片目をミーミルの神に捧げて隻眼になった。片目になったオーディンは、片目の部分を隠すかのようにつば(鍔)の広い帽子を被り、青いマントをその身に纏うようになったのである。
吊るされた男
※ワルキューレ
また、オーディンはルーン文字の秘密を得るために、ユグドラシルの木で首を吊り、グングニルに突き刺されたまま、9日9夜、自分を最高神オーディンに捧げたという(つまり自分自身に捧げた)。この時は縄が切れて助かった。この逸話にちなんで、オーディンに捧げる犠牲は首に縄をかけて木に吊るし槍で貫く。
そうして手に入れたルーン文字はゲルマン人にも与えられ、実際に使用されていた。
なお、タロットカードの大アルカナ XII 「吊された男(ハングマン)」は、このときのオーディンを描いたものだという解釈がある。
さらに北欧において戦士が死ぬと、オーディンはワルキューレという女神に命じて、その魂から勇士(エインヘリャル)を選ばせ、自らの住む天上の宮殿「ヴァルハラ」へと迎え入れることもしていた。
ラグナロク
※オーディンとフェンリル
北欧神話は最終戦争『ラグナロク』の勃発によって、神々も人間も巨人も全滅するという三人の女神たちの予言に支配されている世界でもある。
世界の起源と終局は、『古エッダ』の中の重要な一節『巫女の予言』に描かれている。それは、『神々の黄昏」とも呼ばれ、リヒャルト・ワーグナーはこれを「 Gotterdammerung」 とドイツ語訳して、自身の楽劇『ニーベルングの指環』最終章のタイトルとした。このため、日本語でも「神々の黄昏」の訳語が定着している。
ラグナロクには、悪戯好きの神でもあり「閉ざす者」「終わらせる者」の意味を持つ「ロキ」が、神々により縛られて幽閉されていた洞窟から抜け出し、アースガルズに攻め込む描写がある。炎が世界を焼き尽くし、九つの世界は海中に没することになるのだが、この戦いでは主神であるオーディンもフェンリル(狼の姿をした巨大な怪物)に倒される運命にあり、予言どおりに世界は終末を迎えたのであった。
最後に
神話の体系を一本にまとめることは不可能だ。
そのため、今回は「北欧神話がどのような話なのか」だけを書き出した。それでも、読者が聞いたことのある名前も多かったはずである。
いずれ、さらに個々のエピソードに焦点を当てていきたいと思う。
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