人物(作家)

「伝説のスパイ」 ウォルフガング・ロッツとは

伝説のスパイ

ウォルフガング・ロッツとは

※画像 ウォルフガング・ロッツ(וולפגנג לוץ)

ウォルフガング・ロッツ はドイツに生まれ、イギリス軍からイスラエル軍を経てイスラエルの諜報機関モサドのスパイとしてエジプトに潜入し、多くの軍事機密を入手することに成功した伝説のスパイです。

ロッツは後年に「スパイのためのハンドブック」などの著作を出版し、自らのスパイ活動の経験・体験を語った異例のスパイですが、ロッツが当時もたらした情報は中東戦争でイスラエルを勝利に導いたとされるほど重要なものであり、世界最高のスパイとも称されました。

またロッツが所属していたイスラエルの諜報機関モサドは、南米に逃亡していたナチス・ドイツのアドルフ・アイヒマンの拘束や、このロッツの活躍によって広く政界にその名を知られる諜報機関となりました。

パレスチナへの移住

ロッツはドイツのマンハイムに1921年に生まれました。母親がユダヤ人父親はドイツ人で、両親は共に演劇に携わっていたと伝えられています。

10歳の時に両親は離婚、ロッツは母親と暮らします。しかしその2年後の1933年にナチス・ドイツが政権の座に就いたことから、ユダヤ人であった母親とロッツは当時イギリスが統治していたパレスチナへと逃れました。

ロッツ母子はテルアビブに住み、その地でロッツは農業学校に進学、馬の訓練や乗馬技術を学んでいます。

ロッツは15歳の1936年に後のイスラエル国防軍の前身である、ハガナーというユダヤ人武装組織に入隊しました。

その3年後の1939年にナチス・ドイツのポーランド侵攻で第二次世界大戦が始まると、ドイツ語が堪能であったロッツはイギリス軍に迎えられ、エジプトにおいて捕虜のドイツ人の聴取などを担当しました。

軍人からスパイへ

ウォルフガング・ロッツとは

※画像 イスラエル独立戦争で戦うハガナーの兵士

第二次世界大戦後にパレスチナに戻ったロッツは、再びハガナーの武器調達などに関与する生活を送り、1948年にイスラエルが独立戦争を開始するとハガナーがイスラエル国防軍となる中で、その少佐となってスエズ戦争に従軍しました。

こうしてイスラエル国防軍の軍人となったロッツでしたが、1958年に転機が訪れます。

ロッツのいかにもドイツ人然とした容貌と、ドイツ語の堪能さに着目したイスラエル軍の諜報部アマンから、エジプト潜入する工作員への勧誘を受けたのでした。

このオファーを受けたロッツは翌1959年に一旦当時の西ドイツに移り、そこでドイツ国籍を取得しました。

同時にロッツは、「元ナチス党員であり元ドイツ国防軍将校で、戦後はオーストラリアで馬の飼育に従事したドイツ人ビジネスマン」という経歴を持つ人物に成りすましました。

4年のエジプト潜入

※画像 : エジプト カイロ

こうして1961年、ロッツはエジプト・カイロへと潜入しました。

ロッツはすぐにエジプト政府の要人や軍の高官、エジプト政府が招聘していたドイツ人科学者などと接触することに成功しました。ロッツのいかにもドイツ人然とした容貌と流暢なドイツ語が狙い通りに有利に働きました。

ロッツはカイロで乗馬クラブを経営して表向きの顔を演じ、当時改組されてモサドとなったイスラエル諜報機関へ収集した情報を送りました。その内容はエジプト軍のミサイルや、空軍基地に関するもの、エジプトの兵器開発に携わっていたドイツ人のリストなど多岐に渡りました。

殊にドイツ人科学者のリストに関しては、それを元に郵便で爆弾を送り付けて兵器の開発を妨害するなどの工作が行われ効果を挙げました。

しかし4年後の1965年、ロッツの行為は露見し、エジプト当局に身柄を拘束されたのです。

逮捕と晩年

ロッツは極刑を免れるため、エジプト当局に対してユダヤ人であることだけは否定し続け、「ドイツ人だが資金獲得のためにイスラエルに情報を流した」と証言しました。

何とかこの主張が認められ死刑は回避されました。

但し終身刑が宣告され、本来であればエジプトの監獄で一生を終えるところだったロッツでしたが、3年後の1968年に人質交換で解放され、イスラエルへと帰国しました。

その後、ロッツは西ドイツやアメリカで晩年を過ごし、1993年まで生きたロッツは、72歳で生涯を終えたのです。

参考文献 : シャンペン・スパイ

 

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草の実堂編集部

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

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