海外

永世中立国の意外な側面・第二次世界大戦とスイス

多面的な スイス

スイス

スイスと言えば多くの方がアルプスの山々など、牧歌的で美しいヨーロッパの山岳地帯をイメージされるのではないかと思います。

こうした風光明媚な自然と、高級時計などの精密機械の生産地として工業国という一面も兼ね備えた国ですが、一見平和そうに感じられる中で軍事面では国民皆兵を国是としており、徴兵制を持つ永世中立国となっています。

更にこの永世中立国というよく知られた国の在り方も、第二次世界大戦においてはまた別の顔を覗かせていました。

ナチスドイツへの輸出

第二次世界大戦中のスイスは、国としては永世中立を標榜しつつも各種の軍需品をナチス・ドイツに輸出して利益を上げていました。

先の時計などの精密機械は各種の爆発物の時限装置の一部として、その高い性能と信頼性で当時のドイツ軍に欠かせないものとなっていました。
またもっと直接的には銃火器などの兵器輸出も行われており、ドイツの戦争を支える欠かせない国のひとつとなっていました。

ユダヤ人とスイスの銀行

※スイスの国立銀行

スイスを代表する産業として銀行を中心とする金融業もよく知られていますが、ここにおいてもナチス・ドイツと深い関係にありました。
第二次世界大戦時にナチス・ドイツとスイスの銀行とが取引を行っていた金(ゴールド)は、ナチスが強制収容所送りにしたユダヤ人達から取り上げた物であり、その中にはおぞましくも「金歯」までがありました。

更にスイスの銀行は、ナチスの要請に従ってそれらのユダヤ人達の銀行口座を凍結し、なんと第二次世界大戦終了から半世紀もの間、秘匿を続けていました。

ユダヤ人講座の秘匿

この凍結口座が表面化したのは、1996年にアメリカ在住のユダヤ人団体が集団で訴訟を起こしたことがきっかけでした。

この行為が明るみに出たことで、当時のスイスの銀行がナチス・ドイツに加担して金(ゴールド)の取引を行っていたことや、スイス政府の在り方そのものにも非難の声が上がりました。

こうした中で、スイス・ユニオン銀行はユダヤ人の口座に纏わる文書を秘密裏に廃棄しようとして従業員から内部告発されるなど、更なるスキャンダルも発生しました。

大統領の放言

1996年12月には当時のスイスの大統領・ドラミュラが、こうしたユダヤ人からの訴訟・批判を指して「脅迫」「身代金に等しい」「スイスに罪なし」などと発言しました。

世界中のユダヤ人団体は、このドラミュラの発言を受けてスイスの銀行に対する反発を強め、アメリカの多くの自治体においてボイコット活動を実施し、これにより1997年1月頭にはスイスの主な銀行の株価が一気に下落する事態が発生しました。

スイスへのボイコット活動

ここに至ってこの問題の解決を図らざるを得なくなったスイスの銀行業界は、凍結されたユダヤ人らへの慰謝料の支払いを基金を設立して行うことになりました。

またスイス政府も、当時のスイスがナチス・ドイツと協調していたことを公に認めると、国立銀行が蓄えていた500トンに及ぶ金(ゴールド)を資金として、現在の戦争や紛争、また自然災害被災者を救済する基金の設立案も提示しました。

また、スイスの銀行はユダヤ人団体らの訴訟に対し、12億5千万ドルの賠償金を拠出することで、今後この問題を蒸し返さないことで合意しました。

スイス国民の意識

因みにスイスの一般国民は、これらのスイスの銀行の対応に対して大多数が賛同していませんでした。1997年に実施された「ブリック」紙による調査では、ユダヤ人団体からの要望が「正当」と考えた人が29%、要求が「不当」と考えた人が44%、残り27%が「分からない」と回答したとされています。

「不当」だと考えた人の多くが、50年以上前のことを今更言っても無理があると考えており、奇しくもドラミュラ大統領の発言を裏付ける結果となりました。

関連記事:
【ナチス・ドイツ狂気の全貌】ホロコーストについて調べてみた
ホロコーストに繋がった偽書・シオン賢者の議定書

アバター

swm459

投稿者の記事一覧

学生時代まではモデルガン蒐集に勤しんでいた、元ガンマニアです。
社会人になって「信長の野望」に嵌まり、すっかり戦国時代好きに。
野球はヤクルトを応援し、判官贔屓?を自称しています。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Audible で聴く
Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 【ローマ屈指の令嬢の悲劇】 ベアトリーチェ・チェンチはなぜ斬首さ…
  2. 『ソ連が送り込んだ殺人ロボット』スタシンスキーの歴史を揺るがせた…
  3. 台湾で起こったクジラ爆発事件 「悪臭が数ヶ月続く」
  4. キリスト教が広まった国々で、なぜ奴隷制度が正当化されたのか?
  5. 【チョコレートの知られざる歴史】飲むことを禁じた司教の衝撃的な最…
  6. 端午の節句にちまきを食べるのはなぜ? 「春秋時代の詩人 屈原の死…
  7. イングランドで愛される犬と猫たち【公務員として働く猫】
  8. 台湾のお年玉事情について調べてみた 「台湾のお年玉は一体いくら?…

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

【厄年は単なる語呂合わせ?】 江戸時代まで遡って厄年の起源を調べてみた

年始に神社や寺へ行くと、厄年の早見表を掲示しているのをよく見かけますね。今年が厄年に…

浅野内匠頭について調べてみた【赤穂浪士たちが忠誠を尽くした藩主】

忠臣蔵という時代劇はご存知だろうか。主君の仇を討つため藩をお取り壊しになった家臣たちが無念を晴ら…

小栗仁右衛門 ~「柔術と剣術を合わせた小栗流の祖」龍馬も学んだ剣

小栗正信(仁右衛門)とは徳川家康に小姓として仕え幕臣・旗本となった小栗 仁右衛門(おぐり にうえ…

【京都の名庭園を訪ねる】 大本山妙心寺塔頭・桂春院、大心院、退蔵院の庭園鑑賞に行ってみた

京都を旅する魅力の一つに、社寺・名所にある庭園を訪ねる旅があります。京都には各時代に作られた数多くの…

【現代人は働き過ぎ?】哲学者ラッセルの警鐘 ~「怠惰こそ美徳、1日4時間労働で社会は回る」

数々の人気ドラマを生み出してきた脚本家、野木亜紀子さんの最新作『ラストマイル』が、いよいよ8月23日…

アーカイブ

PAGE TOP