「それはな、お瀬名殿。そなたがもう女子(おなご)として、終いということじゃ」
「子を産まなくなったら、御用済みなのです」
「もっとこうポンポン、ポンポン産むおなごをめとりなされ」
NHK大河ドラマ「どうする家康」第10回放送「側室をどうする!」にて、松平家康(演:松本潤)の母・於大の方(演:松嶋菜々子)の暴言。
これっていつぞやの「女性は子供を産む機械」発言と何が違うのでしょうか。産みたくても色んな事情で産めない女性も多い昨今、あまりに無神経なセリフと言わざるを得ません。
確かにいつの時代でも、多く子供を産むことで戦力(あるいは労働力)の増強や家同士の連携促進(政略結婚)など、御家の繁栄に有利なのは確かです。
だから子供(特に男子)の産めない、あるいは少ない女性は立場を失いがちとはいえ、ここまで露骨に侮辱する言動は人格を疑われるでしょう。
さすがに戦国時代だからと言ってそこまでは言わないし、何なら大河ドラマスタッフは「戦国時代だからどんな暴言も『そういう時代だから』で許される」などと思っていたのかも知れません。
昨今流行りの多様性・LGBT問題を取り上げ、史料に記録のない「お葉(演:北香那。西郡局)がレズビアンだった」なんて創作設定をねじ込むくらいなら、子供が少ない・できない女性たちに対する配慮も求めたいところです。
……まぁ、前置きはこんなものとしまして。あぁお瀬名殿かわいそう……と思っていたら、実は彼女も嫁(嫡男・徳川信康の正室・五徳姫)に対してまったく同じような暴言を吐いていたとか。
今回は『改正三河後風土記』より、築山殿の暴言を紹介。嫁いびりに耐えかねた五徳姫(演:久保史緒里)は、父・織田信長(演:岡田准一)にこんな書状を送ったそうです。
「姫ばかり二人産たるは何の用にか立ん大将ハ男子こそ大事奈れ」
一 築山殿悪人にて三郎殿と吾身の中をさまさま讒して不和し給ふ事
一 我身姫ばかり二人産たるは何の用にか立ん大将ハ男子こそ大事奈れ妾あまた召て男子を設け給へとて築山殿すゝめにより勝頼が家人日向大和守が娘を呼出し三郎殿妾にせられし事
一 築山殿甲州の唐人医師減敬といふ者と密会せられ剰へ是を便とし勝頼へ一味し三郎殿を申すゝめ甲州へ一味せんとする事
一 織田徳川両将を亡し三郎殿には父の所領の上に織田家所領の国を参らせ築山殿をば小山田といふ侍の妻とすべき約束の起請文書て築山殿へ送る事
一 三郎殿常々物あらき所行おほし我身召仕の小侍従と申女を我目前にて刺殺し其上女の口を引さき給ふ事
一 去頃三郎殿踊を好みて見給ひける時踊子の衣裳よろしからず又おどりさまあしきとて其踊子を弓にて射殺し給ふ事
一 三郎殿鷹野に出給ふ折ふし道にて法師を見給ひ今日得物の奈きハ此法師に逢たるゆへなりとて彼の僧が首に縄をつけて力革とかやに結付馬をはせて其法師を引殺し給ふ事
一 勝頼が文の中にも三郎殿いまだ一味せられたるにはいはず何ともして勧め味方にすべしとの事に■へば御由断ましまさバ末々ハ御敵に組し■べきと存じ態々申上■事※『後風土記巻第十六』「築山殿凶悍 付 信康君猛烈の事」
ちょっと分かりにくい部分もあるので、ごくざっくりと意訳して行きましょう。
一、築山殿は悪人であり、三郎殿(信康)と私の仲を引き裂こうと事実無根の悪口を吹き込むのです。
一、私が男児を授からない(産んだのは女児2人)ことを責め立てます。「この役立たず、武家の妻は男児を産んでナンボ。側室をたくさん作って男児を産ませなさい」と、この前など武田勝頼(演:眞栄田郷敦)の家臣・日向大和守(ひなた やまとのかみ)の娘を呼んで側室にしてしまいました。
一、築山殿は甲斐より減敬(げんきょう)という唐人の医師と不倫しており、三郎殿を武田方へ引き込もうと企んでいるのです。
一、そして織田・徳川の両家を滅ぼし、三郎殿には徳川領に加えて織田家の所領を加増し、築山殿は小山田という者(小山田信茂あたり?)と再婚の約束をしているとか。
一、片や三郎殿はふだんから気性が荒く、私に仕えていた小侍従(こじじゅう)という侍女を私の目の前で殺し、その刀で彼女の口を引き裂いたのです。
一、また三郎殿は以前から踊りを好み、見物に出かけた折には踊り子の衣裳がよくない、踊りが下手だと言って弓で射殺してしまいました。
一、さらに鷹狩りへ出かけた際、道で出会ったお坊さんに「今日の不猟はこいつのせいだ」と言いがかりをつける始末。そればかりか首に力革(ベルト)をかけて、馬で引きずり殺してしまったのです。
一、武田勝頼の書状には「早く三郎殿を味方に引き込むよう、説得せよ」との文言があり、両父上ともご油断あそばさぬよう、以上申し上げた次第にございます。
姑は嫁いびりに不倫、夫はとんでもないサイコパス、そして母子そろって武田に内通……もしこれらが事実なら、五徳姫も生きた心地がしなかったことでしょう。信康に斬り殺されるか、あるいは拉致されて武田の人質にされるか……。
「……との事じゃが、これは真か、左衛門尉」
当時、織田と徳川両家の橋渡し役であり、信長の信頼厚かった酒井忠次(演:大森南朋)は書状を見せられました。
……某も一々承りぬる事どもなり敢て浮たる事にあらず……
※『後風土記巻第十六』「築山殿凶悍 付 信康君猛烈の事」
この回答は「自分もかねがね聞いている。あえて浮き立つ事ではない」との意味ながら、そのニュアンスは「何を今さら≒肯定」なのか、それとも「デマに踊らされてはならない≒否定」なのか微妙なところ。
左衛門尉の返答を受けた信長は
……此うへは力なし速やかに失はるべき旨徳川殿に申べし……
※『後風土記巻第十六』「築山殿凶悍 付 信康君猛烈の事」
と命じました。要するに「しょうがない。ただちに処刑するよう、徳川殿へ伝えよ」つまり書状の内容が肯定されたものと解釈したのです。
もし違うならハッキリ違うと言えばいい。それを曖昧な表現ではぐらかす態度の意味は、つまりそういうこと(≒クロ。謀叛の疑いあり)です。
ならば容赦はしない。生かしておいて益なくば殺すべし。信長の命令によって、家康は泣く泣く築山殿と信康を粛清したのでした。
終わりに
家康はこの一件をもって酒井忠次を大いに怨み、自分が生きている内は徹底的に冷遇したと言います(家康の没後、酒井家に対する待遇がはね上がったこともその証左と言えるでしょう)。
以上が『改正三河後風土記』の伝える築山殿事件の概略ですが、本書は後世の創作部分も多いため信憑性は今一つ。家康が自分の妻子を殺さねばならなかったやましさを糊塗するために彼女らを悪人にでっち上げた可能性も考えられます。
それは措いても、五徳姫に対する「女児2人しか産まない」発言は苦笑ですね。築山殿自身は男女1人ずつだから五十歩百歩にしか思えませんが「私は跡継ぎ=男児を産んでいるのだからよいのです」とでも言いたかったのでしょうか。
NHK大河ドラマ「どうする家康」ではこの辺りの対立がどのように描かれるのか、しっかり見届けたいところですね。
※参考文献:
- 成島司直『改正三河後風土記 上』国立国会図書館デジタルコレクション
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