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「奈良にうまいものなし」は大きな間違いだった! 美味いものだらけの食材を紹介

「奈良にうまいものなし」は大間違い

奈良にうまいものなし

画像:志賀直哉 wiki c

明治から昭和にかけて活躍した文豪・志賀直哉。白樺派の代表として小説の神様と称され、『暗夜行路』 『小僧の神様』 『城の崎にて』などの作品で知られます。

実は志賀は、奈良をこよなく愛したひとりです。

1926(大正14)年から13年間、奈良公園に近い高畑で暮らし、その邸宅は「高畑サロン」と呼ばれ、多くの作家を始め多くの文化人たちが集まったといわれます。

奈良にうまいものなし

画像:高畑にある志賀直哉旧居(撮影:高野晃彰)

その志賀が、随筆『奈良』の中に記した「奈良にうまいものなし」という言葉はあまりにも有名です。

しかし、これが独り歩きして、80年以上経った今でも「奈良は食べ物がまずいところだ」という認識が生じてしまいました。

関西は日本料理発祥の地とされます。大阪・京都は、美食の街として認知され、観光はもとより、食べ物目当てで訪れる人もたくさんいます。

奈良は、寺社仏閣・史跡・旧跡などの観光資源では、大阪・京都に負けていません。でも、奈良通と自認する人でさえ、「奈良に美味しいものなんてないよ」と言い、食事は大阪・京都でということになってしまうのです。

今回は、奈良をこよなく愛する筆者が、そんな間違った事実を正すため、奈良の食シーンの真実についてお話ししましょう。

自然溢れる風土が奈良の食材を育んだ

画像:奈良の名所・猿沢池(撮影:高野晃彰)

画像:奈良の名所・猿沢池(撮影:高野晃彰)

「奈良にうまいものなし」という言葉を残した志賀ですが、「とにかく奈良は美しいところだ。自然が美しく残っていて建築も美しい。そしてその二つが互いに溶け合っている点は、他に比べるものがない。」とも述べています。

実は志賀のこの記述が、奈良の食シーンを語るうえで、とても重要なものなのです。

日本の都は、飛鳥京・藤原京・平城京・長岡京・平安京・東京と変遷します。このうち、奈良県におかれた都は、飛鳥京・藤原京・平城京の三都で、その期間はおおよそ202年間でした。

794年の平安京遷都以降は、奈良の大部分は、長い年月を経て、田んぼや畑にかえっていきます。

こうして、奈良は、中心部や大寺院を除き、志賀が言うような美しい自然あふれる風土が占める地となったのです。

奈良にうまいものなし

画像:吉野を流れる高見川(撮影:高野晃彰)

こうした土地から生まれた食材が、まずいわけがありません。

その風土から奈良を代表する食材が長い時間をかけて生まれ、育っていきました。

では、奈良の誇る素晴らしい食の世界を紹介していきましょう。

奈良漬 ~酒どころ奈良が生んだ名物~

画像:奈良漬(イメージ)

画像:奈良漬(イメージ画像)

奈良土産として人気の奈良漬は、実はとても古い歴史を持つ漬物です。

奈良時代初期に活躍した長屋王の邸宅跡から「加須津毛瓜」と記された木簡が発見されました。「加須津毛瓜」とは、粕漬のウリのことで、当時は清酒ではなく、どぶろくであったため、容器の底にたまった沈殿物に野菜を漬け込んだものと思われます。

歴史上に奈良漬の名前が初見されるのは、戦国時代のこと。そして、江戸時代のはじめに、奈良中町筋に住む糸屋宗仙がシロウリの粕漬を奈良漬として売り出したといいます。

こうして、江戸時代を通じて奈良漬は、上流の公家・武士から庶民にいたるまで親しまれる漬物となりました。

それは、奈良が酒どころとして知られていたこともあり、南都諸白から生まれる良質な酒粕に負うところが大きかったと考えられます。

吉野葛 ~和菓子に料理に最適~

画像:森野葛本舗の吉野本葛(撮影:高野晃彰)

画像:森野葛本舗の吉野本葛(撮影:高野晃彰)

和菓子や日本料理など、どんな食材とも相性が良く、幅広く使われる吉野葛

葛はマメ科のツル性植物で、古くはその花の美しさが愛でられ、『古今和歌集』紀貫之など、幾多の詩歌で詠まれてきました。そして、素材としても、花・茎・根とすべての部位が利用できる有益な植物でもあります。

そして、冬の時期、根にたっぷりと蓄えられた澱粉を採取したものが本葛粉。極寒の時期、根を細かく砕いて地下水にさらし、澱粉をもみだしては灰汁を抜くという精製作業を繰り返した末に、約2ヶ月間、自然乾燥させて吉野本葛が完成します。

栄養素が高く、身体に吸収されやすく、身体を温める効果があるといわれ、吉野の山伏たちが貴重な食材として持ち歩き、全国に広がったともいいます。本葛粉は、非常に粒子小さいため、繊細で滑らかな食感が特徴です。

大和野菜 ~奈良の美味を支える立役者~

画像:古事記にも記される大和まな(イメージ)

画像:古事記にも記される大和まな(イメージ画像)

大和地方で戦前からつくり続けられている伝統野菜20種

栽培や収穫出荷に手間をかけることにより、栄養や美味しさを増した奈良県オリジナルのこだわり野菜5種

合わせて25種の野菜が大和野菜と認定されています。

奈良にうまいものなし

画像:サラダでも美味しい片平あかね(イメージ画像)

生産者が減っていたものの、2005年に奈良県が認定制度をスタートしました。

大和野菜の美味しさを認知する奈良の料理人たちの幾人かが、それぞれに生産者と協力して食材として使用しはじめ、以降、奈良の多くの料理人たちが、この野菜を使ったメニューを創造しています。

現在では、和食はもとより、中華・イタリアン・フレンチ・スパニッシュとジャンルを問わずに活用されています。

代表的な大和野菜は、『古事記』に記される「菘菜」が起源とされる「下北春まな」「大和まな」、ネギの「結崎ネブカ」「大和太ねぎ」「片平あかね」「筒井れんこん」などの根菜たち。

野菜そのものがしっかりとした甘みや旨味をもっているので、素材の味を生かしたシンプルな調理が施されます。

果物 ~料理にデザートに大活躍~

画像:子規が「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」と詠んだ奈良の柿(イメージ)

画像:子規が「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」と詠んだ奈良の柿(イメージ画像)

大和野菜とともに、料理界から熱い視線を送られているのが奈良特産の果物たち。デザートはもとより料理の素材として活用されています。

その代表はで、古くから「御所柿」をはじめとするさまざまな種類が親しまれてきました。

さらに、近畿一の生産量を誇るイチゴ。「あすかルビー」は、ジューシーさが特徴です。

古都香」は、糖度と酸度が高めで深みのある味わいです。

画像:「ラ・テラス」のデザート・あすかルビーのババロア(撮影:高野晃彰)

画像:「ラ・テラス」のデザート・あすかルビーのババロア(撮影:高野晃彰)

また、奈良ではカンキツ系の果物も多く栽培され、ハッサクは天理市周辺に多く、2~3月のシーズンになると山の辺の道沿いの直売所でも販売されます。

そして昨今注目を集めるのが、日本古来の柑橘類「大和橘」。

爽やかな香りが特徴で、縁起の良い植物として昔から親しまれてきた果実です。

大和牛・大和ポーク ~奈良が誇るブランド肉~

画像:「粟 ならまち店」の大和牛と大和野菜の陶板焼き(撮影:高野晃彰)

画像:「粟 ならまち店」の大和牛と大和野菜の陶板焼き(撮影:高野晃彰)

鎌倉時代から質の良い牛の産出地として知られていた奈良県。

そのブランド牛である大和牛と認められるのは、奈良県で14ヶ月以上育てられた和牛です。牛の格付協会の肉質規格が3等級以上のものだけが、この名前を名乗ることができます。

赤身でありながら、真っ白なサシが綺麗に入った美しい見た目と、柔らかくさっぱりとしていながら、旨味にコクが深いのが特徴。大和牛は、関西圏の他はあまり出回らない希少なブランド牛です。

大和ポークは、指定生産者によって優秀な種豚と厳選された母豚から生産された奈良県産の仔豚です。

肉質は、上質な脂肪が適度に入り、甘くジューシーな味わい。臭みの原因となる動物性原料は一切使われず、穀類をベースに菓子粉やパン粉などを配合した高カロリーの飼料が良質な大和ポークを育みます。

大和肉鶏・倭鴨 ~ヘルシーで美味しい地鶏~

画像:「アコルドゥ」の倭鴨とからし菜 土の香りのピュレ(撮影:北哲章)

画像:「アコルドゥ」の倭鴨とからし菜 土の香りのピュレ(撮影:北哲章)

大和肉鶏は奈良県で育てられている地鶏で、自然に近い環境の中、雑穀を飼料に120~140日かけて育てられます。

その味は甘味があり、しっかりとした深みが感じられ、快い噛み応えが特徴。その昔、農家で飼われていた、ヘルシーで美味しいかしわと呼ばれる鶏肉本来の味の再現と評価されます。

倭鴨は、大阪府との境に位置する御所市の大和葛城山麓で飼料、飼育環境、飼育日数にこだわって育てられる合鴨です。

その肉質は、脂質と赤身のバランスが絶妙で、臭みがなく、口に入れると芳醇な旨みが口全体に広がる。希少な合鴨で、高級品とされます。

大和茶 ~奈良時代まで遡る歴史を持つ~

画像:古い歴史をもつ大和茶(イメージ)

画像:古い歴史をもつ大和茶(イメージ画像)

奈良は全国屈指のお茶どころ。

大和茶の歴史は古く、弘法大師空海が唐よりお茶の種を持ち帰り、宇陀に植えたことが起源とされます。

お茶は、仏教と深い関係をもっていたため、寺院を中心に広がっていきました。

聖武天皇の時代には、宮中で衆僧に「引茶」を賜る儀式が記録され、奈良名物の一つである茶粥のはじまりもこの時代とされます。

画像:「懐石料理 円」の茶粥と柚子を射こんだ干柿(撮影:高野晃彰)

画像:「懐石料理 円」の茶粥と柚子を射こんだ干柿(撮影:高野晃彰)

大和茶は、年間の平均気温が13~15度という大和高原一帯で栽培されます。

昼夜の温度差が大きいことから、自然な甘味や旨味が生きた茶葉が収穫でき、朝霧が発生しやすいことから茶葉が潤うという利点も。

大和茶は、渋みの中に深い旨味があり、あと味もすっきりしているのが特徴です。

素麺 ~細さが自慢の三輪そうめん~

画像「そうめん處 森正」の三輪そうめん(撮影:高野晃彰)

画像「そうめん處 森正」の三輪そうめん(撮影:高野晃彰)

三輪が発祥の地とされる素麺は、三輪素麺と呼ばれます。

奈良時代に遣唐使により、小麦栽培・製粉技術、製麺方法が伝えられ、唐から伝来した唐菓子の索餅が原型とする説もあります。

素麺は、その細さが商品としての価値となり、昔から生産者たちは極限までの細さを競ってきました。また、製造から年月が経つと、コシの強さが増すともいわれています。

大神神社は素麺作りの守護神とされ、毎年2月5日に、その年の生産者と卸業者の初取引の卸値の参考価格を神前で占う「ト定祭」が営まれています。

日本酒 ~清酒発祥のお寺と酒の神様~

画像:「今西酒造」の清酒・みむろ杉(撮影:高野晃彰)

画像:「今西酒造」の清酒・みむろ杉(撮影:高野晃彰)

奈良は、一説には日本酒発祥の地とされ、現在でも約27軒の酒蔵があります。その歴史は古く、平城宮内ではお酒の醸造を行っていました。

そして、奈良には清酒発祥の寺院である正歴寺があります。

その高い酒造技術は、天下第一と評される「南都諸白」に受け継がれ、現代において行われている清酒製法の祖とされるのです。

画像:醸造安全祈願祭でのうま酒みわの舞(写真:大神神社)

画像:醸造安全祈願祭でのうま酒みわの舞(写真:大神神社)

大神神社は、日本の二大酒神である大物主大神少彦名大神を祀ることから、「酒造りの神さま」として、多くの醸造家に崇敬されています。

拝殿には、酒の神のシンボルとして直径約1.7m、重さ約200kgの大杉玉があり、全国の酒蔵の軒先で見られる杉玉は、この小型版です。

毎年11月14日には、「醸造安全祈願祭(酒まつり)」が行われ、全国の酒造家や杜氏が参列し、醸造の安全を祈願します。

ご紹介した以外にも、ブランド米の栽培、ワインの醸造、ジビエなど、まだまだ優れた食材があります。

画像:「はり新」の飛鳥鍋・大和まなのてんぷら・茶粥(撮影:高野晃彰)

画像:「はり新」の飛鳥鍋・大和まなのてんぷら・茶粥(撮影:高野晃彰)

そして今、奈良の食シーンはとても活気に満ちています

四半世紀前に、その食材の優秀さを知り尽くした奈良出身の料理人たちが修業先から戻り種を播き、その種を国内外で名声を受けた料理人たちが花を咲かせました。

そして、現在、その後を追うように奈良出身の若い料理人たちが、この地に腰を落ち着け、さらに実りのあるものへと真摯な姿勢で取り組んでいます。

画像:大和野菜・奈良産ジビエを用いた「ポナペティ めしあがれ」のオードブルの盛り合わせ(撮影:高野晃彰)

画像:大和野菜・奈良産ジビエを用いた「ポナペティ めしあがれ」のオードブルの盛り合わせ(撮影:高野晃彰)

そのジャンルは、和食・フレンチ・イタリアン・中華と幅広く、多くの料理人たちが、積極的に奈良の食材を活用しています。

奈良に行く機会があったら、ぜひ奈良の飲食店に足を運び、美味しい料理を味わって欲しいと切望してやみません。

※参考文献
高野晃彰編 大和美食探究会著 『奈良こだわりの美食ガイド』メイツユニバーサルコンテンツ 2018年6月

 

高野晃彰

高野晃彰

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編集プロダクション「ベストフィールズ」とデザインワークス「デザインスタジオタカノ」の代表。歴史・文化・旅行・鉄道・グルメ・ペットからスポーツ・ファッション・経済まで幅広い分野での執筆・撮影などを行う。また関西の歴史を深堀する「京都歴史文化研究会」「大阪歴史文化研究会」を主宰する。

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