近年のDNA解析から、ホモ・サピエンス(以降、現生人類)には、ネアンデルタール人の遺伝子が含まれるものの、その逆はないことがわかった。
長年ネアンデルタール人を研究し続けている、考古学者のルドビック・スリマク氏は、「ネアンデルタール人と現生人類の間には交雑はあったが、生物学的な違いが大きく子孫を残せずに絶滅した」と、2024年の新著の中で主張している。
また、交雑は現生人類による一方的なものだった可能性についても述べている。
本稿では、ネアンデルタール人研究に関する「新説」を説いたスリマク氏のインタビューの内容をまとめてみた。
目次
ネアンデルタール人像の変遷と新発見
19世紀後半から、我々とは異なる人類が、かつて地球上に存在していたことは知られていた。
当時の科学者たちは、ヨーロッパ各地の洞窟から発掘された化石が、現在ネアンデルタール人と呼ばれる古代人類のものであることを認識していた。
しかし、それから現在に至るまで、ネアンデルタール人に対する理解は劇的に変化している。
20世紀初頭、ネアンデルタール人は猿のような、ほぼ野獣的な存在と考えられていた。
しかし、過去数十年間にわたる研究によって、私たちに最も近い親戚である彼らが、複数の時期に現生人類と交雑していたという明確な証拠が示された。
さらに、いくつかの遺跡から発見された遺物からは、ネアンデルタール人が芸術的な活動を行っていた可能性すら示唆されている。
※【ネアンデルタール人】 7万5千年前に既に芸術を創造していた?
https://kusanomido.com/study/fushigi/ancient/75623/
スリマク氏の30年におよぶ研究
フランスの考古学者、ルドビック・スリマク(Ludovic Slimak)氏は、5歳の頃から考古学に魅了され、30年以上にわたって世界各地の洞窟を探索し、ネアンデルタール人の研究を続けている。
2024年2月、その研究成果を『The Naked Neanderthal(裸のネアンデルタール人: 人類という生き物の新たな理解)』 (ペガサス ブックス)として出版した。
本書では従来の野獣説や別種説(亜種)を否定し、正確な知見に基づいて、ネアンデルタール人と現生人類の特徴を分析、定義している。
そして「ネアンデルタール人とは何者か」を理解することが、逆に私たち現生人類の姿を映し出す「鏡」となり、人類そのもののあり方を問い直す契機になると説いている。
DNA分析からわかった交配の実態
ネアンデルタール人は、当初は猿に近い原始的な種族と考えられていたが、DNA分析からホモ・サピエンスの近縁種であることが明らかになった。
両者がアフリカを出た後、ヨーロッパや中央アジアで交配を行っていたことも判明しており、私たち現生人類のDNAには一定量のネアンデルタール人由来の遺伝子が含まれている。
そして、現生人類にはネアンデルタール人の遺伝子が含まれているが、その逆はないことがわかった。
この一方向な遺伝子浸透から、ネアンデルタール人女性が現生人類社会に取り込まれる「一方向的な交流」があったと推測される。
つまり、常に緊張関係が続く状況下で、一方的に女性が略奪された可能性が考えられるのだ。
ルドビック・スリマク氏の新説
スリマク氏は、以下のような新説を提唱している。
生存圏が重なり合った両者は、限られた資源をめぐって競合が避けられず、互いに交配せざるを得ない状況となった。
しかし、両者の生物学的な違いが大きすぎて生殖の適合性が低かった。産まれた子供の不妊率が高かったため、ネアンデルタール人側への遺伝子浸透はなかった。
一方で、効率的な文明を築き人口を増やしていった現生人類が徐々に優位に立ち、ネアンデルタール人は生存圏を失っていった。
さらに限定的ではあるが、ネアンデルタール人は現生人類から侵略を受け、女性や子供が略奪された。特定の地域ではジェノサイド(集団殺害)が起こった可能性も否定できないという。
最終的には氷河期がピークを迎えた3万年前に、文化の違いから絶滅へと追いやられたとスリマク氏は推測している。
ネアンデルタール人の創造性
遺跡から出土した石器などの遺物から、両者の文化の違いが明らかになった。
ネアンデルタール人の石器は一つ一つ形状が異なり、非常に個性的で、高い創造性を示している。
素材に合わせて、どのように石器を制作するのか研究されていた可能性が高いという。
一方の現生人類は、標準化されたように均一な石器を量産していた。
つまり、10,000個の石器を見ても、根本的には全て同じ形状なのだ。
「効率性を重視する現生人類」と「創造性を重視するネアンデルタール人」という、文化の違いが、接触時の緊張を生み出した要因の一つだと考えられる。
「効率性、規範性、均一性」こそが現生人類の特徴だという。
人類の危険な効率主義
現生人類が効率性を追求して文明を発展させ、人口を増やしていったことで、ネアンデルタール人の生息域が狭められ、生存圏を失っていった。
スリマク氏は、効率性と速度を追い求める人類の特質が、過去において多様性の喪失を招いたと指摘し、警鐘を鳴らしている。
これまでにも人口増加や生産力向上を優先し、自然破壊を招く文明を築いてきた。
このまま放置すれば、生物多様性の喪失が人類自身の存続をも脅かしかねない。
過去の轍を踏まぬためには、自分たちの特徴と負の部分を認識し、文化を変革していくことが求められる。
歴史から学び、文明の行方を考える
スリマク氏は「こうした歴史こそが、人類の特質と将来を映す鏡である」と述べている。
都合の良い環境を手に入れるために文明を発展させ、効率性の追求を優先させるあまりに、自然を破壊し、多様性の喪失を招いてきた文明と、現在の人類社会の姿がそこに重なるからだ。
文明を発展させる中で人類が直面した矛盾が、ネアンデルタール人との関係に象徴的に表れていると言える。
このまま放置すれば、より大規模な生物多様性の喪失が人類自身の存続をも脅かしかねない。
この事実を直視し、文明と自然との共生を模索し、「人類とは何者か」を問い直すことが重要だと説いている。
さいごに
2022年に、ネアンデルタール人の遺伝情報解読の研究がノーベル賞を受賞したことで、ネアンデルタール人が再度注目されているが、様々な説があり混沌としている。
近年の高度な測定装置によって、DNA分析や炭素年代測定が行われ、より具体的なことがわかるようになってきた。
今後も、ネアンデルタール人の新たな研究と発見に期待したい。
参考 :
The Naked Neanderthal: A New Understanding of the Human Creature: Slimak, Ludovic
Slimak Ludovic – Centre for Anthropobiology and Genomics of Toulouse
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