京都洛北花背で行われる火の祭り
平安京の北方を守護する鞍馬寺から、さらに街道を北へ進むと、花背峠を越えてやがて花背の集落にたどり着く。
花背(はなせ)とは、京都洛北に位置する小さな集落である。
京都市中心部から車で約40分という距離にありながら、インバウンドで大混雑する京都市内とは一線を画する静かな里だ。

画像:花背の里(京都市左京区役所公式HP)
鞍馬から花背へは、府道38号線や国道477号線を通るが、場所によっては車同士のすれ違いも困難な「酷道」となる箇所もある。
花背には、バスも1日に数本しか通らないが、春には辛夷(こぶし)に始まり、山桜、山藤と、花に包まれる季節が訪れる。
峠からの眺望も良く、見どころも多いため、京の小さな旅に最適な地である。
近年では、ガラス工芸や和紙工芸などのクラフト作家たちが移住し、芸術村としても知られるようになってきた。
もとより花背には、大悲山峰定寺(だいひざんぶじょうじ)という古刹があり、その門前には、美山荘をはじめ、味に定評のある宿が数軒並んでいる。
このように静けさと風趣に満ちた花背だが、毎年8月15日に行われる伝統行事「松上げ」でも知られている。
それでは、京都洛北の隠里・花背でこの夏に行われる火の祭り・「松上げ」を紹介しよう。

画像:花背松上げ(京都市左京区役所公式HP)
五穀豊穣を願い先祖の精霊を送る
日本各地に伝わる火の祭りの多くは、遥か昔、恵みの雨をもたらす雷への畏れと信仰から始まったとされている。
花背の火祭り「松上げ」もまた、雨による恩恵に感謝し、五穀豊穣を願う祭りであった。
そして同時に、この火祭には、お盆に迎えた精霊を送ることで、先祖供養や家内安全といった人々の切実な願いも込められている。
そのため、荘厳かつ勇壮な祭でありながら、どこか素朴で温かみのある印象を受けるのである。

画像:花背松上げ(撮影:高野晃彰)
祭りは、山深い花背の里の奥の奥、八桝という名の町の河原で行われる。
中州には千本もの小さな松明(たいまつ)・地松が地面を覆うようにびっしりと立てられる。
その小松明の群れの中央に、天辺の大笠の中に枯葉や藁が詰められた高さ20mほどの太い丸太で支えられた灯籠木(とろぎ)が聳え立っている。
そして、夜9時近く、あたりがすっかり闇に覆われた頃、「松上げ」が始まる。

画像:花背松上げ(撮影:高野晃彰)
地元の男たちが揃いの法被を着て列をなし、手には火のついた松明を持って中州に現れ、地松の一つひとつに火をつけていくのだ。
すると闇の中に、千の光が灯り、その淡い光が川面にきらきらと映って、川辺で見守る群衆の顔を照らすのである。
花背の里の夜空を焦がす炎
そうして全ての地松に火が灯されると、太鼓の合図とともに男たちは遥か上に聳える灯籠木の大笠に向け、火をつけた小松明を一斉に振り回して放り投げる。
これがこの祭りをして、「松上げ」といわれる所以なのだ。
「いっちや、いっちや!」「いっちや、いっちや!」
我こそが一番に松明を投げ入れて火をつけるんだ!そんな思いを込めるかのような掛け声とともに、次から次へと大笠に松明が投げ上げられ、暗闇に光の弧が描かれる。

画像:花背松上げ(撮影:高野晃彰)
そのたびに群衆も一体となって気合のこもった掛け声が響きわたり、大笠に火が点くと大きな歓声と拍手が沸き起こる。
そして、幾つもの松明が投げ入れられ、炎が天を突くように燃え上がったとき、祭りはクライマックスを迎える。
炎に包まれ燃え盛る灯籠木は、音を立てて引き倒され、壮観かつ幻想的な光景が広がるのである。
倒された灯籠木の火が消されると同時に、男たちは中州から退場する。
やがて千本の地松の火がほとんど燃え尽きると、あたりは再び漆黒の闇に覆われ、花背の里の夜空を焦がす火の祭りは終わりを告げるのである。
まとめにかえて(交通情報など)
本年度の「花背の松上げ」は、8月15日(金)に斎行される。
開始は20時50分頃、終了は21時45分頃の予定で、小雨決行とのことだ。

画像:花背の風景(京都市左京区役所公式HP)
なお、注意しておきたいのは交通手段である。
定期運行の路線バスを利用すると、帰りの便が終バスの時間を過ぎてしまうため、日帰りでの参加は車以外では難しい。
ただし、京都バスでは、京阪電車・出町柳駅を17時40分頃に出発する「花背松上げ 観賞バスツアー」(予約制/075-871-7521)を運行しており、これを利用すれば日帰りでの見学が可能だ。
宿泊を希望する場合は、前述のとおり峰定寺近くに数軒の旅館(会場から車で約10分)があるほか、松上げ会場の近くにはキャンプ場を併設した「花背リゾート山村都市交流の森」(https://dobanzy.com/)もある。
いずれにせよ見学を希望する場合は、詳細について左京区役所花脊出張所(075-746-0215)に問い合わせてみるとよいだろう。
文:写真 / 高野晃彰 校正 / 草の実堂編集部
この記事へのコメントはありません。