「ねぇ君。バカついてるよ」
ある日のこと、山梨県出身の知人から、いきなりそんなことを言われました。
「む……今、何て言いました?」
筆者が答えると、彼は筆者の上着を指さして言います。
「ホラ。服に『バカがついてる』って」
見ると上着のすそに「くっつき虫」がびっしりついていました。
「あぁ、山梨じゃこれを『バカ』って呼ぶんですね」
どうやら、バカにされた訳ではなかったようです。
調べてみると、山梨県ではこの「くっつき虫」について、たくさんの呼び名がありました。
今回は山梨県における「くっつき虫」の呼び名について、紹介したいと思います。
目次
2種類の「くっつき虫」
俗に「くっつき虫」と呼んでいるのは、以下2種類のタネです。

画像 : くっつき虫ことセンダングサ(手前が第2形態)。服にくっつくと厄介極まりない(イメージ)
センダングサ(栴檀草)※以下A
→茶色く細長いタネが集まり(第1形態)、乾燥するとタネが丸く広がります(第2形態)。第2形態では細長いタネが1本ずつバラバラにくっつき、つまみ取るのが非常に面倒。

画像 : くっつき虫ことオナモミ。そう言えば最近あまり見なくなった(イメージ)
オナモミ(葈耳、巻耳)※以下B
→タネは丸く緑色で、表面に細かなトゲの生えています。服についても取りやすいため、そこまで苦になりません(※個人の感想です)。
ちなみにオナモミは絶滅危惧種となっており、地域によっては生えているのを見たことがないという方もいるようです。
言われてみれば、センダングサはどこにでも生えてくるのに対して、オナモミはすっかり見なくなりました(神奈川県)。
山梨県での呼び名は20種類以上!
そんな2種類の「くっつき虫」について、山梨県では以下の呼び名があるそうです。
・バカ(馬鹿)
・コジキ(乞食)
・クッツキムシ(食付虫)
・ヒッツキムシ(引付虫)
・ドロボウ(泥棒)
・キツネバラ(狐腹)
・ナノミ(菜の実)
・ヤマジラミ(山虱)
・クサジラミ(草虱)
・ヤブジラミ(藪虱)
・ベベツキ(服付)
・ベベツカミ(服掴)
・オバケ(御化)
・オタカラ(御宝)
・タカラモノ(宝物)
・タカリボウズ(集坊主)
・キツネッタカリ(狐集)
・ヤマボウセ(山帽子?)
・ゲジゲジ(蚰蜒)
・サビキノカネ(サビキの鐘?)
・スケベグサ(助兵衛草)
・バクダン(爆弾)
・ゲンナンボウ(ゲンナン坊?)
これらのうち「バカ」と「コジキ」そして「クッツキムシ(ヒッツキムシ)」の順で多く使われていると言います。
それぞれの由来を見てみましょう。
バカ(馬鹿)

画像 : くっつき虫を「バカ」と呼ぶ地域(概略)
使用地域:ざっくり甲府から小淵沢まで(北西方面広域)
呼び分け:概ねA・Bともバカ。Bは知らないという方も。
これは不注意でタネをつけてしまい、それに気づかない馬鹿ぶりをからかった呼び名と考えられます。
不適切ながら、妙に納得してしまう方も少なくないのではないでしょうか。
コジキ(乞食)

画像 : くっつき虫を「コジキ」と呼ぶ地域(概略)
使用地域:ざっくり石和・塩山・河口湖あたり(甲府より東)
呼び分け:概ねA・Bともコジキ、Bは知らないという方も。
人によってはオコンジキ(御乞食)と呼ぶことも。服の袖や裾にくっついて、なかなか離れない様子が、物乞いを連想させたのだと考えられます。
ちなみに甲府寄りの石和あたりでは、バカと呼ぶ方も多く、バカとコジキのせめぎ合いが見られるそうです。
ドロボウ(泥棒)

画像 : くっつき虫を「ドロボウ」と呼ぶ地域(概略)
使用地域:上野原・都留・河口湖(コジキとかぶる)など
呼び分け:A・Bともに概ねドロボウ、Aの枯れた状態のみドロボウと呼ぶ方も。
山梨県の南東地域、県境から少し入ったあたりで使われています。
服にくっついて、何か盗もうとしているのでしょうか。
あるいはタネがくっつく≒草むらに隠れる≒何か悪さをしようと企んでいた証拠と見られていたのかも知れません。
キツネバラ(狐腹)

画像 : くっつき虫を「キツネバラ」と呼ぶ地域(概略)
使用地域:鰍沢〜身延あたり(南端を除く南西部)
呼び分け:Aがキツネバラ、Bは知らない方多し。
よく狐の腹にくっついていたんでしょうね。これまでのバカ・コジキ・ドロボウに比べて、風情があっていい感じです。
しかし調査によると、若い世代はAをバカと呼ぶ傾向が見られており、キツネバラの消滅が危ぶまれているとか。
また、少し離れた大月ではキツネッタカリ(狐集)という呼び名もありました。
ナノミ(菜の実)

画像 : くっつき虫を「ナノミ」と呼ぶ地域(概略)
使用地域:丹波山〜小菅(北東部の県境付近)
呼び分け:Aはナノミ、Bは知らないor「ひっつき虫」が多し。
草のタネだからナノミ。このネーミングからは、それほど迷惑・鬱陶しい感がありません。
響きも優しく、服についていたとしても「それが自然ってものだよね。いちいち苛立つ事もないさ」と言わんばかりの大らかさを感じます。
ただし、ごく限られた地域でのみ使われているため、消滅の可能性も否めません。
シラミ(虱)系

画像 : くっつき虫を「ヤマジラミ」等と呼ぶ地域(概略)
・ヤマジラミ(山虱)
・クサジラミ(草虱)
・ヤブジラミ(藪虱)
使用地域:山中湖〜道志あたり(南東部の県境付近)
呼び分け:不明(主にAと考えられる)
服にびっしりたかったシラミをとるような面倒さが感じられるネーミングです。
山に行って藪に入り、草のシラミをびっしりつけて帰ってきた腕白小僧のドヤ顔と、ため息をつく母親の顔が目に浮かびます。
一本ずつむしり取る作業は、何だか毛づくろいみたいですね。
ベベ(服)系

画像 : くっつき虫を「ベベツカミ」「ベベツキ」と呼ぶ地域(概略)
・ベベツキ(服付)
・ベベツカミ(服掴)
使用地域:山中湖〜道志あたり(南東部の県境付近)
呼び分け:不明(主にAと考えられる)
始め「べべつき(べべっつき)」「べべつかみ」と聞いて「〜憑(憑依)」「〜津神(〜の神様)」など、何やら恐ろしい怪異や心霊などをイメージしました。
しかし、おべべ(特に上等な服)についたりつかんだりすることから名づけられたようで、カギ状の突起で服の生地を傷めてしまったのでしょう。
必死でべべを掴むのを、一つずつつまみ取るのは、なかなか大変ですよね。
その他の少数派①一般名詞

画像 : センダングサ。うんざり感をダイレクトに表現するか(例:スケベグサ)、あえてポジティブに表現するか(例:オタカラ)で命名が大きく変わる(イメージ)
・オバケ(御化)Aについて、大月など
・バクダン(爆弾)Aについて、上野原など
・ゲジゲジ(蚰蜒)Bについて、上野原など
・オタカラ(御宝)AB不明、御坂など
・タカラモノ(宝物)AB不明、都留など
・スケベグサ(助兵衛草)AB不明、秋山など
その他の少数派がこちらです。それぞれ何となく分かるような気もしますね。
その他の少数派②固有名詞

画像 : オナモミ。センダングサに比べて凶悪度が低いため、若干かわいらしめな呼び名が多い気がする(イメージ)
・サビキノカネ(サビキの鐘?)Aについて、小菅など
・ゲンナンボウ(ゲンナン坊?)Aについて、忍野など
・タカリボウズ(集坊主)Bについて、境川など
・ヤマボウセ(山帽子?)Bについて、忍野など
一方で地域性あふれるユーモラスな呼び名がこちら。
それぞれの由来についても、調べてみたいですね。
終わりに
今回は「くっつき虫(センダングサ、オナモミ)」について、山梨県ならではの呼び名を紹介してきました。
皆さんの地域では、何て呼びますか?
余談ながら筆者の地元(神奈川県鎌倉市)では「くっつき虫(AB共通)」「チクチク(Aのみ)」と呼ばれていました。
こういう地域文化はとても興味深いので、また調べて紹介したいです。
※参考:
・五緒川津平太『キャン・ユー・スピーク甲州弁?③』樹上の家出版、2020年8月
文 / 角田晶生(つのだ あきお) 校正 / 草の実堂編集部
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