スポーツ

ブルマー消滅の歴史を調べてみた

ブルマー消滅の歴史を調べてみた

ブルマー消滅の歴史を調べてみた

ブルマー」と聞いて「懐かしいなぁ」と感じたあなた、昭和生まれですね。

試しに平成生まれの人に「ブルマー知っている?」と聞いてみてください。

アニメが好きな人は「ベジータの奥さん」といい、それ以外の人は「わからない、知らない」と答えるはずですよ。

あぁ昭和は遠くなりにけり。

今回は世代間の差がはっきりとわかる「ブルマー」について調べてみました。

ブルマー誕生の歴史

本題に入る前にブルマーの呼び方のお話を。

実はブルマー、これ以外にも「ブルマ」「ブルーマー」という呼び名があります。

もちろんどれも同じものを指しているのですが、なぜ違う呼び名がついているのかは定かではありません。

「ブルマー」でも「ブルマ」でも「ブルーマー」でもいいのですがややこしいので本記事中では「ブルマー」という呼び名を使いますね。

ブルマーとはアメリカ発祥の女性用運動着のことです。ブルマー消滅の歴史を調べてみた

1850年、アメリカの女性解放運動家エリザベス・スミス・ミラーが女性の服装の自由化を唱え「膝下丈のズボン+ショートドレス」というスタイルを考案しました。

ブルマー消滅の歴史を調べてみた

※1850年代のブルマーとショートドレスの組み合わせ

エリザベス自身は庭仕事の際に着ていたそうですが、このスタイルを支持したのが同じく女性解放運動家であったアメリア・ジェンクス・ブルーマーです。

ブルマー消滅の歴史を調べてみた

※アメリア・ジェンクス・ブルーマー Amelia Jenks Bloomer

彼女はとてもこの膝下丈の、ズボン+ショートドレスというスタイルを気に入り、雑誌で紹介したり自身も身に着けて講演会などに出向いたといいます。

雑誌の影響やアメリカ全土で行われた講演会で、実際にアメリアの姿を見た女性たちの間でこのスタイルは人気となり、いつしか膝下丈のズボン+ショートドレススタイルはアメリアの名前から「ブルマー」と呼ばれるようになりました。

しかし本来の考案者はエリザベスだったのですから、もしかしたらブルマーという名前ではなくて、エリザベスの名前から「ミラー」となっていた可能性もあったかもしれませんね。

日本でのブルマーの広がり

明治時代、女性が運動をすること自体がまだ珍しかった頃の服装は、着物(着流し)+たすき掛けというものでした。

想像してみてください、およそ運動には適さない服装ですよね。

当時と今とではライフスタイルが違うとはいえ、着物で運動は大変そうのひとことに尽きます。

その後、実践女子学園の創始者・下田歌子女袴に洋靴というスタイルを世の中に広めたことで、運動時の服装もへと変わっていきました。

※下田歌子

当時の女性用袴は今と違ってスカート型のものでしたので、大正時代には袴の裾をくくりあげてズボン状にする「くくり袴」が女性の運動着として一般的なものとなります。

そして大正時代後半になると、アメリカ製のミシンが日本に入ってくるようになり、それとともに洋裁が普及し洋装もどんどん広がりました。

こうした流れもあり女性の運動着は洋装(スカートのまま)か、スカート+ズボン下を兼ねたブルマーへと変わります。

1910年頃になると教育現場では女子の体育着としてブルマーが定着しましたが、その頃のブルマーはまだ丈の長めな、いわゆるニッカーボッカ的なものでした。

戦後になると化繊繊維の発達などもあり、ピッタリとして丈の短い(というか足まる見え)ブルマーが登場。

1990年頃までこのピッタリとしたブルマーが女子の体育着として着用されたのでした。

ブルマーの衰退そして消滅

男子はいいなぁ短パンで」と思ったことのある昭和育ちの女子は多いはずです。

その昭和育ちの女子がお母さんになってみると男子も女子も同じ体育着、という時代になっているではありませんか。

今では男子も女子もハーフパンツクォーターパンツです。

そもそもアメリカでブルマーが生まれたきっかけは「女性の古い慣習からの解放」を目指してのことでした。

コルセットで体を締め上げるスタイルを強いられて着るのではなく、動きやすい服を女性自身が自由に選んで着ることの象徴でもあったのですね、ブルマーというスタイルは。

しかしながら当時、アメリカの男性たちの間では「ブルマーは美しくない」という理由で評判が悪く受け入れてもらえなかったそうです。(現代の感覚からするとずいぶんと失礼ですが・・・)

その後しばらくして女性の社会進出にともなう権利の拡大や、スポーツ分野での女性の活躍などもありようやくブルマーは市民権を得たのです。

実は日本でもブルマー導入時には同じようなことが起きていたようです。

洋装自体に抵抗感を感じる男性が多かった時代に、ブルマーはとても奇異な姿に映ったのでしょうね。

しかしやがて日本でもブルマーは女性(女子)の運動着として定着。教育現場でも女子の体育にブルマーは欠かせないというか、当たり前のスタイルになりました。

そんなブルマーでしたが、1990年代に女子中高生が自分の着ていたセーラー服やブルマーを高額で販売するという「ブルセラショップ」が現れ、いわゆる「ブルセラ」は社会問題になります。

こうしてブルマーが性的な興味をあおる危険性があるということや、教育現場での男女差をなくそうという社会的な意識の変化などもあり、1992年頃にはついにブルマーの姿が教育現場から消えたのでした。

まとめ

教育現場からは消えたブルマーですが、まだ健在ですよ。

陸上競技用のブルマーである「レーシングブルマー」もありますし(こちらは女性専用)、赤ちゃん用のブルマーは「かぼちゃパンツ」という名前で今も昔も人気があります。

ちなみにかぼちゃパンツは男の子でも女の子でもOKです。

それにしてもブルマーはその時々の時代背景や女性観によって、ずいぶんととらえられ方が違っていたのだ、ということがわかりました。

ブルマーを知る人がいたら、思い出話など聞いてみてはいかがでしょうか?

 

  • Xをフォロー
好きなカテゴリーの記事の新着をメールでお届けします。下のボタンからフォローください。

kechako

投稿者の記事一覧

時代劇と園芸と保存食作りを愛するご隠居様予備軍のkechakoです。
最後の晩餐は「梅干しおにぎり」と決めております。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

草の実堂Audio で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. プロ野球チーム御用達の神社(寺社)
  2. チャンピオンズカップの歴史を調べてみた「連覇は2頭だけ カネヒキ…
  3. 朝日杯フューチュリティステークスの歴史《夢のスーパーカー マルゼ…
  4. 【パリ五輪】 男子バドミントンダブルス決勝『台湾vs中国』で起き…
  5. ジャパンカップの歴史を調べてみた【驚異の世界レコードタイム アー…
  6. 【硫黄島で戦死した金メダリスト】バロン西と愛馬ウラヌスの偉業 「…
  7. 【全員裸だった】古代オリンピック 〜近代オリンピックとかけ離れた…
  8. WBC開幕―最初の世界王者はイギリスだった?ヨーロッパ野球の意外…

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

『神々の股間をめぐる戦い』3つの古代文明の恐ろしい去勢神話

男性器は生殖を担う器官であり、しばしば男性性の象徴とも位置づけられてきた。それゆえ、…

【交尾のしすぎでオスだけ集団死】 絶滅危惧種の小型カンガルー

一生に一度しか訪れない繁殖期に、メスとの交尾に3週間明け暮れた末、オスたちが一斉に死を遂げてしまうと…

【骨の恐怖がやってくる】 選りすぐりの「骨の怪物」5選

骨。それは人体の構造において、基礎的なものの一つである。とはいえ、骨だけでは人間は生きられない。…

『古代中国前漢』2200年前の女性貴族ミイラ「生前に近い状態で発掘」

古代中国の女性ミイラミイラとは、一般的には腐敗を避けるために内臓などが取り除かれた乾燥した遺体で…

「パリの地下に広がる死の帝国」 カタコンブ・ド・パリ 【2.600万体の人骨】

もし、行く手に「止まれ!ここは死の帝国である」と書かれていたらどうする?その言葉に恐れをなし…

アーカイブ

人気記事(日間)

人気記事(月間)

人気記事(全期間)

PAGE TOP