乗り物

「人類初の自動車」 蒸気自動車の歴史 ~戦争に使うために開発された

皆さんは、蒸気自動車をご存じでしょうか?

蒸気自動車とは蒸気機関で動く車を意味し、人力を使わない動力で動く世界初の乗り物でした。

今回は、私達が使用するガソリン車や電気自動車のご先祖様というべき「蒸気自動車」について深堀りしていきます。

蒸気自動車とは?

蒸気自動車の歴史

イメージ画像 : ウォリス&スティーブンズ社製トラクション・エンジン wiki c Norbert Schnitzler

蒸気自動車とは、前述したとおり蒸気機関で動く車のことです。

では「蒸気機関」はどのような仕組みで動いているのでしょうか?

蒸気機関には次の2タイプがあります。

1.蒸気を円筒(シリンダ)に誘導し、ピストンを往復させて動力を生み出す
2.蒸気で羽根車(タービン)を回し動力を得る

1は主に蒸気機関車及び蒸気自動車に採用され、2は発電(火力・原子力)や産業用動力、船舶を動かす機関等に使われています。

初期の蒸気自動車は、5トンの荷物と大人4人を乗せて時速9キロを出せましたが、15分毎にボイラーへの給水が必要でした。

1799年、イギリスのエンジニア・トレビシックは高圧蒸気機関を用いた人が乗れる蒸気自動車や、10トンの鉄を凡そ16キロ先まで運べる蒸気機関車を作りました。

1888年にはフランス発明家のレオン・セルポレーが、高圧蒸気が短時間で出来る「フラッシュ・ボイラー」を実用化し、蒸気自動車の稼働にかかる時間を短縮します。

しかし1870年頃には初のガソリン自動車が発明されており、1900年前後から蒸気自動車メーカーはガソリン自動車開発へ移行し始めます。

蒸気自動車の発明のキッカケとは?

蒸気自動車は、なぜ発明されたのでしょうか?

それは戦争に使用するためでした。

1756年~1763年まで、ヨーロッパでは二大勢力に分かれ七年戦争が行われました。

二大勢力とは以下の通りです。

1. イギリスとプロイセン王国(ドイツ北部からポーランド西部を支配)
2. フランスとオーストリアとロシア、スペイン、スウェーデン

ヨーロッパ全土と植民地(インド)も巻き込んだ戦争で、結果はイギリスとプロイセンの勝利となりました。

この時、敗れたフランス陸軍大臣だったショワズールは、軍の戦略戦術を練り直します。
彼はスイスの役人・プランタから 蒸気機関を使った大砲運搬を進言され、砲兵部隊総監グリボーバルにその開発を命じました。

グリボーバルが開発を任せたのは、軍の技術者キュニョーでした。

キュニョーは2つのピストンを交互に作動させることで動く蒸気機関を開発し、前輪駆動の三輪自動車を製作したのです。

人類初の自動車は、こうして生まれたのです。

蒸気自動車の歴史

画像:キュニョーの砲車

これは「キュニョーの砲車」と呼ばれ、蒸気自動車としては以下の特徴を備えています。

自走が出来る
人が乗り込み、操縦が出来る
車輪の回転運動が、蒸気機関のピストン運動により連続して実現した

しかし人類史上初の試みは、ショワズールの失脚で実用化されず中止となりました。

なぜ蒸気自動車は、他の自動車に敗れたのか?

蒸気自動車の歴史

画像:初期のガソリン自動車(1885年型ベンツ)

19世紀は、蒸気自動車・ガソリン自動車・電気自動車が並び立つ時代でした。

1827年頃のイギリスでは「馬なし馬車」の名称で蒸気自動車が浸透するかと思われましたが、騒音や煤煙・ボイラー爆発等により速度制限を含む法律規制(※赤旗法)が行われます。

この赤旗法によりイギリス蒸気自動車メーカーは、速度の遅い農業トラクター製造を中心に事業を進める方向へ向かいました。

そして1902年までは蒸気自動車は自動車新規登録の53%を占めていましたが、翌年の1903年には蒸気自動車メーカーの43社が廃業してしまいました。

他の自動車に取って代わられてしまったのです。
蒸気自動車は、以下の3つ欠点がありました。

1. 動力機関がかさばり重量がある
2. 車がスタートするまで時間がかかる
3. 蒸気を発生させるボイラー整備が容易ではない

他には1897年のフランス開催の自動車レースで、蒸気自動車がガソリン自動車に敗れ「スピードに劣る」と見なされたことも大きな要因です。

さらに1901年のアメリカテキサス州の油田発見により、ガソリンの大量供給も可能となっていました。

こうして蒸気自動車は、次第に衰退していったのです。

現代に蘇る蒸気自動車

蒸気自動車は、完全に消えてしまったのでしょうか?

実は20世紀後半から21世紀初め、新技術を取り入れた蒸気自動車が開発されています。

スウェーデン自動車メーカー・サーブは、オイルショックの1973年に蒸気自動車開発を手がけ、日本の日産は1975年の東京モーターショーにて、蒸気エンジンを搭載した「スチーム・セドリック」を出展しています。

1999年には蒸気自動車マニアが多いイギリスで、蒸気自動車の最高速度記録を目指して「ブリティッシュ スチームカー チャレンジ」計画が始まります。

この計画は「チーム インスピレーション」と云う支援団体により設立されました。

最新の蒸気自動車は、支援団体名と同じ「インスピレーション」です。

蒸気自動車の歴史

画像:ブリティッシュ スチームカー チャレンジ(1999 – 2009)wiki c 

現代技術を積み上げたインスピレーションとは、2009年の記録で時速239キロを出しています。

ステンレス製のボイラーと液化石油燃料ガスを使用したインスピレーションは、高温加熱水蒸気で2段式蒸気タービンを回し、車輪の高速回転を実現するよう設計されました。

目標時速は320キロでしたが、さすがにそこまでは至りませんでした。

終わりに

画像:1879年のラ・マリー・アン(フランス発明家アメデー・ボレー製造)

自動車は、沢山の技術の集合体といえるでしょう。

当初、人々が驚きで迎えたに違いない「蒸気自動車」は、20世紀からガソリン自動車に主役を譲りました。

しかし蒸気自動車のピストン往復運動による車輪駆動は、ガソリン自動車に受け継がれています。

また、19世紀のフランス発明家アメデー・ボレーが考えた独立懸架(左右車輪が独立して上下出来る仕組み)は、地面のでこぼこに対応する技術でした。
この技術は、蒸気自動車だけでなくガソリン自動車にも大いに役立ちました。

今後のテクノロジー次第によっては、蒸気自動車が再び脚光を浴びる日が来るかも知れません。

参考資料 : 「British steamcar challenge」「蒸気自動車の時代 – (car-l.co.jp)」

 

草の実堂編集部

投稿者の記事一覧

草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く
Audible で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 【国際】アルメニアとアゼルバイジャンが軍事衝突!両国が争い続ける…
  2. 台湾料理店がなぜ急増しているのか調べてみた
  3. 『中国の観光地が渋滞で限界突破』 万里の長城が満員電車状態、砂漠…
  4. 『古代の奇策』ペルシア軍は猫を盾にして勝利した?ペルシウムの戦い…
  5. 「更年期か?おばさん」SNSでの一言で罰金1万円。台湾の“公然侮…
  6. 台湾で起こったクジラ爆発事件 「悪臭が数ヶ月続く」
  7. 沿岸海域の温暖化で「人食いバクテリア」の感染が拡大中 【約5人に…
  8. 『世界激震のトランプ相互関税』カンボジアやベトナムなどASEAN…

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

警察の歴史と組織体系【階級や刑事のなり方】

警察は誰もが知る機関ですが、その歴史や仕組みについては意外と知られていないのではないでしょう…

梅干しの歴史と効能について調べてみた

はじめに梅干し・・・この文字を見つめているだけで口中に唾液がじわじわと湧いてきませんか?…

【入れ墨を背負った大臣】小泉又次郎とは「孫は首相、曾孫は防衛大臣に」

小泉又次郎(こいずみ またじろう)は、1929年7月から1931年4月まで続いた濱口内閣と、…

【キラキラネームの先駆者】 森鴎外の子供たちの一風変わった名前とは

森鴎外(もりおうがい)といえば明治時代を代表する大文豪です。「文壇の神様」というあだ…

「愛妻家なのに遊女を側室にして隠し子まで…」 藤堂高虎の妻たち

戦国時代の築城名人として、そして主君をたびたび変えた武将として知られる藤堂高虎。近江の武士か…

アーカイブ

人気記事(日間)

人気記事(月間)

人気記事(全期間)

PAGE TOP