調べてみた

ペストの歴史 「ヨーロッパの人口の3分の1を死に至らしめた病原体」

2020年の世界的な新型コロナウィルスの流行により、私たちの生活様式は一変している。

しかし、歴史を見てみるとコロナ以上に猛威をふるった病は多く存在していた。

今回は中世ヨーロッパにおいて爆発的に流行し、当時のヨーロッパ人口の3分の1を死に至らしめたペストについて調べてみた。

ペストとは

ペストとは、齧歯類(げっしるい)が宿主となってダニを媒介し、感染が拡大する原因になる細菌である。

ペストは非常に致死率の高い病気であることで知られており、その致死率は治療を行わない場合は60~90%。適切な処置を行った場合は10%である。
ペストは人から人への感染も確認されている。
感染源はペスト菌を持ったノミからの感染である。

症状は、発熱、脱力感、頭痛などがあり、感染して1~7日後に発症し、感染した人の皮膚が紫黒色になるので黒死病とも呼ばれる。

現在日本においては一類感染症の扱いになっており、天然痘、エボラ出血熱などと同類に扱われている。

ペストの歴史

ペストで黒くなってしまった手

ペストによる被害の歴史

ペストは歴史上において確認されている大流行(パンデミック)が3回あるといわれている。

1、 西暦541-750年の流行
2、 西暦1331年-1855年の流行
3、 西暦1855年-1960年の流行

である。

それぞれの流行の過程やその後の影響を書いていきたいと思う。

第一のパンデミック

第一のパンデミックは、西暦541-750年に東ローマ帝国(ビザンツ帝国)において発生したペストである。

エジプトからパレスチナ、そしてビザンツ帝国の首都コンスタンティノープルへと被害は拡大し、帝国の人口の約半数が死亡したと言われており、当時のビザンツ帝国皇帝ユスティニアヌスも感染したことから「ユスティニアヌスの斑点」ともいわれている。

ペストの歴史

ユスティニアヌス帝

ユスティニアヌス自身はこの後、なんとか一命をとりとめた。
この流行の結果、ビザンツ帝国は機能不全に陥り、帝国の衰退を招いた。

このペストの流行はビザンツ帝国にとどまらず西ヨーロッパ諸国にも波及し、最も被害の大きい時期では毎日5000~10000人の死者が出たと言われている。

しかし西ヨーロッパ諸国は、交通網の発達の遅れや人口密度の低さ、そしてアルプス山脈の存在も大きく被害はまだ少なかった。

この大流行のきっかけは、当時中央アジアにいた遊牧民族フン族がもたらしたと言われているが、直接的な経路は当時ビザンツ帝国がエジプトから海路、陸路を通じて輸入していた穀物を運んでいた貨物の中にペストを保菌したノミやネズミが紛れ込んでおり、それがコンスタンティノープルでの流行に繋がったと考えられている。

第二のパンデミック

第二のパンデミックは、 西暦1331年-1855年に中央アジア、中国、そしてヨーロッパに広がったペストで、世界的な大流行になった。

この時期はモンゴル帝国がユーラシア大陸を席巻していた時代も重なっており、中国からヨーロッパにかけて人の往来が盛んになった時期でもある。さらに後半になると航海技術の発展により、荷物に紛れ込んだネズミやノミにより世界中に拡大した。

この時期に最も被害を受けたのはヨーロッパであった。

1347年、コンスタンティノープルから出港したガレー船の船団がシチリアに到着したことが発端といわれる。貨物の中の毛皮にノミがついており、そのノミがペストを拡大させた。
14世紀末まで3回の大流行と多くの小流行を繰り返し、猛威を振るった。

全世界で8500万人、当時のヨーロッパ人口の3分の1~2にあたる約2000~3000万人前後、イギリスやフランスでは過半数が死亡したと推定されている。

このパンデミックにより、ローマカトリック教会の権威は以前ほどの力を失ったとされている(神に祈ってもペストが収まらなかったため

この時、ユダヤ人の被害があまり多くなかったことから、ペストの原因はユダヤ人が井戸に毒を入れたという噂が蔓延し、多くのユダヤ人が迫害や虐殺にあった。

後にわかった事ではあるが、キリスト教徒とユダヤ教徒は生活様式に違いがあり、ユダヤ教の方が衛生面に気を遣う教えであったことが大きな分かれ道となったようだ。

ペストの歴史

ヨーロッパにおけるペストの広がり wikiより引用

第三のパンデミック

第三のパンデミックは、西暦1855年-1960年に中国が発祥の原因となったペストで、世界中に蔓延した。

このころは医学の進歩もあり、北里柴三郎は日本政府により香港へ原因の調査派遣をされ、腺ペストの病原菌を発見。

ペストの歴史

北里柴三郎

パスツール研究所の細菌学者の医師アレクサンダー・イェルサンもペスト菌を発見。このことによって世界で猛威をふるったペストの正体と原因が医学的に証明されることになる。

北里柴三郎が開発した腺ペストの抗血清は、現在においても有効である。

欧米列強の植民地政策によって人の往来が世界中に及んだことが最も大きな原因であり、前回の第二パンデミック時より交通網や航海技術が更に進歩したことが、皮肉にも被害を拡大させた。

今回のペストの最大の被害はインドであり、第二次世界大戦が終了した時点での死者数は約1200万人であった。

現在のペスト

現在、ペストの被害は発展途上国ではまだ存在するが、先進国での被害は非常に少ない。

衛生管理が発展した現在社会では、ネズミの大量発生やノミがいる衣類が減ったことが減少の大きな理由である。

しかしWHOによれば 2004-2015年の感染者は56,734名で、死亡者数は4,651名(死亡率 8.2%)であり、完全になくなったとは言えない。

ペストには種類がいくつか存在し、肺ペストの有効な治療方法は現在でも確立されてない。

ペストを題材にした作品

ペストに被害は社会においてだけでなく、文学の分野においても影響を与えている。

・『デカメロン』 ジョヴァンニ・ボッカッチョ
・『ロミオとジュリエット』シェイクスピア
・『ペスト』ダニエル・デフォー
・「ペスト』 アルベール・カミュ

これらはペストが深くかかわっている名作である。

関連記事:
スペイン風邪 ~歴史上最大の猛威をふるったインフルエンザ
人類が根絶できたウイルス「天然痘」の歴史と被害

草の実堂編集部

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コメント

    • 名無しさん
    • 2021年 6月 07日 6:19pm

    ペストはウィルスじゃない。

  1. 修正させていただきました!
    ご指摘まことにありがとうございますm(_ _)m

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