小説から命名された新種の恐竜
今後の研究によって覆される事も多々あるが、新種の恐竜は毎年のように発見されており、2021年にはその名の通り日本で発見されたヤマトサウルスという恐竜が正式に登録されている。(ヤマトサウルスの化石自体は2004年に淡路島で発見されている)
本当はヤマトサウルスに付いて書きたいところだが、直近になって更なるビッグニュースが飛び込んで来た。
2022年7月7日(現地時間)付けの学術誌『カレント・バイオロジー』で、新種の恐竜「メラクセス・ギガス」の名前が発表されたのである。(由来はアメリカのテレビドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』の原作小説『氷と炎の歌(A Song of Ice and Fire)』に登場する同名のドラゴン「Meraxes」から)
今回は、メラクセスの発見と、メラクセスが与えた研究への影響を解説する。
パタゴニアで発見されたアルゼンチンの支配者
2012年、アルゼンチンのパタゴニア地方北部で新種の恐竜の化石が発見された。
ほぼ完全な頭、腕、下半身を含む骨格は、白亜紀の中盤を支配した大型獣脚類グループ、カルカロドントサウルス科の骨格の中で最も状態のいいものだった。(最初に書いた通り、研究の結果その恐竜は新種である事が判明して2022年7月にメラクセスと命名される)
完全な骨格が発見された訳ではないが、メラクセスは1メートル20センチにもなる大きな頭骨と、頭の半分しかない60センチという短い腕を持っていた事が発見された化石から分かっており、推定で全長11メートル、体重4トンと、T-REXよりやや小さいが、当時のアルゼンチンを支配した文句無しの大型獣脚類だった。
メラクセス発見の意味と価値
T-REX顔負けのサイズを持った新種の大型肉食恐竜の命名というだけでも興奮しかないニュースだが、メラクセスの発見は獣脚類の研究に於いても大きな意味を持つものだった。
前述した通り大きな頭に短い腕は大型獣脚類の特徴だが、ティラノサウルス科とアベリサウルス科に加え、メラクセスの所属するカルカロドントサウルス科も加わった事により、同じような特徴を持ったグループが3つに増えた。
アベリサウルス科のように更に短くなるのは極端な例であるが、別系統の恐竜でも大半の大型獣脚類が似たような姿になるのは「収斂進化(しゅうれんしんか)」であるという説が指摘されるようになった。
短い腕は何のため?
比較的腕が長かったアロサウルスが支配したジュラ紀から白亜紀に入って徐々に腕が短くなっていった獣脚類だが、強力な顎を得た事によって獲物を丸飲み出来たため、腕に利用価値がなくなり徐々に縮んでいったという説が有名だ。
獲物を追っても掴んで捕らえる事が出来ず、仕留めても口に届かないため食事には役立たないと考えられていたが、単なる飾りとも思えないため、腕の使い道に関して様々な説が議論されていた。
そんな中、T-REXより数千年も前に登場したメラクセスが既に短い腕を持っていたのは何らかの意味があり、T-REX(というより獣脚類)の短い腕にも意味があったと議論がヒートアップするようになった。
昔はT-REXの短い腕は人間と腕相撲しても負けるという説もあったが、昨今の研究によると、T-REXの腕は想像以上の力があり、腕相撲で人間を圧倒したのは言うまでもなく、指が3本から2本に減った分、爪に掛かる圧力が50パーセント強くなったため、一撃の強さは更に強くなっていたという説が提唱されるようになった。
これに関して自分の意見を述べると、T-REXの腕の力が強かったのは事実で、獲物を攻撃する事が出来たかは不明だが、爪も使う機会があれば相当な威力があったと思う。
ただ、指の数が減った事によって一撃の力が更に強くなったという説の根拠にはやや疑問がある。(ヴェロキラプトルのように実験結果と、現在有力視されている説の間で乖離が生まれるのも珍しい話ではない)
他にも、交尾の際にメスを掴むのに使っていたという説や、起きる時に支えとして使っていたという説もあるが、実際にその恐竜がどのような使い方を見る事が出来ないので、自分が生きている間に結論が出る可能性は限りなく低いだろう。
2010年代最大の発見
今回は、新種の恐竜メラクセスの発見と、それによって研究に与えた影響を解説した。
獣脚類の腕に関する議論は昔からされており、近年の研究の結果、短くなった腕は退化して意味がない、ただの飾りという説はほとんど否定されていたが、メラクセスの発見によって短い腕にも何らかの用途があったという説が更に有力視されるようになった。
個人的には手足のバランスの美しいアロサウルスこそが完璧な肉食恐竜と思っているが、別系統の種族が同じような姿になっていった獣脚類の進化は恐竜ファンとして非常に興味深いものであり、近年に於ける恐竜進化の議論を盛り上げたメラクセスの功績は非常に大きい。(最初に書いた通り、メラクセスの化石自体は2012年に発見されており、専門家の間では10年前からヒートアップしていた)
余談だが、メラクセスと同じアルゼンチンに生息していた小型獣脚類のアルバレスサウルスも腕が短かったが、この事実は特に鳥類に近い恐竜がアルゼンチンに存在した証拠とされている。
メラクセスやアルバレスサウルスの後に現れたアベリサウルスやカウノタウルス(どちらもアベリサウルス科でカルカロドントサウルス科のメラクセスとは全くの別系統)は更に腕が短くなっており、アルゼンチンの獣脚類は腕が短くなるよう進化していた(腕が短い方が有利になる環境だった)可能性が高くなった。
可能性が高い=確定ではないが、メラクセスの発見は進化と環境に関するヒントとなる、二重の意味で恐竜の研究に大きな影響を与えた2010年代最大の発見だった。
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