
画像 : 両性具有を表したイラスト public domain
現代社会では、多様性やジェンダーをめぐる議論が盛んに行われている。
しかし、こうしたテーマは決して新しいものではなく、古代から人々の想像力の中に存在してきた。
神話や伝承には、性別の境界を越えた存在や、男女双方の特徴を備えた神・怪物の物語が数多く語られている。
今回は、そうした「両性具有」「ジェンダーレス」の姿を描いた神話や伝承をいくつか紹介する。
ギリシャ神話

画像 : 蛇を打ち、女性と化すテイレシアス public domain
ギリシャ神話の中でも特に有名な両性転換の逸話に、予言者テイレシアスの物語がある。
詩人オウィディウス(紀元前43〜紀元後17頃)の『変身物語』によれば、テイレシアスは元来男性であったという。
ある時、キュレネー山で交尾中の蛇を見つけた彼は、どういうわけかこれを杖で叩きのめした。
すると蛇の祟りか、摩訶不思議にもテイレシアスの肉体は、女性へと変貌してしまった。
女性と化して7年ほど経った頃、テイレシアスは再び交尾中の蛇を見つけたので、これを再び打ちのめすと、男に戻ることができた。
このテイレシアスの奇妙な体験を聞きつけたギリシャ神話の主神・ゼウスと、その妻・ヘラは、彼に「男と女では、どちらが快楽が大きいのか?」と質問を投げかけたという。
(※ゼウスは女の方が快楽は大きい、ヘラは男の方が快楽は大きい、という主張で言い争っていた)
テイレシアスが「女の方が、男の9~10倍ほど気持ちよくございます」と答えたところ、ヘラは激怒し、彼を盲目にしてしまった。
これを憐れんだゼウスは、代償として長寿と予言の力を与えたと伝えられている。
『変身物語』には、他にも両性の逸話が語られている。
それは、ヘルメスとアフロディーテの子・ヘルマプロディトスの物語である。
彼は容姿端麗の若者であったが、ある日サルマキスという泉のニンフ(女の妖精)に見初められた。
サルマキスは繰り返し言い寄ったが、彼はその誘いを拒み続けた。

画像 : サルマキスとヘルマプロディートス public domain
やがて業を煮やしたサルマキスは、水浴びをするヘルマプロディトスに飛びかかり、無理矢理肉体関係を持とうとする。
サルマキスは彼にしがみつき「神よ、どうか私たちを引き離さないでください」と祈った。
すると不思議にも二人の肉体は融合し、両性具有の怪人として生まれ変わったという。
ヘルマプロディトスの尊厳を完全に無視した、なんとも身勝手な伝承である。
日本の伝承

画像 : 否哉『今昔百鬼拾遺』より public domain
江戸時代の妖怪絵師・鳥山石燕(1712〜1788年)の『今昔百鬼拾遺』には、否哉(いやや)と名づけられた怪異が描かれている。
後ろ姿は美しい女性のようであるが、水面に映る顔は醜い男のものであるという。
石燕はその由来について「中国の東方朔が奇怪な虫に『怪哉』と名づけたことにちなむ」と記している。
現在ではこの妖怪は「いやみ」と呼ばれており「女装した老人」の怪異として描かれることが多い。
古代エジプト神話

画像 : ハピ wiki c Jeff Dahl
エジプトといえば乾燥した砂漠の国を思い浮かべるが、古代においてはナイル川の氾濫が豊かな沃土をもたらし、人々の生活を支える源であった。
このナイル川を神格化した存在が、ハピ(Hapy)である。
その姿は肥満体の男性として表されるが、胸部には奇妙にも、女性のように豊満な乳房が垂れ下がっている。
これは、ナイル川の荒々しさと豊かさを男女混合の肉体で表現したとも、単に脂肪で弛んだ乳を描いたものだともいわれる。
ハピは古代エジプトで篤く信仰され、氾濫期には人々が供物を川に捧げて豊作を祈願したと伝えられる。
こうした古代的儀礼は時代とともに衰退し、20世紀には祝祭としての「ワファー・アン=ニール」が主となった。
このように、神話や伝承に描かれた両性具有の姿は、性の境界を越えた存在を通じて、人間が古代から多様性や豊穣、そして生命の根源を探り続けてきたことを示しているといえるだろう。
参考 :
『変身物語』『今昔百鬼拾遺』
The Complete Gods and Goddesses of Ancient Egypt
文 / 草の実堂編集部
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