平安時代

暑い夏には、よく冷やした瓜が一番!『今昔物語集』より、行商人と爺さんのエピソードを紹介

立秋(※)とは名ばかりの暑さが続く今日この頃、皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。

(※)りっしゅう。二十四節気の第13番で、この日から秋が始まるとされる。令和4年(2022年)は8月7日。

さて、こんな暑い日にはよく冷やした西瓜(スイカ)が美味しいものですが、今回は瓜(うり。ここでは甜瓜)にまつわる昔話を紹介。

今は昔の旧暦7月ばかり(現代の新暦に直すとちょうど8月ごろ)、とても暑い日のことでした……。

瓜を一つ分けてくれ……見すぼらしい爺さんの頼み

「おい、ここらで休もうぜ」

大和国(現:奈良県)からたくさんの瓜を駄馬に積み、京都へと運んでいる行商人たちが、宇治の北にある「成らぬ柿の木」の木陰で休憩します。

遠路はるばる、京都を目指す行商人たち(イメージ)

宇治まで来れば、京の都まではもう一息。瓜の籠を馬から下ろすと、行商人の一人が言い出しました。

「おい、持って来た瓜を食おう」

売り物用の瓜とは別に、自分たちが水分を補給するための瓜を持って来ていたので、それを切り分けて食ったらそれはもう美味いこと。

「いやぁ、たまらねぇな」

「このたっぷりとした果汁と爽やかな甘み、そしてシャクシャクと引き締まった食感!」

「まったく、生き返る心地だ!」

とまぁワイワイ食っていると、えらく年老いた見すぼらしい爺さんがやってきました。

「その瓜、わしにも分けて下さらんか。喉が渇いて死にそうなんじゃ……」

しかし行商人らはなけなしの瓜を惜しんで断ります。

「ダメだよ爺さん。これは他人様への届け物なんだから、食ったら怒られちまう」

「さぁさぁ、物欲しげに見てないであっちへ行った行った。せっかくの瓜が不味くならぁ」

つれない行商人たちに、爺さんは恨み言を洩らしました。

「まったく血も涙もない方々よ、哀れな年寄りを前に情けの一つもかけぬとは……仕方ない。自分で瓜を作って食うとしよう」

一体何を言っているんだ……戯言を嘲笑う行商人に構わず、爺さんはその辺の木片を拾って道の片隅をほじくり返します。

ほじくり返した地面から……

「おい爺さん、何をしようってんだ」

「知れたこと。ここに畑を作って瓜を育てるんじゃ」

吐き捨てられた瓜の種を拾い集めた爺さんは、それをほじくり返した穴に植えました。

「何を言ってるんだ。そんな今植えた瓜の種がすぐ実になる訳ないだろう」

「そうとも。俺たちが日ごろどんなに苦心して瓜を作っていると思っていやがる」

「下らない当てつけをしていると、いい加減にぶちのめすぞ!」

行商人らが怒りの声を上げたと思ったら、何と爺さんの植えた瓜の種が、たちまち芽吹いて双葉を出したのです。

「「「えっ!」」」

たちまち地面を覆い尽くした瓜の畑(イメージ)

芽吹いた瓜はあれよあれよと蔦をのばし、道路一面を覆い尽くすばかりに成長。そしてポコポコと瓜の実が膨らみました。

「さぁ出来た。一つ試しに食うてみよう……シャクシャク、あぁ美味い。やっぱり自分で作った瓜は最高じゃのう!」

呆気にとられる行商人らへ、爺さんは瓜をもいで寄越します。

「さぁ、あんたらも食いなされ。この暑さじゃから瓜一つじゃ食い足りなかろう」

「え、いいのかい爺さん?」

「あぁ。こういうのはケチケチしないでみんなで食うのが一番美味いんじゃ。ホレ遠慮せずどんどん食うんじゃ」

「「「いただきます!」」」

たちまち瓜をならせた神通力、そして惜しみなく分け与える気前のよさ。あぁこの人は神様なんじゃあなかろうか……こうして行商人たちは爺さんが作った瓜をたらふく食って、腹と喉を心ゆくまで潤しました。

瓜がない!さては?

「さぁ、すっかり食ったな。それではわしは帰る。道中、気をつけてな」

「ありがとう爺さん、達者でな」

どこへともなく去っていった爺さん。もういい加減休憩にも飽きたし、暑さも落ち着いてきたのでそろそろ出発しようと思った矢先。

「おい、瓜がなくなっているぞ!」

そんなバカな……確認してみると、あれだけ籠に積んであった瓜が一つもありません。

「いったい、誰が盗んで行ったんだ……」

「分かったぞ、犯人はあの爺さんだ!」

つまり爺さんは外術(げじゅつ。外道の術)を使って瓜を生やしたように見せかけ、実は籠の中から瓜を取り出していたという案配。

「てぇ事は、俺たちが喜んでバクバク食っていた瓜は……」

そりゃ美味かった訳だよ。何せ自分で作った瓜なんだから(イメージ)

「大和から汗水流して運んできた、自分たちの瓜だよ畜生!」

「あの爺ぃ、俺たちを謀(たばか)りやがって、絶対に許さねえ!」

とは言え、あの爺さんがどっちの方角へ去って行ったかさえ定かではありません。これも外術の仕業なのでしょう。

商品の瓜を自分で食ってしまってはしょうがない……目指す京都を目前にしながら、行商人たちはすごすごと大和国へ帰って行ったということです。

終わりに

今は昔、七月許に、大和國より多くの馬共瓜を負せ列ねて、下衆共多く京へ上りけるに、宇治の北に、成らぬ柿の木と云ふ木有り、其の木の下の木影に、此の下衆共皆留まり居て、瓜の籠共をも皆馬より下しなどして、息み居て冷みける程に、私に此の下衆共の具したりける瓜共の有りけるを、少々取り出でて切り食ひなどしけるに、其の邊に有りける者にや有らむ、年極じく老いたる翁の、帷に中を結ひて、平足駄を履きて、杖を突きて出で來て、此の瓜食ふ下衆共の傍に居て、力弱氣に扇打仕ひて、此の瓜食ふをまもらひ居たり。

暫く許護りて、翁の云はく、「其の瓜一つ我れに食はせ給へ。喉乾きて術無し」と。瓜の下衆共の云はく、「此の瓜は皆己れ等が私物には非ず。糸惜しさに一つをも進るべけれども、人の京に遣す物なれば、否食ふまじきなり」と。翁の云はく、「情座さざりける主達かな。年老いたる者をば『哀れ』と云ふこそ吉きことなれ。然はれ、何に得させ給ふ。然らば翁、瓜を作りて食はむ」と云へば、此の下衆共、戯言を云ふなめりと、可咲しと思ひて咲ひ合ひたるに、翁、傍に木の端の有るを取りて、居たる傍の地を堀りつつ、畠の樣に成しつ。其の後に此の下衆共、「何態を此れは爲るぞ」と見れば、此の食ひ散らしたる瓜の核共を取り集めて、此の習したる地に植ゑつ。其の後、程も無く、其の種、瓜にて二葉にて生ひ出でたり。此の下衆共、此れを見て、奇異しと思ひて見る程、其の二葉の瓜、只生ひに生ひて這ひ絡りぬ。只繁りに繁りて、花榮きて瓜成りぬ。其の瓜、只大きに成りて、皆微妙き瓜に熟しぬ。

其の時に、此の下衆共此れを見て、「此れは神などにや有らむ」と恐ぢて思ふ程に、翁、此の瓜を取りて食ひて、此の下衆共に云はく、「主達の食はせざりつる瓜は、此く瓜作り出だして食ふ」と云ひて、下衆共にも皆食はす。瓜多かりければ、道行く者共をも呼びつつ食はすれば、喜びて食ひけり。食ひ畢つれば、翁、「今は罷りなむ」と云ひて立ち去りぬ。行方を知らず。其の後、下衆共、「馬に瓜を負せて行かむ」とて見るに、籠は有りて、其の内の瓜一つも無し。其の時に、下衆共手を打ちて奇異しがること限無し。「早う、翁の籠の瓜を取り出だしけるを、我れ等が目を暗まして見せざりけるなりけり」と知りて、嫉がりけれども、翁行きけむ方を知らずして、更に甲斐無くて、皆大和に返りてけり。道行きける者共、此れを見て、且は奇しみ、且は咲ひけり。

下衆共、瓜を惜しまずして、二つ三つにても翁に食はせたらましかば、皆は取られざらまし。惜しみけるを翁も みて、此くもしたるなめり。亦、變化の者などにてもや有りけむ。其の後、其の翁を遂に誰人と知らで止みにけりとなむ、語り傳へたるとなり。

※『今昔物語集』巻第二十八第四十「外術を以て瓜を盗み食はるる語」より

わずか一つばかりの瓜を惜しんで怒りを買い、すべての瓜を損ねてしまった行商人たちのお話しでした。

あの爺さん、貧乏神だったのかも知れない。月岡芳年「芳年存画 邪鬼窮鬼」

皆さんも困っている人を見かけたら、可能な限り分けてあげた方が、要らぬ祟りを招かずにすむかも知れません。

※参考文献:

  • 森正人 校注『新 日本古典文学大系 今昔物語集 五』岩波書店、1996年1月
角田晶生(つのだ あきお)

角田晶生(つのだ あきお)

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