中国史

漢の高祖・劉邦の4男『文帝』の墓から発見された 「奇妙な副葬品」

漢文帝の墓

中国の陝西省西安市には、昔から「江村大墓」と呼ばれる古墓があった。

そして2021年、なんとこの古墓が前漢初期の皇帝・文帝と、その妻・竇皇后、そして文帝の生母・薄太后のものであることが判明したのである。

画像 : 文帝 第5代皇帝 public domain

文帝は前漢の第5代皇帝で(第3代とする場合もある)、あの漢の高祖・劉邦の4男(庶子)であり、中国史上屈指の名君とされている。

その墓の規模と副葬品から、王朝の中でも最も位の高い者に施された埋葬法であることがわかった。

漢文帝の墓から東北およそ800メートルの場所に竇皇后の墓、西南2000メートルの場所に生母・薄太后の墓が発見された。

漢文帝の墓室の全長は約72メートル、深さは約30メートル余り、そしてその周りには110以上もの坑が見つかり、その中から多くの副葬品も見つかっている。

また、この「江村大墓」は、壁で囲まれていたことも分かっている。

奇妙な副葬品

この古墳の8番坑の周りから、非常に奇妙な物が発掘された。

それは考古学的には「着せ替え式陶俑(とうよう)」と呼ばれる陶器の人形だった。

その陶器の人形は埋葬された時、おそらく服を着ていたと思われる。だが、その衣服はすでに長い時を経て分解したのか朽ちてしまっていた。そのせいで全ての人形は裸の状態であった。

その多くは胴体と腕が分離しており、頭部が外れたものもあった。
もともと腕は肩から取り外しできるような作りになっており、多くは肩の部分からすっぽりと抜け落ちていた。

おそらく腕は木で作られており、朽ちてしまったと考えられている。

腕のないマネキン」を想像していただけると良いだろう。

画像 : 発掘された着せ替え陶俑 public domain

足は体と一体になっていたため、ほとんどが残っており、真っ直ぐ立っているものもあれば、少し前屈みになっているものもあった。

顔は兵馬俑ほどではないが、精巧に作られており生き生きとしている。

そしてその数、なんと千体以上であった。なんとも奇妙な光景である。

着せ替え陶俑

古代中国では、生きた人が副葬品として死者とともに埋葬された歴史がある。

古代中国人は死後の世界を重視しており「死後は永遠」とされていたことから生まれた埋葬法であった。
後に「生き埋めにされる兵士が多いと国の衰退に繋がる」といった理由から、生きた人を副葬品にすることはなくなった。

そして生きた人間の代わりに、人の形を模った陶器や木で作られた人形が死者と共に埋葬されるようになったのだ。

兵馬俑はその大規模な例である。

画像 : 兵馬俑 public domain

兵馬俑は生きた人を使って作ったのか? 「始皇帝の陸墓」
https://kusanomido.com/study/history/chinese/58239/

そして、漢文帝の墓でも多くの陶俑が皇帝と共に埋葬されたのだ。

兵馬俑はほぼ等身大か、それより大きな物であったが、漢文帝の墓から発見されたのは標準成人男性の三分の一ほどの大きさだった。

犯罪者の陶俑

実はこれらの着せ替え陶俑の中には、一際変わったものもあった。

それは犯罪者の陶俑「刑徒俑」である。

画像 : 囚人陶俑(刑陶俑) public domain

なんと首や足には鉄の枷がはめられていた。

刑陶俑のモデルとなった囚人たちは、おそらく鉄の重たい枷をつけられて重労働を課せられていたのであろう。
頭の毛も剃られており、これも精神的な苦痛を与えるための精神的刑罰であった。

一般的には副葬品は「縁起の良いもの」という概念がある。
ところが、漢文帝の墓には「囚人の陶俑」が埋められていたのである。これもまた前漢の研究における新しい発見である。

漢文帝は「国民を大切にした名君」とされている。

囚人の陶俑が墓から見つかったということは、墓の建設に囚人たちが駆り出されて働かされていたのではないかと考えられる。

それはつまり、国民の労働を軽減することになり、囚人たちも経済活動に従事できたのだ。

専門家たちはこの「江村大墓」を、漢代の歴史の秘密を紐解く重要な宝箱と見ている。

参考 :
西安白鹿原江村大墓确定为汉文帝霸陵

 

草の実堂編集部

投稿者の記事一覧

草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く
Audible で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 兵馬俑の親指を盗んだアメリカ人 「破損した兵馬俑の価値は450万…
  2. 古代中国の枕事情とは 「硬い陶器の枕が流行していた?」
  3. 古代中国の占いはどのように進化したのか?【八卦 奇門遁甲】
  4. 端午の節句にちまきを食べるのはなぜ? 「春秋時代の詩人 屈原の死…
  5. 『中国の観光地が渋滞で限界突破』 万里の長城が満員電車状態、砂漠…
  6. 孔子の自由な教育スタイルと優秀な弟子たち 【学費は干し肉だった】…
  7. 幻の秘薬は人の排泄物だった!? ~古代中国の驚きの漢方薬とは
  8. 傾国の悪女・妲己の伝説 「怖すぎる処刑法と酒池肉林、九尾の狐だっ…

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

【味噌で天下統一?】 朝鮮出兵で一躍有名になった伊達政宗の仙台みそ

愛知然り、信州然り、強力な戦国大名がいた土地には、美味しい味噌があることが多いです。…

立花道雪・生涯無敗の雷神【武田信玄も対面を希望した戦の天才】

立花道雪とは大友宗麟に仕えた立花道雪(たちばなどうせつ)こと戸次鑑連(べっきあきつら)は、そ…

ラプラスの悪魔について調べてみた

※ラプラスピエール=シモン・ラプラス(Pierre-Simon Laplace, 174…

『西洋史で最も醜い祭り?』貴族が庶民を見世物として笑った「クッカーニャ」とは

「働かなくても暮らせる世界があったら」と思ったことはありませんか。現代に生きる私たち…

フリー素材イラストサイト開設しました!

草の実堂に新たにサイトが開設されました。スポンサードリンク&…

アーカイブ

人気記事(日間)

人気記事(月間)

人気記事(全期間)

PAGE TOP