中国人のイメージ
外国人が抱く中国人のイメージといえば、人口の多い国、共産党国家、美食の国などが挙げられるだろう。
しかし実際に中国で暮らしたり、中国人の友人を持つ人なら、もう一つの特徴を実感するはずだ。
それは「白湯(さゆ)」をよく飲むことである。

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中国では白湯、つまり「熱い湯」を飲むことが健康の基本とされている。
頭痛がすると言えば「白湯を飲みなさい」、風邪をひいたと言えば「白湯を飲みなさい」と返ってくる。まるで万能薬のように信じられているのだ。
一方で、冷たい飲み物や氷菓子は「身体を冷やすもの」として避けられ、夏でも熱い湯を口にする人が多い。
現代の中国では、学校や駅、空港などほとんどの公共施設に給湯設備が整い、マイボトルさえあればいつでも熱い湯を注ぐことができる。
こうした白湯文化は今や生活の一部となっており、世代を越えて受け継がれている。
では、なぜ中国人はこれほどまでに熱湯を好むようになったのか。
その背景には、近代以降に進められた国家的な衛生政策が関係している。
白湯文化を広めた近代の衛生運動

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中国では古くから茶の文化があり、湯を沸かして飲む習慣は二千年前の漢代にはすでに見られた。
しかし、それが社会のすみずみにまで浸透したのは、近代以降のことである。
1930年代、国民政府は「新生活運動」を通じて国民の衛生観念を向上させる政策を進めた。
そのなかで「生水を飲まず、必ず煮沸した水を口にする」ことが推奨され、これが白湯を飲む習慣を全国的に広めるきっかけとなったのだ。
その方針は、建国後の中華人民共和国にも受け継がれる。
1952年に始まった「愛国衛生運動」では、伝染病予防と防疫を目的に煮沸飲水を奨励し、学校や職場、公共施設に給湯設備が整えられた。
この政策により、白湯は日常の衛生習慣として定着していく。
こうして生まれた白湯文化は、中国本土だけでなく、戦後に国民党が移った台湾や、世界各地の華人社会にも受け継がれ、今も独特の生活風景として息づいている。
医者も支持する白湯信仰

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白湯を飲むことの効能は、中医学でも広く認められている。
古代の医書『黄帝内経』には「形寒飲冷則傷肺」とあり、冷たい水は身体を損なうとされた。
その考え方は現代の漢方医にも受け継がれ、夏であっても温かい湯を飲むよう勧める者が多い。
明代の記録にも、忠臣が「涼水を飲みて早く死を願う」と記されるなど、冷水を忌避する思想が広く浸透していた。
こうした伝統と衛生観念が合わさり、白湯はやがて健康を守る象徴となっていったのだ。
1993年、アメリカ・ミルウォーキーで発生した大規模な水汚染事件では、煮沸飲水を習慣とする中華系住民が比較的被害を受けにくかったともいわれている。
この出来事は「白湯が命を救った」として語り継がれ、白湯文化の象徴的な逸話となった。
古代の思想と近代の衛生観が重なり、白湯は今も静かに暮らしの中に息づいている。
参考 : 『黄帝内経(素問・霊枢)』『新生活運動史料』他
文 / 草の実堂編集部
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