三國志

裸より恥ずかしい?古代中国の人々が絶対に隠した「ある部分」とは ※三国時代のファッション

気になる三国時代のファッション

長い人類の歴史に於いて、紀元前から現代まで世界的に共通する趣味の一つがファッションである。

画像 : 靴 イメージ 著者撮影

誰にでもお気に入りの服やアクセサリー、靴があり、身に付けるのは勿論、コレクションのためにそれらを集めている人も少なくない。

三国時代を中心に執筆している筆者にとっても、当時の人々がどのような服装で日常を過ごしていたのかは、自然と気になるテーマである。

当然ながら当時の衣類は現存はしていないが、史書にも大まかではあるが記録が残っており、ドラマなどの映像作品で高いクオリティで再現されている。

今回は、ドラマ『三国演義』を中心に、当時のファッションを紐解いて行きたい。

和装のルーツは中国にあり

画像 : イメージ

最初にここでの「ファッション」の定義だが、戦場で用いられる鎧や甲冑ではなく、日常の場で武将や平民が身に着けていた服装や、政治の場で皇帝などの権力者が着用した衣装を中心に紹介する。

まず、ドラマを見て気付くのは、漢民族の着る前合わせの衣装が、日本人の連想する着物に近い事だ。

元々中国の「呉」に由来する織物や技法が伝わったことから「呉服」と呼ばれるようになったように、着物の原型が中国に求められるのは自然な流れである。

それも当然ではあるのだが、ここで興味深いのは、庶民と上流階級で中身が大きく違う事だ。

上流階級と庶民の衣服の違い

画像 : 『関羽五関を破る図』李典・張遼・徐晃の名が記された場面 Public domain

筆者は着物を見慣れた日本人なので、ドラマの日常パートで曹操配下時代の関羽と張遼が、着物姿で会話をしていても何の違和感も感じなかったが、彼らは武将で、いわば「特権階級」である。

これが庶民の労働者階級になると、単衣の筒袖にズボン状の衣類を合わせた、今の作務衣スタイルに近かった。

画像 : 後漢時代の男性像 上海博物館 CC BY-SA 3.0

但し、着心地や素材にまでこだわっている現在と違い、庶民は麻、上流階級は絹と素材も大きく違った。

筆者も超高級素材の服を着た経験がないので違いを語る事は出来ないが、皇帝となった劉備の衣装は、質感からデザイン、着心地まで最高級で、まさに天下を取った気分になれただろう。

裸より恥ずかしい?当時の人が絶対に隠したものは?

画像 : 南蛮遠征イメージ 草の実堂作成(AI)

『三国演義』でも蜀の南蛮遠征が描かれているが、第65回『孔明の南征』では、行軍中の蜀軍の兵士が毒の川にはまり、死屍累々となるシーンがある。(演義に於ける南征はほぼファンタジーの世界の話なので、当時の中国に入った者は毒で死ぬような恐怖の川は存在しなかったと思われる)

さて、生身で川を渡る以上、命を守るため兵士は鎧を脱がなければならない。

そう、川で死体として転がっている兵士は全員全裸なわけだ。

このシーンの撮影のため、監督自ら服を脱いで川に飛び込み、エキストラを鼓舞したという伝説が残っているが、全国ネットのテレビドラマでここまで惜しみなく男の裸の死体を映した作品はないだろう。

これが彼らの仕事とはいえ、ドラマの撮影で裸になる事に戸惑いはあっただろうが、これは現代に生きる人間の価値観である。

三国時代から更に遡り、孔子の弟子である子路(しろ)が襲撃を受けて死ぬ直前に「君子は冠を正して死ぬものだ」と、被っていた冠の紐を結び直したという逸話が残されている。

画像 : 仲由(子路)Public domain

これは、髪も親から貰った大切な身体の一部であり、髪を切るなどもってのほか、という昔の中国の価値観から来ており、断髪は刑罰の一つにもなっている。(夏侯令女「かこうれいじょ」は、亡夫、曹文叔「そうぶんしゅく」のため、髪に加え耳と鼻まで切り落とした罪人同然の身体になってまで再婚を拒否した)

この通り髪は大切なものであり「何も被っていない頭を見られるのは裸を見せるよりも恥ずかしい」ものだった。

これは「露頂」といい、日本でも貴族が烏帽子を被っていない頭を見られる事を恥じる文化があった。

改めてドラマのシーンを見返すと、兵士たちは全員バンダナのような被り物をしている。

この死に方は正しく「ケツは見せても、何も被ってない頭は絶対に見せるな」という当時の価値観に則ったものだった。

思えば禰衡(でいこう)も曹操に呼ばれた席で、公衆の面前で衣を脱ぎ身体をさらして人々を驚かせているが、やはり被り物はしていたはずだ。

皇帝や貴族は冠を被り、その豪華さで自身の地位を表現していたが、庶民も布を巻いてピンで止め、女性も簪(かんざし)を着けていた。

上流階級はともかく、庶民も頭に何かを頭に着けていたが、これはファッションを楽しむためではなく、被り物が礼儀だったからである。

画像 : 帽子 イメージ 著者撮影

私的な話になるが、筆者も帽子(キャップ)が好きであり、好きなチームの帽子のコレクションはささやかな趣味の一つである。

外出時の大半は帽子を被っているため、何かの拍子で三国時代にタイムスリップしても、いわゆる「露頂」で恥をかく事はなかったと思われる。

現代にも通じる三国時代のファッション

画像 : 三国時代の墓室壁画 女性の襦裙姿(3世紀) Gary Lee Todd CC BY-SA 4.0

今回は、ドラマの映像から三国時代のファッションと、価値観を紹介した。

前合わせの衣類として着物を着る人は日本も中国も今日では少数派となっているが、そのセンスは現代人が見ても違和感のないものであり、着物の原型は1800年(更にいうと2000年以上前の前漢時代)から完成されていた事に驚かされる。

冠の文化も中国から日本に伝わったものであり、東アジアに於ける影響力の強さを改めて実感した。

そして、30年前に映像作品として当時のファッションをほぼ完璧に再現した『三国演義』は、今後も語り継がれるべき実写作品の頂点である。

参考 : 羅漢中『三国志演義』陳寿『三国志』『後漢書』輿服志『論語』憲問篇 他
文 / mattyoukilis 校正 / 草の実堂編集部

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