宗教

出雲大社より格式が上? 出雲が頭を下げる聖地「熊野大社」

さまざまな面で出雲大社を超える熊野大社

有名な神社といえば、多くの人が「伊勢神宮」や「出雲大社(いずもおおやしろ)」の名を挙げるだろう。

この二社のうち、皇室の皇祖神である天照大御神を祀る「伊勢神宮」は、「日本国民の総氏神」と称され、すべての神社の頂点に位置づけられている。

対して、「伊勢神宮」が国家神道における特別な存在であることを踏まえれば、「出雲大社」は山陰地方のみならず、日本全体を代表する神社のひとつとされるのが通例である。

画像 : 出雲大社 御本殿 撮影/草の実堂編集部

しかし、その「出雲大社」が鎮座する島根県には、実は同社の格式を上回るとされる神社が存在するのだ。

とすれば、その神社こそ「伊勢神宮」を除けば、日本で最も格式の高い神社ということになるだろう。

今回はさまざまな面で「出雲大社」を越えるとされる神社「熊野大社(くまのたいしゃ)」についてお話ししよう。

天照大御神の弟・素盞鳴尊を祭神とする

「出雲大社」が鎮座する島根県出雲市、そして「熊野大社」が鎮座する島根県松江市。
この両市は、いずれも旧国名である出雲国に属していた地域だ。

そして、その出雲国の一の宮とされるのが、「出雲大社」と「熊野大社」の二社である。
一の宮とは、簡単にいえば、その国の中で最も格式が高いとされる神社のことだ。

とはいえ、「出雲大社」は全国的にも著名であるのに対し、「熊野大社」については、地元の人や神社に詳しい人を除けば、あまり知られていないのが実情ではないだろうか。

ではなぜ、その「熊野大社」が「出雲大社」と並び、あるいはそれをも上回るとされ、ひいては日本で最も格式の高い神社の一つに数えられているのか、その理由を紐解いていきたい。

画像:熊野大社社殿(熊野大社)

そのためには、先ずは「熊野大社」の由緒を紹介しよう。

同社の創建年代は不明である。

しかし、927年(延長5年)に編纂された『延喜式神名帳』には「熊野坐神社」の名で記されており、さらにそれよりも約200年古い『出雲国風土記』にもその名が見えることから、古くから地元の産土神として信仰されていたと考えられる。

では、「熊野大社」にはどのような神が祀られているのだろうか。
その神名は、「伊邪那伎日真名子 加夫呂伎熊野大神 櫛御気野命(いざなぎのひまなご かぶろぎくまのおおかみ くしみけぬのみこと)」という。

「伊邪那伎日真名子(いざなぎのひまなご)」とは、日本神話の創造神・伊邪那伎命が特に愛した御子を意味する。
「加夫呂伎熊野大神(かぶろぎくまのおおかみ)」は、熊野の地に坐す神聖な神。
そして「櫛御気野命(くしみけぬのみこと)」は、皇祖神である天照大御神の弟・素盞鳴尊(すさのおのみこと)と同一神とされている。

画像:素戔嗚尊(すさのおのみこと)public domain

「熊野大社」の背後には素盞鳴山がそびえ、同社ではこの山を素盞鳴尊の御陵と見なしている。

このように、「熊野大社」の祭神は素盞鳴尊であり、殖産興業・招福縁結び・厄除けの大神として、古くから多くの人々の崇敬を集めてきたのである。

重要な神事・行事の際に熊野大社に出向く

ではここからは、「熊野大社」と「出雲大社」の関係、そして「熊野大社」が「出雲大社」を凌ぐ存在とされる理由の核心に迫っていこう。

前述の『出雲国風土記』などによると、出雲には「熊野大社」と「杵築(きつき)大社」という二社があり、当初は「熊野大社」が一の宮、「杵築大社」が二の宮とされていたという(異説もある)。

この二社の宮司は、いずれも出雲国造家が務めていたが、中世になると「杵築大社」へと拠点を移すこととなった。

そして、明治時代に入ってこの「杵築大社」は社名を改め、「出雲大社」となったのである。

画像:熊野大社 wiki c Monado

このことから、「熊野大社」は当初より「出雲大社(=杵築大社)」よりも上位の存在であったことがわかる。

そのため現在に至るまで、出雲国造の世継ぎの儀式である「火継式(神火相続式)」や「新嘗祭」などの重要な神事は、出雲大社宮司を務める出雲国造家が「熊野大社」に出向いて執り行うのが慣例となっている。

また、毎年10月15日に斎行される神事「鑽火祭(さんかさい)」では、11月23日の出雲大社「古伝新嘗祭」で用いる神聖な火を起こすための「燧臼(ひきりうす)」と「燧杵(ひきりきね)」を、出雲国造自身が熊野大社に赴いて受け取ることでも知られている。

画像:熊野大社鎮火祭(熊野大社)

その際、「出雲大社」からはお礼として大きな餅が持参されるが、それに対して押し問答が交わされる「亀太夫神事」がよく知られている。

この神事では、出雲大社が納めた餅の出来栄えについて、熊野大社の下級神官である亀太夫が「色が悪い」「去年より小さい」「形が悪い」などと、口うるさく苦情を並べ立て、餅に対してあれこれと難癖をつける。

その後、出雲大社の宮司によって「百番の舞」が舞われ神事は終了するのである。

こうしたやり取りからも、「出雲大社」が「熊野大社」の下位に位置づけられていたことがうかがえる。

ちなみに「熊野大社」の境内にある「鑚火殿(さんかでん)」の造りは、非常に独特である。
屋根は萱葺き、四方の壁はヒノキの皮で覆われ、さらに周囲には竹の縁が巡らされている。

画像:熊野大社鑽火殿 wiki c 小池 隆

この鑚火殿の内部には、火起こしのための神器である「燧臼(ひきりうす)」と「燧杵(ひきりぎね)」が大切に保管されている。

「燧臼」は長さ100cm・幅12cm・厚さ3cmの檜板で、この板に長さ80cm・直径2cmの「燧杵」を立て、古来の錐揉み式によって火を起こす。

この火起こしの方法は、素盞嗚尊が伝えたとされ、それゆえ「熊野大社」は「日本火出初社(ひのもとひでぞめのやしろ)」とも称されているのだ。

まとめにかえて

日本で最も格式が高いとされる「出雲大社」よりも、さらにその上位に位置づけられる神社が、同じ島根県内に存在する。
それが「熊野大社」であるということをご理解いただけただろうか。

もちろん、神社にまつわる伝承には定説がなく、さまざまな解釈が存在するのは当然のことだ。

加えて、明治維新以降の新政府の方針により、多くの神社が本来の祭神から政府が望む祭神へと変更されたり、神社名そのものが改められたりと、元の姿を歪められた事例も少なくない。

こうした観点に立てば、「熊野大社」が「出雲大社」よりも上位にあるという主張に懐疑的、あるいは否定的な意見があるのも、無理からぬことだろう。

画像:熊野大社社殿(熊野大社)

しかしながら、島根県出身の多く人が、「出雲大社」と「熊野大社」を比較した際に、「熊野大社」の方をより格式が高いと見なしているのが実情である。

さらに、南北朝初期から戦国時代にかけて、「出雲大社」の祭神が大国主命から「熊野大社」の祭神である素盞嗚尊へと変更されていた歴史的事実も、この見解に十分な根拠を与えているといえるのではないだろうか。

※参考 :
高野晃彰著『日本全国一の宮巡拝パーフェクトガイド』メイツユニバーサルコンテンツ刊
文:高野晃彰 校正 / 草の実堂編集部

高野晃彰

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編集プロダクション「ベストフィールズ」とデザインワークス「デザインスタジオタカノ」の代表。歴史・文化・旅行・鉄道・グルメ・ペットからスポーツ・ファッション・経済まで幅広い分野での執筆・撮影などを行う。また関西の歴史を深堀する「京都歴史文化研究会」「大阪歴史文化研究会」を主宰する。

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