豊臣兄弟!

小一郎の幼馴染・直(白石聖)は実在するのか?悲劇的な末路と二人の子供を考察【豊臣兄弟!】

画像 : 豊臣秀吉と秀長 public domain

大河ドラマ『豊臣兄弟!』は、天下人となる藤吉郎(のちの豊臣秀吉、演 池松壮亮)と、弟である小一郎(のちの豊臣秀長、演 仲野太賀)を描いた物語です。

小一郎とは、身分違いながら幼馴染であった(白石聖)。

第2回放送「願いの鐘」ではまさかプロポーズ&OKで、意外な展開に驚いた視聴者も多かったのではないでしょうか。

兄の藤吉郎と三人で故郷の中村を飛び出しますが「直は実在したのか」と気になる視聴者も少なくないと思います。

そこで今回はこれまでの放送を振り返り、直の実在性などを考察。

NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」を楽しむ参考になれば幸いです。

第1回放送「二匹の猿」における直の行動

画像 : イメージ

坂井喜左衛門(大倉孝二)の娘として大切に育てられた直ですが、生母は8年前に藤吉郎と駆落ち。孤独な少女時代を過ごしたのかも知れません。

なお、8年前の時点で藤吉郎は15歳。直が小一郎(当時12歳)と同年齢と仮定した場合、生母と藤吉郎はよほど年の差があったようです(10代半ばで直を出産した場合でも20代後半)。

ほとんど少年みたいな藤吉郎との駆け落ちを選ぶとは、よほど喜左衛門が嫌いだったのか、あるいは藤吉郎がよほどの色男だったのでしょうか。

女性の目が行き届かないせいか(あるいはお陰か)、直は卑しい身分の小一郎と仲良しになり、二人で博打に興じるなど、楽しいひとときを共にしていました。

そんなある日、坂井の館を野盗が襲撃。

直は拉致されそうになりますが、小一郎と藤吉郎の機転で窮地を脱します。

やがて小一郎が清州へ出稼ぎに行ったと聞いて、もう戻って来ないのではないかと不安を抱いたようです。

第2回放送「願いの鐘」における直の行動

敵方に通じていたとは言え、恩人を非情に斬り捨てた藤吉郎に恐れをなし、武士になどなれぬと中村へ帰って来た小一郎。

その姿に安堵したのも束の間、直は素直に喜べません。
少禄(貧しい下級武士)の三男坊と、縁談が決まってしまったからです。

小一郎に止めて欲しいと思いながら、やはり思った通り、本心を押し殺した小一郎から祝いの言葉が贈られました。

そして祝言の当日、やはりどうしても無理だと婚礼から脱走。小一郎に駆け落ちしようと懇願します。

揉めているところへ再び野盗が村を襲撃。婿殿が我先に逃亡したことで、めでたく?破談となりました。

世の不条理を嘆き、武士への道を歩み出した小一郎から「一緒に来てくれ」とプロポーズを受けた直は「思った通り」と快諾します。

小一郎は、これまで貯め込んでいた銭をすべて舅?の喜左衛門に届けると、藤吉郎と三人で一路清州を目指すのでした。

まったく、妻の心は藤吉郎に、娘の心は小一郎に盗まれた喜左衛門。「この泥棒兄弟が!」と叫びを上げますが、果たしてこのまま引き下がるのでしょうか。

直は実在した?小一郎と幼馴染だった?

画像 : イメージ

まだ2回しか放送されていませんが、小一郎と直の関係については、もう最終回のような展開でしたね。

これで第一部・完!としても、多くの視聴者が納得してしまいそうな爽快感です。

ところで、直が実在したという記録はあるのでしょうか。

結論から言うと、坂井喜左衛門に娘がいたという確かな記録は見つかっていません(嫡男には坂井孫平次がいます)。

なので大河ドラマの創作人物と考えられますが、絶対に架空の存在であったとも言い切れないでしょう。

例えば母親の身分が低い場合、正式な妻(正室や側室など)としては扱われず、記録に残されない可能性があります。

劇中で少禄の三男坊と結婚が決まったと聞いて、好き嫌いは別に相手としては悪くないような態度でした。

坂井喜左衛門と言えば尾張国守山城の年寄衆でしたから、もし直が嫡子であれば不釣り合いであったはずです。

こうしたことから、直は坂井家に属しながら母娘ともども身分が低めで、それがゆえ記録に残らなかったのかも知れません。

つまり直は「創作性が高いが、もしかしたら存在したかもしれない女性」の一人と言えそうです。

しかし、直に当たる女性(坂井喜左衛門の娘)が存在していたとしても、百姓に過ぎない小一郎と幼少期から親交があったというのは、いささかリアリティには欠けるかもしれません。

悲劇的な末路をたどる?今後の展開は

第2回放送で早くも相思相愛となってしまった小一郎と直。しまった、としているのは、この後の展開に戦々恐々とする視聴者も少なくないと思うからです。

「幸せにするだけしておいて、後から地獄に叩き落とす」といった展開は、ドラマのお約束と言えるでしょう。

果たしてどんな脚本が書かれ、地獄展開が待ち受けているのか……今から覚悟しておいた方がいいかも知れません。

この予想は是非とも裏切ってほしいところです。

果たして直は殺されるのか、事故死するのか、あるいは小一郎を思って自害するのか……皆さんは、どんな末路を予想しますか?

【参考】最近の大河ドラマで、幼馴染キャラがどんな末路をたどったか

・瀬川(小芝風花):身を引いて行方不明に…「べらぼう」令和7年(2025年)

・藤原道長(柄本佑):闘病生活の末に死去…「光る君へ」令和6年(2024年)

・瀬名(有村架純):信長の命により自害…「どうする家康」令和5年(2023年)

・八重(新垣結衣):川に流されて行方不明に…「鎌倉殿の13人」令和4年(2022年)

小一郎と直の子供は?

画像 : 羽柴与一郎は小一郎と直の子供だった?(イメージ)

悲劇的な末路をたどると勝手に予想している直ですが、今後、小一郎との間に子供が生まれる展開も考えられるでしょう。

実在した小一郎の実子は以下の三人です。

それぞれ直が生んだ可能性を考察してみます。

羽柴与一郎(木下与一郎)

生年不詳〜天正10年(1582年)ごろ没

実名不詳。生母は正室の慈雲院(役名は慶。吉岡里帆)とされますが、確証はありません。
直の遺児を、慶が養育する可能性は考えられなくもないでしょう。

与一郎という成人男性の通称を名乗っていることから、没時点で10代半ば以上と考えられます。
そして小一郎との年齢差から、永禄年間(1558~1570年)に生まれたと考えるのが自然です。

小一郎は永禄2年(1559年)時点で20歳、直も同年齢であれば、与一郎を二人の子供と考えることも可能でしょう。

女子(豊臣秀保室)

天正15年(1587)ごろ生〜没年不詳

実名不詳。生母は小一郎の側室となった光秀尼(こうしゅうに)と判明しています。

光秀尼の身元ははっきりしているため、ここに直をねじ込むのは無理がありそうです。

おきく(大善院)

天正16年(1588年)生〜慶長14年(1609年)没

小一郎が天正19年(1591年)に亡くなるため、最晩年に出来た子となります。
生母は不明なので直が生んだとする余地はありそうですが、年齢差を考えるとさすがに不自然でしょう。

以上の考察から、もし直が小一郎の子を生んだとするなら、与一郎を当てるのが妥当と考えられます。

ただし、与一郎も小一郎より早く亡くなってしまうので、次世代に希望を受け継ぐことはできません。

終わりに

今回は小一郎の幼馴染・直について考察してきました。

創作であった可能性は高いものの、存在したかもしれない女性として、物語に彩りを添えています。

第3回放送「決戦前夜」では寧々(浜辺美波)の侍女として奉公するそうですが、果たしてどんな展開を迎えるのでしょうか。今後も注目です。

参考 : 『信長公記』『豊臣兄弟!公式サイト』他
文 / 角田晶生(つのだ あきお)校正 / 草の実堂編集部

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角田晶生(つのだ あきお)

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