江戸時代

人生「七転び八起き」が面白い!武士道バイブル『葉隠』が伝える浪人の心得

私事で恐縮ながら、筆者が高校を卒業して就職した平成11年(1999年)当時は、就職氷河期と呼ばれる就職難に見舞われていました。

その後、せっかく就職できた会社も時代の荒波に呑まれて消え去り、以後仕事を転々としながら現在に至るのですが、それでも何でもとにかくこうして生きています。

一方で、新卒よりこの方ずっと同じ職場に勤め続けている同級生もおり、実に安定感があってうらやましいと思うこともありますが、彼らは彼らで「この安定を失うかも知れないことに不安がある」という声もありました。

絶望と不安の日々(イメージ)

失業したらどうしよう、もう二度と再就職できず、そのまま野垂れ死んでしまうかも知れない……誰にでもそんな不安が大なり小なりあるもので、それはかつての武士たちも同じだったようです。

そんな不安に答えてくれるのが、江戸時代に武士道のバイブルとして知られた『葉隠(はがくれ。葉隠聞書)』。そこには、どんな教えが伝えられているのでしょうか。

浪人などして取り乱すは沙汰の限りなり……

一二八 浪人などして取り乱すは沙汰の限りなり。勝茂公御代の衆は、「七度浪人せねば誠の奉公人にてなし。七轉び八起き。」と、口付けに申し候由。成富兵庫など七度浪人の由。起き上がり人形の様に合點(合点)すべきなり。主人も試みに仰せ付けらるゝ事あるべし。

※『葉隠』巻第一より

【意訳】
浪人になったくらいで取り乱すようなヤツはお話しにならない。

かつて鍋島勝茂公の時代は、みな「七度浪人するくらいで、初めて一人前の奉公人だ。七転び八起きだ」と、口癖のように言っていたそうだ。

成富兵庫(なりどみ ひょうご。茂安)などは本当に七度も浪人したと言うではないか。起き上がり人形が真っ直ぐ立ったままではつまらないように「人生は浮き沈みがあってこそ面白い」と心得ておくことだ。

主君も人材を見極めるために暇を申しつけることもあるのだから……。

浪人……仕えるべき主君を求めている状態またはその武士を指す言葉で、現代でも大学生や政治家などを目指して苦労している人たちを言うことがありますね。

自分の立場や身分が安定していないと、生活不安に見舞われるものですが、その腹の底がジリジリするような感覚を呑み込み、歯を食いしばって耐え抜く根性がなければ、とても武士としてなど務まらぬと言っているのです。

成富兵庫が拝領した錆色塗紺糸威仏二枚胴具足。佐賀市観光協会HPより

『葉隠』の地元・佐賀藩でも屈指の勇士・成富兵庫は七度浪人したと言いますが、戦国大名の龍造寺隆信(りゅうぞうじ たかのぶ)と龍造寺政家(まさいえ)二代と、その跡目を継いだ鍋島直茂(なべしま なおしげ)と鍋島勝茂(かつしげ)の二代に仕えているものの、他家へ仕官したという記録は確認できません。

これはかつて兵庫が手のつけられない暴れ者で、反省(苦労)させるために一時的に放逐された(許されてまた戻った)ことを言っているのでしょう。

俸給を止められ、住処さえ追われて食うや食わずの暮らしを経験することで、日々の食事に、そして安心して眠れる家があることに感謝できるようになり、やがて行いも収まり、家中きっての勇士に成長したのでした。

「しかし、いざ経験してみると浪人暮しも思っていたほど辛くもないな」

兵庫に限らず、浪人経験を通じてタフになった者は少なくないようで、次のようなことを語る者もいたそうです。

浪人して後は左程にはなきものなり……

九二 何某(なにがし)申し候は、「浪人などと云ふは、難儀千万この上なき様に皆人思うて、その期には殊の外仕おくれ草臥るゝ(くたぶるる)事なり。浪人して後は左程(さほど)にはなきものなり。前方(せんかた)思うたるとは違ふなり。今一度浪人したし。」と云ふ。尤もの事なり。死の道も、平生死習(しなろ)うては、心安く死ぬべき事なり。災難は前方了簡したる程にはなきものなるを、先を量つて苦しむは愚かなる事なり。奉公人の打留めは浪人切腹に極りたると、兼て覚悟すべきなり。

※『葉隠』巻第一より

「浪人暮しも、思っていたほど辛かぁないモンよ」

【意訳】
ある人が語ったところによれば「浪人と聞くと、とても辛く苦しいかのように誰もが思い込んで、悩むあまり草臥れてしまうことだろう。しかしいざ浪人してみると、そこまででもなく、先に思い悩んでいたのとは違う。いつか機会があれば、また浪人したいものだ」などとの事である。

死についても同じことで、普段から覚悟しておけば、いざ死ぬ時になっても、思い悩んでいたほどではないことに気づくだろう。

どんな災難やトラブルも、あらかじめ思い悩んでいたほどにはならないことがほとんどだから、最悪の想定をすませたら、いつまでも悩み続けるのはバカバカしい。

そもそも、主君に奉公した以上は、いつか浪人として家中を去るか、腹を切って務めをまっとうするかのどちらかに行きつくことを、日ごろから覚悟しておくべきなのだ。

浪人しても怖くない、腹を切るのも怖くない……そこまでの境地に至ることが出来たなら、思う存分に奉公を果たし、一度きりの人生を悔いなく生きることが叶うでしょう。

食えなければ食わなければいい。腹を切れというなら切ってやればいい。人間「死んではいけない」なんてことはないし、どうしてもダメだと言うなら、その者が助けの手を差しのべてくれるでしょうから。

そのくらいに開き直って、思い切り好きなことをし、正しいと信じるままに生きればいいのです。

終わりに

起き上がりこぼしがそうであるように、人生は七転び八起きでこそ面白い……その面白さは不安定さと表裏一体ながら、何ひとつ冒険しなかった人生なんて、ただ命を永らえただけに過ぎません。

「ここらで勝負に出てみるか……」自分の人生は、自分の意志で切り拓く(イメージ)

結局はさじ加減というところに落ち着くのでしょうが、少なくとも「人生、けっきょく最期は死ぬのだから、リストラされたらどうしようとか、会社が倒産したらどうしようなどとウジウジ考えるより、一日々々を悔いなく思い切り生きた方が有意義」という考え方は、人生を前向きに、心安らかにしてくれるのではないでしょうか。

※参考文献:
古川哲史ら校訂『葉隠 上』岩波文庫、2011年1月

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角田晶生(つのだ あきお)

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