相変わらず飛ばしてはいるけど、ここ最近は何かが上手く行かない蔦重。
喜三二(尾美としのり)は去り、春町(岡山天音)は豆腐の角に頭をぶつけ(自害)、そして京伝(古川雄大)は手鎖の刑に。
どっからどう見ても好色本を、教訓読本のテイで売り出したらたちまちバレた。かくて蔦重もふんどし野郎こと松平定信(井上祐貴)に啖呵を切って身上半減(全財産の半分を没収)。
判決を言い渡され、身の真っ二つはタテかヨコか。世のためとはどんなためか。
ここは一つ膝詰めで……ボロボロになっても戯けと挑発を続ける蔦重、ここでおていさん(橋本愛)からビンタを食らう。
「己の考えばかり、皆様がどれだけ(あなたを助けるために心労したと思っているのか)……べらぼう!」
まさかの展開に、駿河屋の親爺様(高橋克実)も見守るしかない。
(親爺様も歳をとったか、転がし落とす階段がなかったからか)
己の考えばかり……そう言えば、先だっては歌麿(染谷将太)にも悪いことを言ってしまった。
死んだおきよさん(藤間爽子)の後追いをして欲しくない一心だったとは言え「鬼の子」なんてトラウマワードを口にすれば、そりゃ心を閉ざすのも無理はない。
悪かったなぁとは思いつつ、やはり戯けの癖は相変わらず。
「間違って、借金も半分持ってってくれねぇかなぁ……」
もちろん誰も微塵も笑わない。とうとう仏の鶴屋さん(風間俊介)が激怒した。
「そういうところですよ!」
さすがに謝る蔦重。
その後は世にも珍しい「身上半減の店」として、事業再建に乗り出すが、果たして……と言った次第。
まったくロクでもない蔦重。だが、それがいい。

画像 : お白洲に引き出されようと、一歩も退かない蔦重(イメージ)
しかし蔦重、実にロクでもないけど、実によかったなぁ。
まったくイカれてる。まさしくキ○ガイと言ってもいい。
だが、それがいい。
大いに戯(たわ)けて、命懸けで傾(かぶ)いて。その飄然たる悲壮感は、まさに春町の後を追わんとしているかのよう。
もちろん、おていさんの訴えは正しいし、その涙には蔦重も謝る。
鶴屋さんの怒りはもっともだし、その形相には悪鬼羅刹(あっき らせつ)とて頭(こうべ)を垂れよう。
それらは痛いほど解る。至極当然である。
どっからどう見ても彼らは至極正しくまっとうな一方、蔦重はどこをどう押しても間違っている。反省いや猛省しなさい。
茶屋の拾い子に過ぎなかった青年時代、駆け出し本屋の頃ならともかく、今や日本橋を代表する大店の主となった蔦重。その進退には数十数百、数千人もの生活がかかっているのだ。
蔦屋の奉公人はじめ戯作者に絵師、彫師に摺師に仲買人もろもろ……。
己一人が意地を張り、信念を貫き通して打ち首にでもなれば、彼らが路頭に迷ってしまいかねない。
そう考えれば(と言うより考えるまでもなく)、蔦重の振る舞い一連が、いかに無責任かは解ろうと言うもの。
多分、蔦重もそれら諸々は百も合点承知之助。解っていてもやめられない、それが江戸っ子の反骨精神。だからこそ一層タチが悪いのだが……。
狂気を醒ます妻の涙

画像 : 今回の件で、蔦重夫婦の絆も深まっただろうか(イメージ)
かくすれば かくなるものと 知りながら
やむにやまれぬ やまとだましい
【歌意】このような事をすれば、このような結果になるとは分かっている。しかし、それでもやらねばならぬと信じた時には、万難を排して断交するのが大和魂というものである。
……とは後世、吉田松陰先生の詠めるところ。蔦重もそこまでの覚悟と決意があったのかなかったのか。
どんな厳罰であろうと、下せるものなら下すがいい。たとえ我が身どころか九族を滅ぼそうと、半分どころか全財産を奪い去ろうと、自分の信念だけは絶対に曲げてなるものか。
どこまでも己を傾き通そうとする蔦重に、唯一その意を枉(ま)げしめたのは、ただ一人なるおていさんの涙。
ここにおていさんは本当の女房となったのかも知れない。
男の狂気を叩き直すのは、九分九厘まで妻の存在。命懸けに過ぎたヤンチャの詫びとして、買い入れた書物問屋の株は、後に蔦重の支えとなった。
どこまでも夫を想い、儒の道を不器用にも全力で体現したおていさんの姿は、最晩年の蔦重には頼もしく映ったことであろう。
※そんな妻の恩義を忘れ、ついついボヤいてしまうのが、夫という生き物の習性である。
終わりに
今回は、蔦屋重三郎にとって最大の危難とされる「身上半減(筆禍事件)」を描いた、第39回放送「白河の清きに住みかね身上半減」について、蔦重サイドの寸感を記してきました。
ネット上では「蔦重調子乗り過ぎ、反省しろ」「おていさんいいぞもっと懲らしめてやれ」「鶴屋は(蔦重を)殴っていい」の一色で、もちろんその通りとしか言いようがありません。
が、心身ボロボロで、たとえ斬られようとも命懸けで戯けて見せた蔦重の姿に感じ入ってしまったのでした。
己の信念で方々に多大な被害を及ぼしてしまった埋め合わせをしなければなりませんが、そこは我らが蔦重。一度反省すると決めたら、真摯に向き合ってくれることでしょう。
気がかりは歌麿との関係再建。史実では蔦重と方向性の違い?から、徐々に疎遠となってしまいますが……。
あと手鎖の刑に処された京伝のフォローや、次回新登場する滝沢瑣吉(のち曲亭馬琴。津田健太郎)や勝川春朗(のち葛飾北斎。くっきー!)との関係構築も気になるところです。
大きな谷を乗り越えて、より一層成長?した蔦重の活躍に期待しましょう!
文 / 角田晶生(つのだ あきお) 校正 / 草の実堂編集部
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