NHK大河ドラマ「光る君へ」皆さんも観ていますか?
第37回放送「波紋」では、内裏に賊が押し入り、女性二人が衣服を剥ぎ取られていました。
この様子は『紫式部日記』に詳しく記録されており、藤式部(紫式部)らが恐怖に震えた様子が現代に伝わります。
今回は『紫式部日記』より、寛弘5年(1008年)12月30日の様子を見ていきましょう。
※旧暦のため、12月30日が大晦日となります。
就寝前の自由時間
……つごもりの夜、追儺はいと疾く果てぬれば、歯黒めつけなど、はかなきつくろひどもすとて、うちとけゐたるに、弁の内侍来て、物語りして臥したまへり。……
※『紫式部日記』より
【意訳】大晦日(つごもり)の夜、表を練り歩く鬼やらえの行列は早々に行ってしまった。
私(藤式部)たちはお歯黒をつけたり、ちょっとした繕いものなどをして就寝前の自由時間を過ごしている。
のんびりしているところへ、弁内侍(べんのないし)がやって来た。彼女と他愛ない話に興じた後、遅くなったので就寝する。
突如聞こえた悲鳴
……内匠の蔵人は長押の下にゐて、あてきが縫ふ物の、重ねひねり教へなど、つくづくとしゐたるに、御前のかたにいみじくののしる。内侍起こせど、とみにも起きず。人の泣き騒ぐ音の聞こゆるに、いとゆゆしくものもおぼえず。火かと思へど、さにはあらず。……
※『紫式部日記』より
【意訳】内匠蔵人(たくみのくろうど)はまだ起きていた。長押(なげし)の下で縫い物などいていると、中宮陛下のおわす方から何やら叫び声が聞こえる。
私はまだ寝ついていなかったのですぐに起きた。一方で弁内侍は寝つきがよいのか疲れているのか、なかなか起きない。
さらに誰かが泣き騒ぐ声が聞こえて、もう気が気ではない。
火災だろうか?いや、様子をうかがう限りそうではなさそうだ。
恐る恐る進んでいくと……。
……「内匠の君、いざいざ」と先におし立てて、「ともかうも、宮下におはします。まづ参りて見たてまつらむ」と、内侍をあららかにつきおどろかして、三人ふるふふるふ、足も空にて参りたれば、裸なる人ぞ二人ゐたる。靫負、小兵部なりけり。かくなりけりと見るに、いよいよむくつけし。……
※『紫式部日記』より
【意訳】こうしてはいられない。中宮陛下に何かあったら、私たちも責任を問われるだろう。勇気を出して、この闇の中を駆けつけねばなるまい。
藤式部「という訳だから、内匠の君。早く先に行って!」
内匠蔵人「怖いから嫌です。何で私が?!」
藤式部「中宮陛下がピンチかも知れないのに、貴女は何とも思わないのですか?ここは我先に貴女が行くべきでしょう!」
内匠蔵人「だから何で私が?その理屈なら貴女が行ってもいいんじゃないの?!」
藤式部「四の五の言わず、さっさと行きなさい!中宮陛下のピンチなんだから!ホラ、内侍の君も起きた起きた!」
弁内侍「痛っ!何するの?貴女どつくことないでしょう!」
藤式部「お黙り、口ごたえしないの!ゆけ者ども!」
文字通り叩き起こされた弁内侍は、寝ぼけまなこで事情を把握すると、渋々ついていく。
ガクブルしながら三人女房が闇の中を進んで行くと、丸裸の女性が二人でうずくまっていた。靱負(ゆげい)と小兵部(こひょうぶ)だ。
藤式部「何があったの!?」
「「さっき、盗賊が押し入って……」」
身ぐるみ剥がされてしまったのだと言う。
もし賊がまだ内裏に潜伏していたら、自分たちも同じ目に……それはもう、恐ろしくてならなかった。
肝心な時にいないアイツ
……御厨子所の人もみな出で、宮の侍も滝口も儺(やらい)果てけるままに、みなまかでにけり。手をたたきののしれど、いらへする人もなし。御膳宿りの刀自を呼び出でくたるに、「殿上に兵部丞といふ蔵人、呼べ呼べ」と、恥も忘れて口づから言ひたれば、たづねけれど、まかでにけり。つらきこと限りなし。……
※『紫式部日記』より
藤式部「誰か!誰もいないの?」
大声出すなんてはしたない、とかそんなことは言っていられない。
なりふり構わず手を叩き、声を上げて人を呼んでみたが、誰も来ないとはどういうことか。
御厨子所(みずしどころ)の者も、中宮の侍(さむらい。武士ではなく近侍する下級職員)もいない。
鬼やらえが終わったからと言って、みんな帰ってしまったのだ。
だからと言って、内裏を警護すべき滝口武者(たきぐちのむしゃ)さえいないというのは、いくら何でも怠慢が過ぎるんじゃなかろうか。
もしかしたら、盗賊らはこの隙を狙ったのかも知れない。誰か内通者がいたりして……。
そうこうしていると、ようやく御膳(みかしわで)に宿直(とのゐ)していた刀自(とじ。身分の低い女性)がやって来る。
刀自「お呼びでしょうか?」
藤式部「今夜は殿上に兵部丞(ひょうぶのじょう)という人がいるはず。藤式部が呼んでいたからすぐ来るように伝えなさい!」
兵部丞とは藤式部の弟である藤原惟規(のぶのり)のこと。蔵人として天皇陛下に近侍しながら、軍事関係を管理する兵部省の三等官(じょう)を務めていた。
「はい、ただちに!」と刀自は駆けて行ったが、間もなく戻って言うことには、
「今夜は帰宅してしまったそうです!」
とのこと。報告を聞いた藤式部は面目を失い、腹立たしいやら悔しいやら。
いつも肝心な時にいやしない……どうせ今ごろ女といちゃついているのだろう。
あの野郎、今度会ったら、ただじゃ済まさない!
思い出し笑いを必死に堪える
……式部丞資業ぞ参りて、所々のさし油ども、ただ一人さし入れられてありく。人びとものおぼえず、向かひゐたるもあり。主上より御使ひなどあり。いみじう恐ろしうこそはべりしか。納殿にある御衣取り出でさせて、この人びとにたまふ。朔日の装束は盗らざりければ、さりげもなくてあれど、裸姿は忘られず、恐ろしきものから、をかしうとも言はず。……
※『紫式部日記』より
なんてわちゃわちゃしていたら、式部丞の資業(すけなり)がやって来て、内裏の各所に灯りをともしてくれた。
辺りがほの明るくなったこともあって、みんな少し落ち着いたようである。もちろん私も。
やがて中宮陛下の使者が来て、先ほど丸裸にされた靱負と小兵部に装束を賜った。こんな場面でなければ、大変に名誉なことであろうに。
「他に盗まれたものはある?」
調べて見ると、何はなくとも明日の正月に着るための装束は無事で一同ホッとする。
それにしても、本当に恐ろしい夜だった。もし中宮陛下の御身に何かあったら、私たちも無事では済まされなかったであろう。
今でも背筋が凍る思いだが、あの二人が丸裸で震えていた様子が忘れられない。
不謹慎とは解っている。二人の立場で思えば、みんな記憶から消し去ってほしいと願っているはずだ。
しかし本当に哀れで、思わず、私は。私は……ぷっ……。
終わりに
今回は『紫式部日記』より、大晦日の盗賊騒ぎについて紹介してきました。
その後、藤式部が弟をどついたのか気になるところです。
NHK大河ドラマ「光る君へ」ではソフトな表現にされていましたが、実際はこんな感じでした。
これからも藤式部がどんな活躍?を見せてくれるのか、楽しみですね!
参考 : 『紫式部日記』
角田晶生(つのだ あきお)
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