今でも武田信玄を神と崇める山梨県民
武田信玄の本拠地だった山梨県(かつての甲斐国)では、今でも信玄は神様として扱われています。
武田神社の御祭神にもなっており、県民は信玄と呼び捨てにしません。「信玄公」と呼びます。
なぜ神様なのでしょうか。
信玄が「信玄公」と呼ばれる理由は、戦が強かったからではありません。領国経営が上手だったからです。
今回の記事では、武田信玄の隠れた経営センスについて見ていきたいと思います。
「青田刈り」「青田買い」の起源とは?
戦国時代においては、敵国に侵入して略奪や暴行をすることは当たり前の行為でした。
就職活動のシーズン前に、企業が優秀な学生を確保してしまうことを「青田刈り」「青田買い」と言います。この言葉の由来は、戦国時代にさかのぼります
「青田刈り」とは「秋の初め頃に敵国に侵入して、まだ実り切っていない稲をすべて刈り取ってしまう妨害行為」です。目的は食料不足をもたらすことでした。徹底的に略奪をすれば敵の国力は低下するため、敵が自国を攻めてくる可能性も減り、次の戦争にも有利に働きます。
略奪された国の当主(リーダー)は奪われた分を取り返そうと、自国の領民に重税をかけます。重税によって領民(農民)からの支持率は次第になくなるため、さらなる国力の低下につながるのです。
戦国時代の大名としては、まず戦の強さが求められました。戦争でいつも敗北しているようでは他国から見下され、青田刈りの標的になってしまうからです。
戦の強さにおいては、やはり信玄は偉大でした。しかしいくら戦争に強くても、戦費を補うために重税を課すような大名は、領民(農民)からの支持は得られません。
国を豊かにする才能もまた、大名に求められる素養になります。
軍事力の土台は経済力
戦国大名として名を残した人物は、総じて領国経営の名手でした。経済力は軍事力の土台であり戦争に勝つために、リーダーは領民からの支持も必要だからです。
経済面においても、信玄はやはり戦国有数の「名君」になります。信玄による国家経営のメインは、農業を支える治水技術にありました。簡単にいえば、農業がしやすいように土地を改良する技術になります。荒野を切り開いて水を引いて畑にすること、また逆に堤防を築いて洪水を防ぐ技術です。
日本の国土は森林面積も広く山地も多いのが特徴です。信玄の本拠地である甲斐国もそうでした。こうした国土で最も必要とされたのは「治水」技術です。
エジプトのような場所では、乾いた土地に限られた貴重な水を効率よく運ぶ技術が必要になります。
一方、水に恵まれた日本では「水を制御する」ことが重要なポイントです。梅雨や台風のシーズンには洪水となって、家や田畑を破壊して人の命を奪う場合もあるからです。
「信玄堤」
水をコントロールできれば、今まで米が生産できなかった場所での稲作が可能になります。米の収穫量が増えれば、多くの子どもを作れるようになり、国の人口を増やすことができます。
昔の貧しい地方では、米が少ないばかりに生まれてすぐの子どもを殺すという「間引き」の文化がありました。しかし、リーダーが立派な堤防を建設して新しい田畑を開発すれば、子どもを「間引き」せずに育てることが可能です。また洪水災害の不安からも解放され、安心して生活することができます。
信玄はこうした治水事業に成功したため、今でも信玄は「神様」と呼ばれているのです。父・信虎から家督を継いだ信玄の治世下において、甲斐国内の飢饉や物価高騰は沈静化しています。
「甲州流」といえば軍事ばかりが有名ですが、甲州流の治水法もありました。
河川の真ん中に将棋の駒のような土手(堤防)を設置する方法で、川の流れを分散させたり、流れを岩壁にぶつけて水の勢いを弱めるのが目的です。
この治水方法は「信玄堤」と言われ、現在でも応用されている技術になります。
武田信玄と織田信長
派手な戦ばかりが注目される戦国時代ですが、その裏では戦国大名たちの経営センスが隠れていました。
農業を基盤とする信玄に対して、商業(貨幣)をメインとした経済政策を実施したのが織田信長です。
信長の「楽市・楽座」とは、まさに商品や貨幣を積極的に動かし、雪だるまのようにお金を増やす方法でした。
信長の登場は農業中心だった日本経済が、商業(貨幣)中心に変わったことを示す象徴でもありました。難しい言葉で説明すると「重農主義」から「重商主義」への転換だったのです。
もし信玄がもう少し長く生きていれば、武田家が天下統一をしたかもしれない、という指摘があります。
「重農主義」の信玄と「重商主義」の信長…果たしてどちらが勝利できたのか、両者の全面対決を見たかった気もします。
戦国大名を経済的な視点から探究することは、大名たちの新しい魅力を再発見できるきっかけになるかもしれません。
参考文献:
井沢元彦『英傑の日本史 風林火山編』角川学芸出版、2010年11月
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