ダ・ヴィンチのDNAが作品に残っていた?

画像 : レオナルド・ダ・ヴィンチ public domain
レオナルド・ダ・ヴィンチは、「モナ・リザ」や「最後の晩餐」で知られるルネサンス期の芸術家である。
画家として名高い一方、解剖学や工学など幅広い分野で活躍したことから、万能の天才とも呼ばれている。
そんなダ・ヴィンチのDNAが「彼の作品の中に残っている可能性がある」という研究が、2026年1月6日、プレプリント・データベース「bioRxiv」で公開され、話題を集めている。
素描からDNAを抽出

画像 : 『ウィトルウィウス的人体図』、1485年頃、アカデミア美術館(ヴェネツィア)public domain
研究者たちは、ダ・ヴィンチ作とされる赤チョークの素描「聖なる幼子(Holy Child)」から、微量のDNAを抽出することに成功したと報告している。
さらにこのDNAは、1400年代に書かれた手紙から検出された遺伝情報と似ていることが判明した。
その手紙の筆者は、レオナルドの祖父アントニオ・ダ・ヴィンチの従兄弟にあたる、フロジーノ・ディ・セル・ジョヴァンニ・ダ・ヴィンチである。
分析の結果、素描と手紙の双方から、同じ遺伝系統に属するY染色体の配列が見つかった。
この遺伝系統は、ダ・ヴィンチが生まれたトスカーナ地方にも見られるハプログループ(遺伝系統)と整合するという。
コネチカット州ジャクソン研究所ゲノム医学部門の遺伝学者チャーリー・リーは、Science誌に以下のように語っている。
「Y染色体の配列は、父から息子へほとんど変化せず受け継がれるため、この配列の回収はダ・ヴィンチのDNAを復元しようとする研究者にとって素晴らしい出発点だ。」
本当にダ・ヴィンチのDNAなのか

画像 : 腕骨格の研究手稿、1510年頃 public domain
もっともこのDNAが本当にダ・ヴィンチ本人のものであるかは、まだ確定していない。
というのも、赤チョーク素描「聖なる幼子」そのものがダ・ヴィンチ自身の作かどうかについては現在も議論が続いており、弟子の作品の可能性もあるからだ。
さらにこの作品は長い年月のあいだ多くの人の手に触れてきたため、検出されたDNAが修復者、美術館の学芸員など、後世の人物に由来する可能性も否定できない。
そのため今回の成果は、ダ・ヴィンチ本人のDNAを確認した決定的証拠というより、DNA復元研究に向けた有力な出発点として受け止められている。
なぜダ・ヴィンチのDNAを調べるのか

画像:『最後の晩餐』(1495年-1498年) public domain
研究者たちがダ・ヴィンチのDNAを解明しようとしている理由は、大きく二つある。
一つは美術作品の真贋鑑定である。
もしダ・ヴィンチのDNAが特定できれば、作品に残されたDNAを調べることで、その作品が本当にダ・ヴィンチの手によるものかどうかを判断できる可能性がある。
もう一つは、彼の天才的能力の生物学的背景を探ることである。
ダ・ヴィンチは卓越した観察力と描写力を持っていた人物であり、研究者のあいだでは非常に優れた視覚能力、空間認識能力、手先の精密な運動能力などに関係する遺伝的要因があるのではないかと考えられているのだ。
研究を難しくしている事情

画像 : レオナルドが幼少期を過ごした家(ヴィンチ村)public domain
しかし、この研究には大きな障害がある。
ダ・ヴィンチはフランスのアンボワーズに葬られたが、墓所はフランス革命期の混乱で原位置が分からなくなった。
現在はサン=テュベール礼拝堂にダ・ヴィンチの墓とされる場所があるものの、そこにある遺骨が本当に本人のものかどうかは不明である。
もちろんダ・ヴィンチのDNAを含む骨が残っている可能性はあるが、信頼できる比較サンプルが他で見つかるまでは、研究者が墓から遺伝物質を解析する許可は与えられていないのだ。
さらに研究を難しくしている事情は3つある。
母カテリーナの墓が分かっていないこと、父の墓の調査が認められていないこと、そしてダ・ヴィンチ本人に子がいないことである。
もしカテリーナの遺骨が見つかれば、母から子へ受け継がれるミトコンドリアDNAを調べることで、「聖なる幼子」の素描と照合できるが、その墓はいまも確認されていない。
現在研究者たちは、ダ・ヴィンチの祖父アントニオが葬られているイタリアの家族墓から回収された3本の骨を分析しているほか、現存する父系子孫からもDNAを採取し遺伝情報の復元を進めている。
また、1863年にアンボワーズで発掘された髪の束のDNAも解析対象となっており、これはダ・ヴィンチの髭ではないかとも考えられている。
天才の遺伝子は見つかるのか

画像 : 『レオナルド・ダ・ヴィンチの死』、ドミニク・アングル、1818年。レオナルドはフランス王フランソワ1世に看取られながら死去したという伝承をもとに描かれた作品。
今回の研究では「聖なる幼子」の素描から検出されたDNAが、E1b1bというハプログループに属している可能性が示された。
これはダ・ヴィンチ家の男性が属していた可能性のある遺伝系統である。
また、今回のDNAは「素描の表面を綿棒でやさしく拭き取る」ことで抽出され、この方法は出自不明な美術作品の真贋鑑定にも役立つ可能性があるという。
たとえば、ダ・ヴィンチの「レスター手稿」と呼ばれる72ページの観察ノートには、ほぼ確実にダ・ヴィンチ本人のものとされる指紋が残っており、これはDNA調査の有力候補であるとされている。
こうした比較資料との照合が進めば、ルネサンスの天才ダ・ヴィンチの遺伝情報に迫れる日が来るかもしれない。今後の研究の進展に期待したい。
参考 :Biological signatures of history: Examination of composite biomes and Y chromosome analysis from da Vinci-associated cultural artifacts 他
文 / 藤城奈々 校正 / 草の実堂編集部

























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