報道によると2020年6月3日、フランス王妃マリー・アントワネット宛てに出された彼女の愛人・フェルセン伯爵のラブレターが解読されたそうです。
しかし、解読が必要なラブレターって、一体どんな文面だったのでしょうか。
一途に愛情を貫いた生涯
その前にフェルセン(ハンス・アクセル・フォン・フェルセン:1755年9月4日~1810年6月20日)の生涯をたどってみましょう。彼はスウェーデン王国の名門貴族で、フランス王国との連携を図ってマリー・アントワネットに接近します。
思惑通りマリー・アントワネットと恋仲に発展したフェルセンでしたが、彼女には既に夫(ルイ16世)がおり、彼女にとって、フェルセンは多数いる愛人の1人に過ぎませんでした。
一方、フェルセンは政治的な思惑を越えてマリー・アントワネットを深く愛したようで、高身長で容姿端麗な彼の元には幾度となく良縁が舞い込んだのにすべて断って、生涯独身を貫いたという事です。
その後、フランス革命の波が王室を脅かすようになると、苦境に陥ったマリー・アントワネットを救出するべく、彼女の実家であるオーストリア帝国(ハプスブルグ家)への亡命を手助けしました。
しかし、マリー・アントワネットのワガママ(亡命用の馬車やその内装を特注させたり、果てはドレスを新調させたり……etc)によって計画が大きく狂った上に、2人の関係を快く思わないルイ16世によって同行を拒否されてしまいます。
「さようなら、コルフ夫人!」
これがマリー・アントワネットにかけた最後の言葉となってしまいました(ルイ16世は、ロシア貴族コルフ侯爵になりすましていた)。
どうかご無事で……そんなフェルセンの祈りも虚しく、マリー・アントワネット達はオーストリアとの国境に近いヴァレンヌで身柄を拘束され、民衆の憎悪と軽蔑の中でパリへと強制送還されてしまいます(ヴァレンヌ事件)。
「国王ともあろう者が、民衆から逃げ出したぞ!」
「国王はフランスに害をなす反革命派だ!」
「国家を統治する責任を放棄した卑怯者を、絶対に許すな!」
ルイ16世を誑(たぶら)かした悪女として、マリー・アントワネットにも批判の矛先が向けられており、このままでは処刑されてしまう……愛する者を救出するべく、あらゆる手立てを尽くしたフェルセンでしたが、努力の甲斐なく1792年9月21日、彼女は刑場の露と消えてしまったのでした。
「……あぁ、これで私に生きる希望はなくなった……」
以来、人が変わってしまったフェルセンは、いっときの熱狂によってマリー・アントワネットを処刑した民衆というものを憎み(ちょっと八つ当たりにもほどがある気もします)、権力を嵩(かさ)に着て母国スウェーデンで強圧的な政治を行うようになります。
当然、民衆からは凄まじい反感を買い、スウェーデン王太子カール・アウグストの事故死は「フェルセンの仕業」と噂されるほど嫌われてしまいます。その葬儀の場でフェルセンは暴徒によって撲殺された上、遺体を全裸でドブに投げ捨てられてしまったそうです。
時は1810年6月20日、奇しくも19年前にヴァレンヌ事件が起こった日。もしかしたら「これで彼女の元へ旅立てる」と思っていたのかも知れませんね。
伝えずにはいられない、塗りつぶされたフェルセンの思い
……さて、歳月は流れてラブレターの話に戻りましょう。フェルセンがマリー・アントワネットに書いたその文面は、墨塗りだらけだったそうです。
調査した結果、フェルセンが書いた文章と、それを塗りつぶしたインクはほとんど同じ成分であったことから、墨塗りはラブレターを受け取った者(※)ではなく、フェルセンが自分で塗りつぶしたことが判ります。
(※)例えば、家来がマリー・アントワネットのご機嫌を損ねるような文言を「検閲」したり、あるいはマリー・アントワネットが夫・ルイ16世に見せたくない文言を「秘匿」したり、などと言った動機が考えられます。
しかし、自分で塗りつぶしたという事は「書き損じ」と自覚していた訳であり、そんな汚い文面を、フェルセンほどの貴公子がうっかり差し出すとは思えません。
となれば、あえてそのような状態で出した訳で、その理由は大きく以下の2つと考えられます(慌てていた、錯乱していた等は除く)。
(1)わざと塗りつぶした文面がルイ16世の目に触れることを想定し、マリー・アントワネットに「疑いの目」を向けさせる
(2)あえて塗りつぶすことで「本当は言いたいけれど、言えない思い」を察してもらう
(1)は『三国志』などでもお馴染みの離間(りかん)計、マリー・アントワネットがルイ16世の寵愛を少しでも損ねれば、自分の存在(支援)がより大きなウェイトを占めるように仕向けた可能性もなくはありませんが、実際は(2)ではないでしょうか。
半ばルイ16世も黙認していた2人の仲ですが、彼女が絶体絶命のピンチな今、自分はそばにいてあげることが出来ない……そんな不甲斐なさを思えば、ストレートに愛の言葉を紡ぐ資格など、自分にはない。
それでも書かずにいられない、伝えようとせずにはいられない……だからフェルセンは、自分で書いた言葉を自分で塗りつぶし、そのまま手紙を出したのではないでしょうか。
結局、塗りつぶされた15通のうち、8通までは解読に成功したものの、残り7通は文章と塗りつぶしのインクがまったく同じだったため、解読できていないそうです。
そこに書いてある内容が、マリー・アントワネットにだけは届いて欲しいと思います。
※参考:
川島ルミ子『マリー・アントワネットとフェルセン、真実の恋 (講談社+α文庫)』講談社プラスアルファ文庫、2008年5月20日
王妃アントワネットとフェルセン伯のラブレター、黒塗り部分の解読に初成功
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