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ノイシュヴァンシュタイン城 「狂王と呼ばれたルートヴィヒ2世の理想の世界観」

ドイツとオーストリアの国境を跨ぐ山脈に囲まれた「ノイシュヴァンシュタイン城」は、シンデレラ城のモデルとしての知名度が高く、物語の世界からそのまま飛び出してきたかのような立派な佇まいだ。他にも、眠れる森の美女の城のモデルにもなったといわれているが、どちらも確実な根拠はない。

冬に降り注ぐ真っ白な雪に覆われた「ノイシュヴァンシュタイン城」は、美しすぎる光景として『天空の城』と称されている。

クリスマスの本場であるドイツでは、毎年クリスマスの4週間前から開催される複数のクリスマスマーケットへ訪れる観光客が、冬場の「ノイシュヴァンシュタイン城」の見学にも足を運んでいる。

ノイシュヴァンシュタイン城

雪で覆われたノイシュヴァンシュタイン城

その国を象徴する城には、いくつもの人間ドラマが眠っているように、この「ノイシュヴァンシュタイン城」にもあるひとりの国王の人生ドラマが残されている。

憧れから始まった理想の世界観が周囲の人々や国を揺るがし、自身の思想を理解されない現実に絶望を抱き続ける孤独な国王の人生がそこには存在した。

孤独の国王ルートヴィヒ2世〜理想と現実に翻弄された幼少期〜

「ノイシュヴァンシュタイン城」の城主であるルートヴィヒ2世は、ドイツのバイエルン地方の君主・ヴィッテルスバッハ家で誕生し、のちに第4代バイエルン国王として在位する。裕福な環境に恵まれてはいたが、両親と過ごす時間が少なかった彼は、幼少期の頃から読書に没頭するようになった。

厳格な父親との折り合いも合わず、心の寂しさを物語の世界に身を置くことで現実逃避をしていたのである。

ノイシュヴァンシュタイン城

ルートヴィヒ2世

そんな生活を送る中、彼は次第に幻想の世界に強い憧れを抱き始め、それを現実化し手に入れることだけに夢中になる。

しかし、そんな彼の想いに母親が理解を示さなかったことで父親だけではなく、母親からも距離を置くようになってしまった。

この日を境にルートヴィヒ2世は、自身が憧れる幻想の世界観への実現に人生を捧げることを決意する。

行き過ぎた敬愛のカタチ

ルートヴィヒ2世の心を満たし、「ノイシュヴァンシュタイン城」の外観と内装のデザインの基盤となったといわれているのが、ドイツの歌劇の作曲家であり指揮者でもあるワーグナーの楽曲である。

ルートヴィヒ2世が幼少期に過ごしていた『ホーエンシュヴァンガウ』という地域が、ワーグナー作曲のオペラ『ローエングリン』の舞台にもなっているため、ワーグナーの作品に身近に触れる機会が多かったのだろう。

ノイシュヴァンシュタイン城

ルートヴィヒ2世が幼少期を過ごしたホーエンシュヴァンガウ城

この『ローエングリン』とは、ケルト神話に登場する『白鳥の騎士』と呼ばれる人物のことであり、『白鳥の石城』という意味を持つ「ノイシュヴァンシュタイン城」の名前の由来に繋がる。

生涯をかけてワーグナーの楽曲にのめり込んで行ったルートヴィヒ2世は、自らワーグナーへの多額の支援を申し入れ、ワーグナーが抱えていた借金までも肩代わりするほどだった。

ノイシュヴァンシュタイン城

リヒャルト・ワーグナー《ドイツの作曲家、指揮者、思想家》

想い描く理想の世界が生きがいとなった生涯

騎士伝説や神話に大きく影響を受けていた彼は、バイエルン国王在位後も人並み外れた感性で周囲を驚かせ、時には人々から反感を買うこともあった。

そんな彼を人々は「狂王」や「メルヘン王」と呼び、今後の国王としての任務に支障が出るのではないかと頭を抱えていた。

そんな多くの反対の声に動じることもなかったルートヴィヒ2世は、自身の想い描く世界を実現させるべく、「ノイシュヴァンシュタイン城」を始めとする複数の城の建築や、好きな芸術に莫大な費用を注ぐようになる。当時、戦争に負け財政難に陥っていたバイエルンの状況に心配の声が多く上がっていたが、そんな周囲の声には耳を傾けず、自身が愛する芸術だけに浪費を繰り返す日々を送っていたルートヴィヒ2世。

その身勝手な行動を見兼ねた家臣たちは、精神の病を理由に国王を廃位させ彼を離宮へ幽閉してしまう。国王即位から22年後の出来事だった。

さらに不幸な出来事は続き、離宮での生活を余儀なくされたその翌日に、主治医と散歩に出掛けたのを最後にルートヴィヒ2世は帰らぬ人となってしまった。ミュンヘン郊外のシュタルンベルク湖の畔で、溺死の状態で主治医と共に発見されたのである。

この突然の2人の死には今でも多くの謎が残っているが、ルートヴィヒ2世が自身の人生を注ぎ込んだ「ノイシュヴァンシュタイン城」の建設途中で亡くなってしまった事実が人々に衝撃を与えた。

ノイシュヴァンシュタイン城

シュタルンベルク湖にあるルートヴィヒ2世の碑

国王が実現したかった世界〜時代を越えて得られた人々の理解〜

生前ルートヴィヒ2世は、「ノイシュヴァンシュタイン城」への出入りを厳しく取り締まっており、入館を許可する人材を前もって決めていた。

自身の死後は「ノイシュヴァンシュタイン城」を取り壊すようにとも話しており、その徹底した彼の計画には自身の世界観を汚されたくないという強い執着心が感じられる。

ルートヴィヒ2世が亡くなった1886年以降、城の建築は中断され現在も未完成のままである。また、彼の遺言となった城の取り壊しと、許可した者以外の城への立ち入り禁止は実行されることなく、今ではドイツの代表的な観光地になっている。

ノイシュヴァンシュタイン城

しかし、「ノイシュヴァンシュタイン城」が観光地となったことで、ルートヴィヒ2世が表現したかった理想の世界観が長い年月を得て、多くの人々から称賛と感動を与えることとなった。

当時、彼が精神の病を患っていたという精神鑑定も、自由な思想を突き進む彼を国王から廃位するための口実だったのではないかと彼の無念を口にする人も多く、永遠の眠りについたルートヴィヒ2世を弔う気持ちで「ノイシュヴァンシュタイン城」を訪れる観光客の姿が目立つ。

もし彼の追求する芸術への情熱を止めることなく実現させていれば、真の幸せを手に入れ、喜びに満ちた人生を歩むことができていたのだろうか。もし両親から多くの愛を実感する日々を過ごしていたら、国民の想いを尊重し、周囲からも慕われる国王になっていたのだろうか。

ルートヴィヒ2世が、幼少期から抱えていた寂しさと孤独という感情が彼の思想を支配し続け、彼自身が周囲へ対する感情表現の方法を見失ってしまったことだけは確かである。

 

草の実堂編集部

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

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